輪廻恋迷宮 ~生まれ変わっても、またあなたと恋をする?~

外宮あくと

 

第一章 天使がやってきた

第1話 目覚めのキスと祝福のキス

 熱い。熱い。息が苦しい。私、死ぬの?

 嫌! 怖い! 苦しい! 熱い!

 私、ここで一人で死んでいくの? そんなの嫌!

 助けて! 助けて! 





「ニア?! どうした、大丈夫かっ?!」


 いきなりの大声。耳がキーンと痛い。めっちゃ痛い。

 リートね。リートが私を呼んでる。うんうん、分かったって。お願い耳元で叫ばないで。


「しっかりしろ! ニア! 起きろ! 目ぇ開けろっ!」


 いや、だから大声はキーンってなるからキーンって。

 目を開けろって、あら、私ったらまだ目を開けてなかったんだ。リートのどアップが今やっと見えたよ。

 でも、目がぐるぐるして彼と視線が全然合わない、っていうか待って待って! ゆすらないで! 首ガクガクするからぁ!

 ギブギブとリートの腕を叩いたら、ようやく肩をゆするのを止めてくれた。


「リ、リート君、な、何?」

「何って、急にすごい悲鳴上げるから……ニア、どうしたんだよ。大丈夫か?」


 リートが心配そうに私を覗き込んできた。なんだか今にも泣きだしそうなほど眉が下がっていて、やだ可愛い。ズキューンときちゃう。揺すられて目が回ったけど、いいもの見れちゃった。

 ついでに、か弱いフリしてよろりと胸にもたれかかってみた。首をさすると、彼はごめんねと頭を優しく撫でてくれた。

 すっかり目は覚めた。

 今、私とリートはベッドの上だ。朝の光が窓から差し込んでいて、小鳥のさえずりも聞こえている。


「何か怖い夢でも見たのか? 泣き叫んでたぞ……」

「え? あれ?」


 リートは私の頬を指で軽く拭いてくれた。

 私、泣いてたんだ。そういえば、夢を見ていたような気もする。でも、もう何も覚えてないんだけど。


「うーん、分かんない。なんだっけ、忘れちゃった。私、泣いてたの?」

「すごくうなされてた……。なあ、大丈夫か? 気分悪くないか?」


 リートったら、心配してくれたのね。思い切りガクガク揺さぶっちゃうくらいだもんね。私のために取り乱してくれるなんて、やだぁ、すんごく嬉しい。


「ありがとう、大丈夫よ。何とも無いわ」

「本当に?」

「平気平気!」

「それならいいけど、さっきはびっくりしたよ」

「へへへ、ごめんね。……ねえ、リート君。それより、朝のご挨拶がまだなんだけど」


 えへっと笑って、リートの鼻を指でツンツンした。そしたら、さっきまで眉をハの字にしていた彼もフフっと笑って、私を抱きしめてくれた。


「おはよう、ニアたん♡」

「おはよう、リート君♡」


 チュッとキスをする。毎朝恒例の、おはようのキス。

 お目覚めはドッキリモードだったけど、今日もいつも通り一日がはじま……


――ああぁぁ! 違う、いつも通りじゃない! 今日は特別な日!


 私はバッと顔を上げてリートを見つめる。


「リート君! 今日は!」

「そう、今日は結婚記念日!」


 リートが続けて言った。今日は記念すべき結婚一周年の日なのだ。

 丁度一年前、私たちは結婚した。その後、いわゆるバカップルなんて言われながら、今日まで仲良く幸せにいちゃいちゃ暮らしてきたのだ。


「一年間ありがとうニアたん。これからもよろしく」

「私こそよろしくね。リート君大好き」

「俺もニアたん大好き」

「あはぁぁん、嬉しいぃぃ好きぃぃ」


 抱き合ってチュッチュとキスを重ね、朝っぱらから始まってしまいそうな雰囲気に、もうなんだか全身がトロけてきて、私今とっても最高に幸せです。




 リートは一年前、隣村からやって来た青年だ。

 彼は騎士採用試験を受けようと、王都へ向けて故郷の村を出たらしい。

 そして同じ日、私は買い物をしに隣村に向かっていた。村境の橋の上で私たちが出会ったのは、絶対に運命だったのだ。

 颯爽と歩いてくる彼を見た瞬間、目が眩んだ。発光体が現れたかと思った。彼はキラキラと光り輝きその背後には花吹雪が舞い、華やかにファンファーレが鳴り響いていたのだ。

 私は一瞬で恋に落ちていた。

 後日、親友のエマから「眼と耳と脳が同時に病んだようね」との言葉を賜った。愛に目覚めた私への祝辞だと受け取っておこう。


 それはともかく、私が息を止めて立ちつくしていると、いきなりリートが走ってきてひざまずき、声を裏返して叫んだのだ。「僕はあなたに会う為に生まれてきました!」と。

 これも「ゲロ甘愛のポエマーか!」とエマは宣った。真実の愛を詠う吟遊詩人リートへの賛美ということにしておく。

 運命の恋は一目ぼれから始まるものなのよ。


 それまでの私は、年とった祖母ちゃんと二人暮らしだった。

 なので、女所帯は何かと不用心だし、あなたが家に来てくれると心強いのだけど、と勇気を振り絞ってお願いした。実のところ、私は村の自警団の班長をしていて、並みの男相手なら絶対負けない自信はあったのだけど。

 どうしても、リートを王都へ行かせたくなかったのだ。あのままお別れしてたら、私は絶望して死んでたと思う。男勝りな私なんかに好意を示してくれたのは彼が初めてだったから。

 彼は満面の笑みでもちろんさと何度も頷き、抱きしめてくれた。そしてその夜、速攻で身も心も結ばれて私たちは夫婦になったのだった。

 「バカップルここに爆誕!」もエマの弁。ええ、その通りよ。なんてったって私たちは、運命の恋人、結ばれるために生まれて来たんだから!





 うふんふんと鼻歌を歌いながら、二人で朝食の準備をした。スープはもう出来ているので温め直し、パンとサラダとコーヒーを用意していく。

 我が家は、私とリートと祖母ちゃんの三人暮らしなんだけど、朝食は二人分。というのも、祖母ちゃんはまだ寝てるから。本当は夜明け前に一度起きてるらしいんだけど。

 祖母ちゃんはいつも早くに目が覚めちゃうもんだから、うちの畑の周りを少し散歩してから馬に餌をやって、それからスープを作ってくれる。そしてスープを一杯飲むと、またベッドに戻るらしい。お腹が膨れると眠くなっちゃうんだって。


「リート君、あーん」


 向かい合って座り、私たちはいつものように食べさせっこする。


「はい、ニアたんもあーん」

「あーん……はぁぁん♡美味しいぃ」


 頬を両手で包んでえへへと笑った。リートに食べさせてもらうと、料理が百倍美味しくなってうっとりしてしまう。彼はいつも優しいしイケメンだし働き者だし、あーんもしてくれる、この世で一番最高にエクセレントで超絶素敵な旦那様なのだ。

 私なんかに、こんな素晴らしいダーリンがいていいのかしら、夢じゃないかしらって時々思っちゃうくらい、とっても幸せなのだ。


 キャッキャしながら代わる代わる食べさせっこしていると、ふと何やら視線を感じた。テーブル横の窓を見ると三、四歳くらいの小さな女の子が張り付いていたのだ。まん丸い目でこちらをじっと見ている。

 全身がガラスに密着してるってことは、さては外に置いてる薪の束に乗っているな。危ないぞ、このお転婆さんめ。

 

「リート君……この子知ってる?」

「いや全然」


 私たちが気付いたことが嬉しいのか、ふっくらほっぺの幼女はニマっと笑い更にガラスに顔をくっつける。鼻がぺちゃっと潰れる程に。

 やだこの子可愛いなんてと思っていると、ギシギシと窓枠が音を立て始めた。ヤバいのではと思った次の瞬間、バキリと蝶番が壊れて窓は内側に大きく開いてしまった。

 つんのめった幼女が勢いよくテーブルにダイブしてくる。ガシャンと物凄い音が響いた。


「うおぉ?!」

「ひゃぁ! だ、大丈夫?!」


 思わず叫ぶと、幼女はぴょこんと跳ね起き頭を下げる。


「ご、ごめんなしゃい! お料理……お料理がぁ!」


 無残に飛び散った皿の上で、ペコペコと頭を下げて謝る幼女は、全身スープでベトベトだ。


「料理なんてどうでもいいって! 怪我は?!」

「やだ、おでこ赤くなってる!」


 リートは急いで幼女をテーブルから下した。私は怪我していないかチェックしながら、ナフキンで顔を拭いてやる。


「痛いところ無い? 大丈夫なの?」

「ああ、嬉しい優しい……。ありがとうでしゅ。大丈夫でしゅ、です」


 幼女はまん丸い目を潤ませ、恥ずかしいのか頬を赤らめていた。


「本当に?」

「あい。実はあたし天使なのでしゅ。だから血も出ないし痛くないのでしゅ、です」

「…………ん?」


 私とリートは思わず顔を見合わせてしまった。

 声を出さなくても通じ合える私たちは、この子何言ってんだろうねと目で語り合った。


「あんまり大丈夫じゃない、のかな……?」

「本当でしゅ! 大丈夫でしゅ! 天使は怪我しましぇん! せん!」

「……そ、そっか、うん、そうなんだね」


 小さな子の空想にツッコんでも仕方ない。怪我もなさそうなので、私は女の子の頭を撫でて微笑んだ。すると彼女は真っ赤になって、もじもじと俯いてしまった。舌足らずな所も、懸命に語尾を言い直すのもとっても可愛いい。


 お家はどこと幼女に尋ねたが、なんと自称天使は家は無いと堂々と言う。なぜなら今日天界からやって来たばかりだから、と。うーん。

 取りあえずそれはスルーして、お風呂に入れて着替えさせてあげた。保安官に迷子の届け出をするにしても、スープまみれじゃかわいそうだしね。




「ピピと申しましゅ。神しゃまからお二人に祝福を授けるように言われて、やって来ました」


 私の子どものころの服に着替えた彼女が、真剣な顔でそんなことを言うものだから、クスリと笑いそうになる。年の割にしっかり喋れるんだなあと感心するのだけど、やっぱり幼女らしく天使ごっこはまだ続いていた。


「ありがとう。今日は結婚記念日だし、祝福してくれるなんて嬉しいわ。でも、どうして私たちなの?」


 尋ねるとピピは誇らしげに胸を張った。ぷにぷにのほっぺは桃色だ。


「あい。それはお二人が心から愛し合う仲良し夫婦だからでしゅ! す!」

「あぁぁん、そんなぁ」


 頭の中がお花畑といつも言われてる私でも、そんなこと言われたら照れてしまう。こんな小さな子から見ても、私たちは仲良し夫婦なんだなと思うと、ついついニヤけてしまうのだ。

 リートをちらりと見ると彼も照れ笑いしていた。そして肩を抱き寄せられる。そしてそして、こっそり小指を絡ませあったりなんかしちゃったり。


「お二人ともしゃがんで、ピピに顔を近づけて下しゃい」


 素直に従い、何をするのかなとピピを覗き込むと、ほっぺにチュッとキスされた。柔らかで小さな唇の感触が心地いい。

 続いてリートにもキスが贈られた。


「ピピからの祝福でしゅ」


 自称天使はてへへと笑っていた。なんとも可愛い祝福だ。

 私もウフフと笑う。


 と、どういうことだろう、急に頭がクラクラし始めた。目の前の景色がぐるぐると回りだす。

 ピピがどうしたのですかと心配げに訊ねてくるけど、船酔いみたいに気分が悪くなってとても答えられなかった。

 なんかおかしいと思っているうちに身体が傾ぎ、リートに向かって倒れてしまう。それに、彼もなんだかふらふらとしているようで……。


 ゴッチーン!!


 思い切りリートと頭をぶつけてしまった。チカチカと星が舞ったと思う間も無く、目の前が真っ暗になった。





 炎は絶望の色をしていると思った。

 バチバチと木の焼ける音。焦げ臭い匂い。肌を刺す熱。逃げろと叫ぶ遠い声。だけど、窓から外を見たって地面は遥か下。逃げ場なんてもうどこにもない。絶望しかなかった。でも、一番の絶望は……あなたがここに居ないこと。

 すぐに戻ると言ってあなたは行ってしまった。だけどあなたは戻らず、気づけば炎の中に私は一人。ねえ……私を騙したの? 全部嘘だったの?


 どこからともなく、歌声が聞こえてきた。


――ゆらりゆらゆら振り子のように……


 ああ、振り子時計の歌だ。子どもから大人までみんな知ってるわらべ歌みたいなやつだ。

 子どもの頃は気にもしなかったけど、この歌は結ばれることのない恋人たちの歌なんじゃないだろうかと思う。


――同じところでゆらゆら揺れる

  ゆらりゆらゆら揺れ続け

  僕と君はいったりきたり

  僕と君はいったりきたり……



 ズキンと頭が痛んだ。



――ゆらりゆらゆら振り子のように……

 ゴウッと真っ赤な炎に包まれた。

――ゆらりゆらゆら揺れ続け……

 熱風に煽られ息もできない。

――ゆらりゆらゆらいったりきたり……

 たった一人、私は火の海に取り残されていた。


 ああ! どうして、来てくれなかったの!

 どうして、私を置いていったの! どうして、戻ってこなかったの?

 私はずっと待ってたのに!

 ねえ! ねえ!

 こんなに待ってるのに。ねえ! どうして!




 どうしてなの、リート!

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