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「帰る前に少しだけ、この辺りを散歩しませんか?」
小鹿が言った。
二人だけの食事のあとに小鹿がそんなことを言うのはとても珍しいことだったので、真由子はとても驚いた。
真由子は少しだけ悩んでから、「……はい」と小鹿に答えた。
すると小鹿は本当に嬉しそうな顔でにっこりと笑った。
二人は夜の東京の街の中を散歩した。
夜空にはレストランに着く前に見た三日月が出ていて、真由子は度々、夜の中を歩きながら、その三日月に目を向けていた。
「月が好きなんですか?」小鹿が言った。
「はい。好きです」真由子は言った。
季節は冬。
年の瀬も終わりに近づいた十二月の後半の寒い夜。
冬の透明な空気の中で、夜の星と、東京タワーの横に見える三日月は、なんだかいつも見る星や月よりも、ずっと綺麗に輝いて見えた。
「真由子さんには、好きな人がいるんですか?」小鹿が言った。
真由子はなにも答えない。
「真由子さんには、僕以外の人で、……ずっと好きな相手がいるんじゃないんですか?」
小鹿は足を止める。
真由子も同じように足を止めて、小鹿を見る。
小鹿はとても真剣な表情をしていた。
彼は、真由子に本当に真っ直ぐな気持ちを向けてくれていた。
……卑怯なのは私だ、と真由子は思った。
真由子は正面から、真っ直ぐに、小鹿と向き合っていなかった。
真由子の心は、今も、あの人に対して、向けられていた。
真由子は顔をあげて月を見た。
綺麗な冬の三日月。
その三日月を見て、小島真由子はあの人のことを、強く思った。
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