36

「そんな風に謝ったりしないでよ。私が悪いんだからさ」絵里は言った。

「そんなことない。絵里はなんにも悪くないよ」芽衣は言った。

 芽衣は泣いていた。

 その涙が本物の涙であることは、芽衣の親友の絵里にはよくわかっていることだった。でも、……いっそ、芽衣がすごく嫌な女の子だったらいいのに、と絵里は思わないでもなかった。

 そんなことを考えていると、自然と絵里の目から涙がぽろぽろと溢れてきた。

「絵里」

「芽衣」

 二人は夏の青色の空のしたで、お互いの体を抱きしめ合って、屋上で泣いた。自分でも呆れいるくらいに涙は次から次えと溢れて止まらなかった。

 芽衣もずっと泣いていた。

 絵里は親友の芽衣が泣いているところをこのとき初めて、目撃した。


 絵里は勉強に集中するようになった。

 それはある意味において逃避だったのかもしれない。勉強は高校生である絵里にとっては逃げ込むには一番、効率の良い安全な場所だった。

 もともと真面目で成績も良かった絵里の成績はさらに伸びて学年で二番になった。一番は中学のときからずっと変わらず、中高ともに生徒会長を勤めている早乙女芽衣だった。

「絵里ー! 勉強教えてー!」

 そう言って恵が絵里に試験勉強を教わりにやってきた。

「こつこつやらないから、試験前、大変なんだよ?」と絵里は恵に言った。

「だって勉強嫌いなんだもん」と恵は言った。

 恵の笑顔はまっすぐだった。

 そんな恵の笑顔を見て、自分がこんなにまっすぐな顔で笑っていたのは、いつまでだったのだろう? とそんなことを絵里は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る