第7話 冷静さの奥で

 食事会か。昔は楽しく思えたかもしれない。今は……。


 船内の窓辺の席で、クリスタルリキッドの入ったグラス片手に、賑やかな生徒達の話し声を聴きながら、窓の向こうにきらめく夜の海を眺めている。


 時間が知りたくて懐中時計をと思い、ジレのポケットに手を入れると今年の新入生の女生徒達から貰った、メールアドレスの書かれたメモが僕の手にまとわりついて落としそうになった。これらはさっき、僕の席に挨拶しにきた彼女達がくれたものだ。


 今も僕のことが見える席に座り、チラチラと視線をここへ向けているのが分かる。誘いはあっても乗る気分じゃなかった。生徒の中には勿論、美人な子も可愛い子もたくさんいる。


 ラボのイエローポール試験の時飲み込まれたレッドクラスの子も超絶な美人だったが、僕の方見て赤面していたのですぐに僕への気持ちに気付いた。彼女だって、この食事会から一緒に帰ることを誘えば応じてくれるだろう。


 なのに何故僕はここで一人、酒を飲んでいるのか。


 疲れたからだ。ただそれだけ。女の子とデートして、付き合って、行き着く先は面倒な感情処理係。そこに互いに愛はない。


 もし僕が普通の顔つきだったら彼女は一緒に居てくれるだろうか?その問いに、肯定的に答えられたことは一度も無い。28も過ぎて、行き着いた悲しい答えに自分が哀れになる。


 もう一口、酒を口に含む。鼻から熱いものが抜ける。


「そういえば……。」


 僕は隣のテーブルに視線を移した。ベラとシュリントンが何やら学園の方針をテーマに熱い討論を始めているが毎週の職員会議と同様、シュリントン学園長のマイペースっぷりにしっかり者のベラがこれをやめろあれをやめろと突っ込んでいる。キャリアもあって特段に頭もいいベラが副学園長になるべきだと僕も思っていたが、それになるぐらいなら辞めてやると言った彼女の発言も正直理解出来る……彼女がいるからこの学園は暴走せずに済んでいることに、毎日感謝している。


 そしてその美しいベラこそ……もしかしたら共に帰ることを誘うべきなのかもしれない。生徒よりも同業者の方が話も弾むだろうし、ベラと僕は普通に仲がいい。


 そう考えを巡らせていると、遠くから聞こえてきた笑い声で僕の耳がピクッと反応した。誰かのテーブルが盛り上がっている。僕はその方を見た。


 そのテーブルには……ヒイロと、何故か高崎が座っていて笑顔で楽しげにお互いをベシベシ叩き合いながら話していた。いつも彼女と一緒にいるのは確か……リュウの筈だが。


 なるほど、リュウは他クラスの女性を捕まえようと必死なようだ。いつだったか彼に屋上に呼び出されて、先輩の女を二人も取るなんて!と僕に怒ってきたこともあったな。言い訳をするとしたら、僕の方から彼女達に迫るような真似はしていない。彼女たちが勝手にこちらに来たのだ。まあそれはいいとして……


 ヒイロか。ラボ倉庫でイエローポールを戦闘不能にさせたこと、あの力には驚いた。それに僕の一番気に入っている通常実践魔学に興味を抱いてくれた子だ。


 今日はいつものカジュアルな服装とは少し違いリブ素材のカーディガンを羽織っていて……とても可愛らしい。リブ素材を好む僕にとってかなりドストライクな格好なので出来れば今後は外で着て欲しくない……なんて独占的な考えを持ってはいけないと軽く頭を振った。


 図書室で偶然に出会った日に彼女の部屋で彼女を抱きしめたこと、彼女は覚えているだろうか。僕の直した窓や玄関を見て、僕のことを思い出してくれているだろうか……。


「何を」


 今、何を考えた。僕は。

 これではまるで僕が彼女に……


「家森先生」


 声のした方を振り向くとそこにはレッドクラスのマリーが立っていた。


「何の用ですか?ほら、皆さん盛り上がっていますし「隣に座ってもいいですか?」


 食い気味に言われてしまった。ああ、ここに大事な用事でもあるらしい。


「どうぞ」


 僕の元へ来た生徒を無下に追い返す訳にもいかない。彼女が隣の席に座った途端にこちらを上目遣いで見てくるのが分かると、僕は彼女の気を逸らすために言った。


「どうしました?ほら、皆さん盛り上がっていて楽しそうですよ?」


「あの……今一人ですか?」


 なるほど。あえてそう質問した理由も分かっている。

 でも嘘はつかない。人として。


「まあ、一人です。」


「そうなんですね!てっきり誰か他の先生方と一緒に食事されているのだと思いました。でも違う席ですし……」


「最初は他の先生方と食事していましたが」


 今は別件で彼女達が白熱しているので、と言おうとしたところで彼女が話し始めた。


「私、家森先生と一緒にお食事したいです。ここで。ダメですか?」


「うーん。」


 特に……断る理由もなかった。少しここで食べるだけなら別に構わない。

 が、少し気になって生徒達を見渡すフリをして、ヒイロの席を見たが、そこには彼女と高崎の姿は無かった。


「……ん?」


 彼女は何処に行った?まさか一緒にいた高崎と共に先に帰ってしまったのだろうか。高崎、そんなに大胆な行動は取らないとたかを括っていたがもしや油断ならない男だったか?


 いや、まだその可能性は高くないはずだ。僕は別の席にも目を凝らして彼女の姿を探す。


 未だ熱気に包まれた店内、中にはキスする生徒もいる。それもそうだろう、今日集まっているのは成人している皆ばかりだし、ここでパートナーを見つけたい生徒もたくさんいるはず。

 そしてそのことに関して我々職員もそこまでうるさくはなれない。


 遠くのテーブルでリュウが女性にデザートを頼んでいるのが視界に入ったが僕が見たいのはそれではない。


「先生?」


 声を掛けられたので捜索を諦めて座ると、マリーが思ったよりも僕の近くに来ていて少し驚いてしまった。


「おお!ど、どうしました?やけに近くて踏んでしまうところでした。危険ですから離れてください、ほーら。」


 そうして僕は彼女の椅子を僕から遠ざけようとしたが彼女に腕を掴まれてしまった。


「今、誰か探していましたよね?」


 彼女の的確な一言に掴まれた腕をさっと引っ込めた。


「……生徒たちの監視です。一応。」


「さすが先生ですね。こうやって、食事会の時でさえも見張っているんですね……生徒達が悪いことをしないように……。」


 マリーが僕の手を掴んで彼女の太ももの上に乗せてしまった。熱く潤わせた瞳で僕のことを見つめてきたので視線を逸らした。


 今まで何度、女性が繰り出すこの手に負けて後悔したか。僕は一度大きく息を吐くと席を立ち上がってマリーにもこの場を離れるように立ち上がる指示をした。


「…ハイッ、僕とのお話はこれでおしまいです。あなたも皆の所へ行ったりお食事したりして、学友同士でこの会を楽しんでください。」


「先生!」


 困ったような眼差しで口を尖らせるマリー。


「私、先生と居たいです!」


 僕は彼女の肩に手を置いて、真剣な目をして言った。


「ダメです。」

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