第24話 捜索
「……なるほどな。それでここに戻ってきたという訳か」
チヅル達から事情を聞いたロイスは納得したように頷いた。
アレックスとは街の入り口で別れ、チヅルとジェフェリーは真っ直ぐに店へと向かった。そして、今までの経緯をロイスに説明していたのだ。
「それでじいさん、なんかねえかな?」
「さてのう、そうそう都合の良い物なぞ……いや、待てよ」
腕を組んで顎に手を当て考えていたロイスが、何か思いついたように空を仰いだ。
「何かあるの!?」
「それを安全に着地させる事なら出来るかもしれんぞ。お前達も知っとるじゃろう。絶版と呼ばれるロストブックを」
「ああ。でもあれは使い道が無いモジュールしか手に入らない、屑本の総称……いや、確かなんかあったような、そうかあれだ!」
最初は興味なさげにしていたジェフェリーの顔が、突如破顔する。それを見たロイスはにっと口端を吊り上げた。何の事か分からないチヅルは、不満げに2人を急かす。
「ちょっと! 私にも分かるように話してよ」
「『古沼に住まう
ジェフェリーは拳を握り締め、興奮して捲くし立てる。暑苦しく詰め寄ってくるので、その顔をチヅルはぐいっと押し返した。
「はいはい。で、それはちゃんとここにあるんでしょうね?」
「あるにはあるんじゃが、何せ絶版のロストブックなどまともに管理しておらんからのう。地下にある書庫に放りっぱなしじゃ。悪いが、探すのを手伝って貰えんか?」
「まあ、仕方ないわね」
「3人でやればすぐ見付かるだろ」
「それならいいんじゃがのう」
意味深にロイスが呟くと、部屋の中心に移動し、床から取っ手を引き出して開ける。そこから、地下に続く薄暗い階段が姿を現した。湿気った空気と共に、黴臭い匂いが店全体を包み込む。
ロイスは入り口の脇に備え付けてあったカンテラを取る。懐からマッチを取り出すと、1本擦ってカンテラに火を点けた。
「この中じゃ。ほれ、早く行くぞ」
ロイスは甲高い足音を響かせながら、先に階段を降りていってしまった。2人も慌てて後を追う。
カンテラの光があるとはいえ、それでも周囲は暗い。響く足音が余計に不気味さを増大させた。
「じいさん。明かりは無いのか?」
「別にここはカンテラで十分じゃろう。それとも何か? 怖いのか?」
「な! んな訳あるか! 大の大人がこんなもん……」
「そこ、滑るぞ」
ロイスの忠告は時既に遅し。ジェフェリーは滑ると言われた場所で見事に転び、強かに尻餅をついた。びっくりして、傍にいたカークが飛びずさる。
「いってえ!」
「馬鹿ね。自爆してちゃ世話無いわ」
「るっせえ」
悪態をつきながらジェフェリーは立ち上がる。幸い、怪我をした所はないようだ。
3人はさらに螺旋状の階段を下りていく。そしてしばらくすると、目の前に古めかしい木の扉が現れた。金具はすっかり風化して鍵もぼろぼろだった。これでは全く役目を果たせそうに無い。
それでもロイスはポケットから鍵を取り出すと、その鍵穴に差し込んで1回転させる。ガタンという鈍い音がして、鍵が外れた事を知らせた。
ドアノブを回して押す。叫び声にも似た軋む音を立てながら、ドアは開いていく。ロイスは脇の壁にあるスイッチをつける。すると、部屋の中が明らかとなった。
「こりゃすげえ……」
思わずジェフェリーは驚きで声を漏らした。チヅルも圧倒されている。
中は地上と比べると倍は広く、本棚に埋もれていた。さらに天井が高く、高さ5メルセルクほどの壁全てまでが本棚となっている。そこには上のロストブックが取れるように、いくつも梯子がかかっていた。
「え、まさかこんな所から探さなきゃならないの?」
「ちなみに手掛かりなんぞ無いぞ。どこにしまったか、全く覚えとらんからな。ついでに見付かるまで整理も手伝っとくれ。ロストブックはただでやるからの」
「嘘だろ、おい……」
無情なロイスの言葉に、2人はぐったりと肩を落とす。この中から1冊のロストブックを探すのはどんなに骨が折れる事か、想像に容易かった。
探し始めて早5時間。チヅルとロイスは未だ店の地下で、目的のロストブックを続けていた。
「もう、本当にあるんでしょうね……」
そうぶつくさと呟くチヅルの声には疲れが見える。何しろその蔵書量は、ガスタブルの国立図書館にも引けを取らない。それをたった3人で、どこにあるか分からない1冊の本を探しているのだから、肉体的にも精神的にも疲れが来るのはもっともだった。
「ほれ、とりあえず半分は終わったんじゃ。残り半分も休まず探すぞ」
対してロイスの方はまるで疲れを見せない。むしろ生き生きとしてさえ見えるから驚きだ。
「じいさん、何でそんなに元気なのよ」
「ここの整理は近い内にやろうとしていたからの。若いお前達が来てくれて大助かりじゃわい」
「その労働の対価で、値も付かないロストブック1冊なんて泣けてくるわ……」
やってられないと、チヅルが床に大の字で寝転がる。大きく息を吐き、前髪をかき上げる。すると、その視界にある物が映った。本棚の天辺に、本の角らしき部分が見えたのだ。
「何あれ? カーク! ちょっとあれ取ってみて」
カークは退屈して床で眠っていたが、チヅルの指示で飛び起きた。一飛びで本棚の上に乗ると、そこに置かれていた物を咥えて、チヅルの前に降り立つ。
チヅルはカークの頭を撫でながら、咥えていた本を離させる。本についた埃を払い、本のタイトルを確認した。
「古沼に住まう海鼠、これだわ! やっと見つけた!」
歓喜に叫ぶチヅルの横で、ロイスが微かに舌打ちする。だが、地獄耳のチヅルがその音を聞き逃しはしなかった。
「ちょっとじいさん、今の舌打ちは何かしら?」
「はーてさて、何の事かな?」
「惚けないで! さては本当はすぐに見つけてたのに、こっそりあんな所に隠したわね! 私達にこの書庫の整理をさせるために!」
「言い掛かりも甚だしいのう。多分しまう所が無くて、とりあえずあそこに置いといたんじゃろう。いやあ、年を取ると物忘れが激しくなるもんじゃ」
あくまでロイスは白を切り続ける。自分の企みを一向に認めない態度に、チヅルの顔色が怒りに染まっていく。
「なら、カークの視覚映像を分析しても問題ないわよね? カークはね、1日分の映像を保存する事が出来るの。もし、そこにじいさんがロストブックを隠すような場面が出てきたら……」
ばきばきと指を鳴らすチヅルに、ロイスの態度が一変した。両膝を付いてその場に座り、頭を地面にこすらんばかりに下げる。
「すまん! ほんの出来心じゃったんじゃ。こうやって、若いもんと一緒に仕事をするのは本当に久しぶりでのう。だからつい、もう少しやりたいと考えてしまったんじゃ」
さっきまでの突っ張りようはどこへやら。チヅルも呆れるほどの変わり身で、ロイスは許しを請う。おそらく、映っているかもしれないリスクよりも、この場で謝ってしまった方が良いと考えたのだろう。
ここまで下手に出る相手に殴りつけるほど、チヅルは鬼畜でも悪魔でも無い。ましてや相手はロイスだ。老人に対して暴力を振るうのは抵抗があった。仕方無しに、チヅルは溜飲を下げる。
「はあ。もういいわよ。それよりジェフはどこ行ったの? あいつ、いつの間にか逃げやがって。帰ってきたら……」
チヅルの目が剣呑に光る。先ほどの憤りを、ジェフェリーにぶつけてやろうという腹だった。普段から殴り慣れているジェフェリーなら、良心の呵責など塵一つとしてない。
「俺ならここにいるぜ? まあ、抜け出したのは事実だけどな」
「ひゃ! な、何よ! 驚くじゃない!」
いつの間にか、チヅルの背後にジェフェリーが立っていたのだ。まるで気配を感じられなかったチヅルは、驚いて奇妙な裏声を上げてしまった。
ジェフェリーは手を広げて大げさに溜息を吐く。
「ったく、俺だってサボろうとして抜け出したわけじゃないんだぜ。ちょっくら、ある物を調達してたのさ」
「ある物って?」
「今回の攻略に必要不可欠な物ってね。チヅルにも1つ持っていってもらうぜ。さて、無事ロストブックも見付かったようだし、早速潜ろうか」
ジェフェリーはロストブックをひょいっとチヅルの手から取ると、さっさと上に行ってしまった。
「あ! ちょっと、待ちなさいよ!」
ロストブックを奪われてしまったチヅルは、慌ててジェフェリーを追う。その後ろを、ロイスとカークがゆっくりついていった。
地下から店の中に戻ったチヅルがまず目にしたのは、2つの大きなタンクだった。材質は金属製で、表面は真っ赤に塗られている。
だが何より目を引くのは、表面に最上級危険物のマークが描かれている事だった。これは爆発物の中でも特に危険な物につけられるマークで、一般人がおいそれと手に入る物ではなかった。
「ちょっと、何よこれ……」
「メタグレーム。名前ぐらいは知ってるだろ?」
さらっと内容物を言うジェフェリーに、チヅルは顔面を蒼白とさせた。
「ば、馬鹿! どこからこんなもん持ってきたのよ! 少しでも空気に触れれば大爆発を起こすわよ!」
ジェフェリーの襟を両手で掴むと、それをがくがくと揺らして、チヅルはあからさまに動揺しながら捲くし立てる。
メタグレームはつい最近、深海の底にある地層のさらに下から発見された液体燃料である。既存の燃料とは比べ物にならない燃焼を起こすが、その性質が問題だった。空気や火気に触れると即炎上、爆発を引き起こすのだ。ゆえに、一歩間違えればとんでもない事故を引き起こすため、保管されている研究機関で厳重に管理されているはずだった。
だがそれが今、無造作にここに置かれている。チヅルが取り乱すのも無理からぬ話だった。
「これはまた、えらく物騒なもんを持ち込んでくれたのう……。頼むから、わしの店は燃やさんでくれよ?」
「大丈夫だって、その容器は特別製なんだ。余程の事が無い限り、中身が漏れ出す事は無いぜ。チヅルがハンマーで思いっきりぶっ叩くぐらいしないとな」
そう言いながら、ジェフェリーは容器をボンボンと叩く。慌ててチヅルとロイスはジェフェリーを取り押さえた。
「本当にこんなのが必要なんでしょうね?」
まだ納得がいかないと、チヅルはジェフェリーを睨みつける。
「ロストブックの内容が文献通りならな。多分これが無いと逃げ帰ってくるだけだと思うぜ。まあ俺も潜った事は無いんだ。準備は万全にしないとな」
「……分かったわよ」
正論をすらすらと並べ立てられ、渋々ながらチヅルは了解する。今回は絶対に失敗出来ない。失敗すればロストブックは力を失ってしまい、時間の大幅なロスとなる。危険でも成功する確率を高めなくてはならない。
ジェフェリーはチヅルを見て、にやにやしながら満足そうに頷いた。得意げな態度がまたむかつくが、ここはぐっと堪える。
「ところで、今回は私も潜るの?」
「もちろん。待ってろったって、力ずくにでもついてくるくせに」
「それはまあ、そうなんだけど。あんた、誰とも組まないのがポリシーじゃなかったっけ?」
ジェフェリーは、ロストブックに潜る際に誰ともパートナーを組んだ事が無い。深く理由を聞いた事は無いが、何か訳があると思っていた。だが、ジェフェリーの答えは至ってシンプルなものだった。
「別に。誰かと組むと、分け前が減っちまうからな」
「……へ? なに、それだけ?」
深い理由があると思い、聞く準備をしていたが、すこぶるどうでもいいありふれた理由で肩透かしされてしまった。
しかし、ジェフェリーは心外だとでも言うように、不服を顔一面に広がらせた。
「それだけって、お前な。せっかく稼いでも半分になっちまうんだぞ? 1人でも十分なのに、勿体無すぎるだろ!」
力説するジェフェリーに付き合っていられないとでも言うように、チヅルが右手をひらひらと振る。
「はいはい。今回は儲けが無いから、私がついて行っても良いって事ね」
「そんな事言ってねえだろ。俺はお前とアルだけは認めてるんだ。機会さえあれば、組んでグレードS辺りへ潜りたいとも思ってた。いつもお前等2人で組んでたから、結局今日まで切り出せなかったけどな」
「そ、そう。えっと、ありがとう、とでも言っておけばいいのかしら」
話の流れから、まさか自分が褒められる等とは思っていなかったため、妙に気恥ずかしくなってしまう。ジェフェリーから少しだけ顔を背け、目線が店中を動き回る。
「あ、もちろんスーヤとも潜ってみたいぜ? スーヤを助け出したら、すぐにでも一緒に潜るんだ!」
さっきまでの不機嫌そうな顔はどこへやら。嬉々とした表情で活き活きとジェフェリーが語る。だが、スーヤの名が出た瞬間、チヅルの顔に深い影が落ちた。
「さて、そろそろ行くとするか……ってどうしたよ、柄にも無く浮かない顔して」
「あの、ジェフ……ううん、やっぱりいいわ」
「何だよ、はっきりしねえな。頼むからしっかりしてくれよ」
チヅルは珍しく言葉を濁して、はっきりとものを言わない。ジェフェリーはその様子を不審の目で見ていたが、置いてあったタンクを1つ持ち、さっさとカウンターに歩いていってしまった。その脇を、カークが寄り添うように歩く。チヅルも残りのタンクを持ち、ジェフェリーの後を追いかける。
この時、チヅルはダイブする事に気が乗らなかった。スーヤがいなくなったあの日、スーヤが独白したロストブックに対する想いを、今になって思い出してしまったからだ。やっている事は強盗と同じ。その言葉が、チヅルの心に大きな棘として刺さっている。
(でも、今はこれしか道は無い。スーのためなの。だから割り切りなさい!)
チヅルは自分自身に言い聞かせる。棘は消えないが、何とか心構えだけは作れた気がした。
ジェフェリーがカウンターにロストブックを置き、ロブグローブで表紙を触る。すると、本からピーコックグリーンの光が溢れ出した。ロストブックを手に取って開き、左のページに手を置く。チヅルもすぐに右のページへ手を置いた。
次の瞬間に光が迸り、2人はロストブックの世界へ吸い込まれていった。
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