PageEX07:トライ&エラー

 作業台の上に、数十個になる魔武具のパーツが並べられている。

 マリーの愛用銃、クーゲルとシュライバーだ。

 レイは分解したパーツを一つ一つ掃除しながら、メンテナンスする。


「マリーの奴め~、魔武具まぶんぐのメンテナンスサボってたなー」


 固まってパーツに付着した魔力インクカスを拭い取りながら、レイはブツブツと文句を零した。


「最近忙しかったから。しかたない?」

「限度があるっての」


 魔力カスを拭い取ったパーツを、隣に座っているアリスに手渡す。

 渡されたパーツを、アリスは布で綺麗に磨いていった。


 二人の身体には未だ痛々しく包帯が巻かれている。

 フレイアの剣を作る為に、レイは無理を言って退院してきたのだ。

 おおよそ回復していたアリスも、それに便乗して退院した。

 とは言え、肝心のフレイアがまだ退院していない。

 なのでレイは、退院の際に預かってきた仲間達の魔武具をメンテナンスしているのだ。


「うわぁ……なんだこれ、ライフリング殆どないじゃないか」


 クーゲルの砲身パーツを覗き込みながら、レイは呆れた声を漏らす。

 本来砲身内にある筈の溝や術式の刻印が、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。


「とりあえず砲身は交換。他にも十点くらいパーツ交換が必要だな」


 銃型魔武具のパーツを詰め込んだ箱を漁り、必要なパーツを探し出す。

 次に会った時には「もっとマメにメンテナンスをしろ」と叱ろうと、レイは心に決めた。


「しっかし流石は貴族の娘が持つ魔武具。パーツ数が多いんだよ」

「がんばれ専属整備士」

「面倒くさくて頭にきてるけどな」


 気の抜けた声でエールを送るアリスに、レイは軽く歯軋りをする。

 文句を言いつつも必要なパーツを探し出し、レイはその場で加工を始めた。

 ライフリングのある新品の砲身パーツに、鉤爪のような形状をした細長い工具で、内側に術式を彫り込んでいく。


「じゃあ他のパーツ、探しとくね」

「あぁ、頼んだ」


 アリスは箱を漁り、パーツを探し始める。

 何年もレイの手伝いをしてきたお陰か、アリスは魔武具のパーツに関する知識を豊富に持っていた。

 そんな優秀な助手の存在に感謝しつつ、レイは精密な動きで術式を彫り込む。


 ほんの十数分で術式を掘り終えたレイは、アリスが持ってきた他のパーツを合わせて組み立て始める。


「うし、組み立て完了」


 バラバラだったクーゲルとシュライバーは、整備士の慣れた手つきであっという間に元の姿へと戻った。

 レイは完成したクーゲルとシュライバーを天井に向けて、引き金を数かい引く。

 カチリ、カチリ。

 整備開始前は重く感じた引き金は、パーツの掃除と交換でスムーズに動くようになっていた。


「パーツ稼働よし。後で試し撃ちしておこう」


 一通りのメンテナンスを終えた二挺の銃を、作業台に置く。

 次はオリーブのイレイザーパウンドのメンテナンスだ。

 レイが壁に立てかけてあった大槌に、手を出そうとしたその時だった。


「なーんだ、工房の方に居たんだ」


 工房の扉から、聞きなれた声が響いてくる、

 開いた扉から登場したのは、巻いた包帯が所々見えているフレイアだった。


「退院、できたんだ」

「見ての通り、無事退院できたよ!」

「どーせ無茶してるんじゃねーのか?」

「それレイに言われたくないな」


 少し足を引きずるように、フレイアは工房の中に入ってくる。


「新しい剣作るんでしょ。なら呑気に入院なんてしてられないじゃない」

「それは分かるけどよ。傷の方は大丈夫なのか? 普通にボロボロっぽいけど」

「大丈夫。普通に痛いだけだから」

「なら大丈夫だな」


 頭の悪い会話を聞いて、救護術士であるアリスはジトッとした目で二人を見つめる。

 傷の痛みを堪えて、無理に退院してきたのはレイもフレイアも同じだった。

 目的は唯一つ。ゲーティアと戦う為の新たな戦力の開発だ。


「それってマリーの銃?」

「そうだ。安心しろ、お前の剣の実験器はもう作ってある」


 そう言うとレイは、工房の奥から数本の剣を持ってきた。

 いずれもフレイアが使っていたペンシルブレードと同系統の剣である。


「そんなに作ったの!?」

「これはあくまで実験器だ。ジャンク品の剣を使った簡易魔武具だよ」

「へぇ~」


 実験器の剣を一つ手に取るフレイア。

 基本的には普通のペンシルブレードと何ら変わらない。

 一つ大きく違う点は、獣魂栞ソウルマークの挿入口が二つになっている事だ。


「……なんで二つ?」

「この前も言っただろ、王の指輪から着想を得たって」

「言ってたけど、何するの?」

「簡単な話だ。ソウルインクを混ぜて使う」


 レイの発言にフレイアは思わず目を丸くする。

 それ程までに、その発想は突拍子もないことでもあった。

 獣魂栞から生まれるソウルインクは、デコイインクよりも強力である。しかし代わりに、持ち主である魔獣か契約をした人間にしか使えないのが常識なのだ。

 ましてや、ソウルインクを混ぜて使うなど前代未聞である。


「そんな事できるの!?」

「普通なら無理だな。だけど指輪の力を使うのなら可能かもしれない」


 レイはブライトン公国での一幕を思い出す。

 フレイアが中心となった魔獣の合体。あれは必然的に各魔獣の力が混ざっていた。

 指輪の力が魂を繋ぐ力ならば、魂から生まれるソウルインクを繋げる事だってできる筈だと、レイは考えていたのだ。


「魂を繋げる力と、魂から生まれるインク。繋げられない理由はないと思うんだ」

「なるほど」


 手を叩き納得するフレイア。


「とはいえ、そもそも魔力を混ぜられるのかが問題なんだ。バミューダで読んだ霊体研究の論文内容を元に、術式は何パターンか組んだ。今回作った実験器はそういう物だ」

「つまり剣を握って魔力を混ぜればいいのね!」

「そういうこと」


 趣旨を理解したフレイアは、早速赤色の獣魂栞を取り出し、剣に挿入した。


「あっ、もう一つの魔力どうしよう?」

「アリスー、ロキの力借りれねーか?」

「ロキ、お願いできる?」

「キュイキュイ!」


 元気にアリスの周りを跳ねていたロキは、自身の身体を光に包み込んで、ミントグリーンの獣魂栞へと姿を変えた。


「協力、してくれるって」

「ありがとう、ロキ」


 一言感謝を述べて、フレイアは空中に浮かぶミントグリーンの獣魂栞を手に取る。

 そして、剣に備わっている二つ目の挿入口に挿し込んだ。

 フレイアは剣を握る力を強める。


 しばし沈黙。


「……ねぇレイ」

「なんだ?」

「どうやって混ぜればいいんだろう?」


 レイは盛大にズッコケた。


「あのなぁ……」

「いやぁ、だって初めてだし」

「イメージだよ。剣の中を通っているソウルインクを指輪で繋げるイメージ!」

「イメージかぁ……」


 再び剣を握りなおして、意識を集中するフレイア。

 イフリートの赤い魔力と、ロキのミントグリーンの魔力が、刀身に掘られた溝を通っていく。

 魔力は光り輝き、その力を高めていく。

 そして溝は交差し、二つの魔力が混ざり始めた。


「これは……」


 混ざり合った魔力は新たな色を生み出し、更なる輝きを生み出していく。

 二つの魔力は確かに混ざり合った。王の指輪の力で、繋がらなかった存在が繋がったのだ。

 その神々しさすら感じる光景に、レイは無意識に釘付けになっていた。


 だが異変は、その直後に起きた。

 魔力の光に包まれていた刀身が、徐々に異臭を放ち始めたのだ。


「あれ、なんか臭う?」

「あぁこれはオリハルコンが溶けてる臭い……って溶けてる!?」

「熱っゥゥゥ!?」


 大慌てで剣を床に捨てるフレイア。

 剣の刀身は眩い光と共に、ドロドロに溶けてしまっていた。


「大丈夫かフレイア」

「うん、大丈夫。イフリートは?」

『グォォン』

「ロキも大丈夫?」

『キューイキューイ』


 剣に挿入されていた二体も無事だったので、一同はとりあえず胸をなでおろす。


「これは失敗だな」

「でも魔力は混ぜられたよ」

「あぁ、そこは大成功だ……けど魔武具自身を耐えられるようにしないとな」


 そう言ってレイは次のペンシルブレードを取り出した。


「こうなる事を想定して、何パターンかの術式を組んだんだ。次はこれな」

「これ……思ったより大変な作業になりそう」

「専用器の基本はトライ&エラーだ。大人しく付き合え」

「はーい」


 次のペンシルブレードを受け取るフレイア。

 先程と同じく、赤とミントグリーンの獣魂栞を挿入し、意識を集中させる。

 すると再び刀身が光輝き始めた。


「これなら、いけるかも!」


 フレイアは混ざり合った魔力を維持するように、力を籠める。

 刀身は高熱を帯びてこない。異臭を放つ様子もない。

 今度こそ成功か、フレイアがそう考えた次の瞬間。


「フレイア! 剣を捨てろォ!」

「へ!?」


 レイの叫びを聞いて、フレイアは咄嗟に剣を投げ捨てた。

 そして、刀身が床に接すると同時に、ペンシルブレードは凄まじい光を放って爆発した。


 爆風をもろに浴びて、工房の中がぐちゃぐちゃになる。

 フレイア達の髪も乱れていた。


「レイ、アリス! 大丈夫!?」

「アリスは大丈夫」

「俺も大丈夫だ」

「良かった……でもなんで爆発したの?」

「魔力の出力が剣のキャパシティをオーバーしたんだ。刀身が耐えられなくて、破裂したんだよ」


 今フレイアに渡した剣は、混ぜた魔力の出力を抑え込む調整をしていた代物だ。

 しかし結果としては、混ぜられた魔力の量がレイの相続を大幅に上回ったいた。


「刀身の素材に、諸々の術式制作……これは大変だな」

「次の剣も実験するの?」

「もちろん」


 当然とばかりに、次のペンシルブレードをフレイアに渡す。

 フレイアは再び、二つのソウルインクを混ぜ始めるのであった。



 そして数時間後。

 工房の中は荒れに荒れて、床には砕けたり溶けたりした剣の残骸が転がっていた。


「ねぇレイ、エラー&エラーだったね」

「まさかここまで上手くいかないとはなぁ……」


 試したた実験器は合計二十本。悲しい事に、その全てが無残に散っていった。


「二十一本目。これで上手くいけばいいんだけどな……」

「上手くいく。絶対に上手くやる!」


 眼に闘志を燃やし、フレイアは気合をいれる。

 「そう簡単に成功するものではないのだが」内心そう考えながら、レイは二十一本目のペンシルブレードを手渡した。


 剣を握りしめて、フレイアは意識を集中させる。

 今度こそ成功させるんだ。その思いを込めて、二つのソウルインクを混ぜ合わせる。

 刀身が光り輝き始める。ここまではいい。

 問題はこの後だ。混ざり合った魔力に剣が耐えられるかどうか。

 十秒、二十秒と時間が経過していく。

 一分、二分、刀身が崩れる様子はない。


「……フレイア、振ってみろ」

「う、うん」


 レイに言われて我を取り戻したフレイア。

 軽く剣を振ってみる。

 それでも刀身は崩れる様子を見せない。

 フレイアは恐る恐る、レイに問うた。


「ねぇレイ……これって」

「あぁ……成功だ」

「いぃぃぃやったぁぁぁ!!!」


 両手を上げて喜ぶフレイア。

 冷静に振る舞ってはいるが、レイも内心大歓喜していた。


 フレイアは剣から獣魂栞を抜き取り、アリスに返す。

 そして赤色の獣魂栞を抜き取った瞬間、輝いていた刀身は光を失い、淀んだ黒色へと変色してしまった。


「あれ? なんか色変わっちゃった」

「出力に耐えられなくて、オリハルコンが変質したんだ。これは素材の耐久性に課題ありだな」

「えっと、もしかして失敗?」

「まさか。中の術式は大成功だ」

「よかったぁぁぁ」


 へなへなと崩れ落ちるフレイア。

 慣れない作業を続けて、疲労が溜まっていたのだ。


「これで新しい剣が作れるんだよね?」

「あぁ。素材の方に関しては考えがあるから大丈夫だ」

「じゃあアタシはしばらくお役御免ね」

「なに言ってんだ?」

「へ?」

「まだ実験器は残ってるんだぞ」


 レイはそう言って、十数本の剣を作業台に並べ始めた。


「いやいや。ちょっと待って! さっきの実験器で中の術式は決まったんだよね!?」

「そうだな。でもデータは多いに越したことはないからな」

「それって……つまり」

「残り十七本か。まぁ頑張ってくれよ、リーダーさん」


 レイの非情な宣告に、フレイアは乾いた笑いを漏らしてしまう。


「せ、せめて休ませてぇぇぇ!!!」


「二人とも、がんばれー」

「キューイキューイ」


 悲痛な叫びを上げるフレイアの後ろで、アリスの気の抜けたエールが工房に響くのであった。

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