Page62:フレイアの剣

 午前八時。

 朝日も昇って幾ばくか過ぎた頃に、フレイアは目を覚ました。


「ん、ん~~~」


 身体を伸ばして、眼を擦る事でようやく意識がはっきりしてくる。

 まだ少し呆けている頭も、女子寮共有の洗面所で顔を洗えば一瞬にして冴えきってきた。


「ん~……お腹空いた」


 腹の虫が空腹を知らせてくる。

 「少し起きるのが遅かったけど、何か食べる物残ってるかな」等と考えながら、フレイアは下の階にある食堂へと足を運んだ。


「あらフレイアちゃん、おはよう、今日はお寝坊さんなのね~」

「おはよう、クロさん」


 間延びした口調で、優しく挨拶をしてくれるのは寮母のクロケルさん。

 フレイアにとってはいつも通りの朝のワンシーン。


「朝ご飯用意するから、少し待っててね」

「はーい!」


 大好きなクロさんの朝ご飯が来るとなれば、普段落ち着きが無いフレイアも大人しくなる。

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、フレイアがテーブルで待っていると。


「おはようございます。フレイアさん」

「あ、マリーおはよー。マリーも寝坊?」

「違います。ただのフレイアさん待ちですわ」

「あれ? 今日何か予定あったっけ?」

「要件があるのはわたくしではなく、彼方ですわ」


 フレイアがマリーが指さす方を振り向くと、そこには飢えた獣の様な勢いでパンとスープを貪るレイがいた。


「美味ぇ、美味ぇ! 身体に栄養が染み渡る!」


 しかも半泣きである。


「え~っと……アレは、大丈夫なの?」

「ここ最近忙しくて、食べた物は干し肉とアリスさんのサンドイッチだけだったそうですわ」

「レイもアリスにはガツンとキツく言っていいと思う……ていうか、なんでレイが女子寮にいるの!?」


 至極真っ当な質問を投げかけられて、レイもようやくフレイアの存在に気付く。


「ゴクンッ……何でってそりゃあ、お前の剣を届けに来たんだよ。そしたらクロさんに朝飯貰った」

「も~、ご飯はちゃんと食べなきゃ駄目よ~。フラフラだったじゃない」

「面目ないです」


 頬にパンくずを付けながら頭を下げるレイを見て、フレイアは彼の仕事熱心さに関心を覚えた。


「へ~……え!? 剣できたの!?」

「あぁ、今日はそれを届けに――」

「どこどこ! どこにあるの!?」

「落ち着け、子供かお前は」


 プレゼントを前にした幼子のようなテンションで周囲を探し始めるフレイア。

 流石にレイも食堂に魔武具を持ちこむような、無粋な真似はしない。


「寮の玄関に置いてあるから、後で渡すよ」

「えー」

「えー、じゃない。お前まだ飯も食ってねぇだろ」

「そうよフレイアちゃん。朝ご飯は一日の元気の源なんだから。はい」

「……はーい」


 差し出されたパンとスープを前にして、子犬のようにに大人しくなるフレイア。

 それを見たレイの頭の中には「母は強し」という言葉が反芻し続けていた。


「(クロさんも仲間になってくれねーかな……なんてな)」


 それはそれとして、後でフレイアを大人しくさせる秘訣だけでも聞いておこう。

 レイは心の中でそう決意するのだった。





 朝食を食べ終えたレイ達は、新しい剣を持って外へと繰り出した。

 目的地は最近修復が済んだギルドの模擬戦場。

 途中で会ったライラとジャックも拾って、一同は模擬戦場へと足を踏み入れた。


 広々とした空間に、整地されたグランド。

 此処は大昔の闘技場を元にして作られた場所なので、その名残なのか周りは観客席で囲まれている。


 今回の目的は、フレイアの剣の試運転を兼ねた模擬戦。

 対戦するのはフレイアとライラだ。

 レイ達は観客席に座って、二人が出てくるのを待つ。


「それで。レイは今回どんな剣を作ったんだい?」

「それは見てのお楽しみ」

「あ、フレイアさん達が来ましたわよ」


 両端のゲートからフレイアとライラが模擬戦場に入ってくる。

 すると、それまでまばらに模擬戦を行っていた操獣者達が、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。

 その様子を見て、レイとマリーはジャックに無言の視線を送る。


「ノーコメントで……」


 返って来た力ない声で、レイ達はこれまでの経緯を何となく悟ってしまった。



「姉御ー! あんまり派手に暴れないで暴れちゃダメっスよー!」

「何言ってんの。試運転なんだから派手にやらなきゃ!」

「また模擬戦場壊して怒られても知らないっスよー!」


 ライラの忠告などどこ吹く風。

 フレイアは剣を包んでいた布を勢いよく引き剝がした。


 出て来たは、これまでフレイアが使っていた剣と同じくペンをモチーフした魔武具。

 しかし以前のG型とは僅かに刀身の形が違う。

 スクールペンを彷彿とさせる、緋色の刃であった。


「フレイアー! 持ち心地はどうだー?」


 レイに言われて、軽く剣を振るフレイア。

 その顔はすぐに満足気なものへと変化した。


「うん。重さはいい感じ」

「よし。じゃあ次は変身して使ってみろ!」

「オーケー!」


 フレイアは剣を一度地面に刺して、ライラと向き合う。


「ルールはいつも通り、寸止めで止めを刺した方が勝ちね」

「姉御ー! ちゃんと『寸』で止めるっスよー!」

「分かってるって」


 必死に訴えるライラに対して、軽やかに笑うフレイア。

 それを見たレイは思わず「これ絶対前に一度はやらかしてるだろ」とぼやかざるを得なかった。


「ライラー。今回は剣のテストも兼ねてるから、フレイアにはインクチャージして貰うぞー」

「ヴェ!?」

「まぁなんだ……頑張って回避してくれ」

「レイ君のオニー!」


 そうこう言っている内に、フレイアは準備万端となっていた。


「ほらライラ、早く始めるよ!」

「うぅ……頑張って生き残るっス」


 二人はそれぞれ獣魂栞ソウルマークを取り出して呪文を唱えた。


「Code:レッド、解放ォ!」

「Code:イエロー、解放っス!」


「「クロス・モーフィング!!!」」


 魔装・変身。

 フレイアは赤の魔装、ライラは黄色の魔装を身に纏う。


「さぁ、派手に行くよ!」

「お手柔らかにっス~!」


 フレイアが駆け出したのを合図に、二人の模擬戦が始まった。

 剣を構えて迫り来るフレイアを、ライラは固有魔法で生成した雷のクナイで迎え撃つ。

 バチンッ!

 剣とクナイがぶつかり、破裂音が周囲に鳴り響く。

 数回破裂音を鳴らした後、二人は弾き飛ばされて距離を取った。


「っ! まだまだァ!」

「遅いっスよ、姉御!」


 ライラは瞬時に生成した雷のクナイを、フレイアに投擲した。

 クナイが猛スピードでフレイアに迫る。


「どらァァァ!」


――斬斬斬ッ!!!――


 剣を振り、全てのクナイを斬り払う。

 目視さえも難しいスピードで迫るクナイを、フレイアはその野性的勘で全て察知したのだ。


「ホントなんでこれを斬り払えるんスか!?」

「勘ッ!」


「本当にアイツは忍者キラーだな」

「ライラさん、仮面の下で泣いてなければ良いのですが……」


 よくよく観察してみれば、相当悔しいのかライラは肩をプルプルと震わせている。

 後で慰めてやろうと、レイは心の中で思うのであった。


「それじゃあレイ、解説役よろしくね」

「解説?」

「フレイアさんの剣についてですわ」

「あぁそれね。それならまぁ、必要な時に必要なだけ」


 レイはフレイアと、その手にある剣の様子を注視する。

 今のところ問題はなさそうだ。

 フレイアも喜々として剣を振っている。


「うんうん、良い感じィ!」


――斬!――


 ライラとのつばぜり合いが再開する。

 だが、フレイアの猛攻にライラは防戦一方となっていた。


「だったらコレっス!」


 ライラは腰に掛けてあるグリモリーダーの十字架を操作する。


「インクチャージ!」


 黄色の魔力インクは雷となって、ライラの右手に収束していく。

 膨大な電気エネルギーが十字の刃を形成し、その姿を現していった。

 渦巻く雷が、グランドから砂鉄を巻き上げる。

 これがライラの持つ最大手。


轟雷大手裏剣ごうらいだいしゅりけん!」


 巨大な雷の手裏剣を、ライラは力任せにフレイアに投げた。

 大地を切り裂きながら、迫る手裏剣。

 だがフレイアはそれを避けようとはしなかった。


「いいね、丁度いい!」


 腰のグリモリーダーから獣魂栞を取り出し、剣に挿入するフレイア。


「固有魔法【暴獣魔炎ぼうじゅうまえん】起動!」


 フレイアが素早く固有魔法の発動を宣言すると、剣の刀身に膨大な炎が纏わり付いた。

 炎が周囲の空気を乾燥させ、模擬戦場を熱気に包み込む。


「どりゃァァァァァァァァァ!!!」 


 そして目前に迫った雷の手裏剣を、フレイアは力任せに斬り払う。

 斜め上に打ち上げられた手裏剣は、そのまま観客席へと着弾した。

 凄まじい音と共に、観客席で爆発が起きる。


「反対側に座ってて本当に、本当に、良かったですわ」

「こらー、フレイアー! 観客席に攻撃をぶち込むなー!」


「アハハ、ごめんごめん」


 謝りながら頭の後ろを掻くフレイア。

 だがそれはそれとして、フレイアは自分が手にした剣の様子が気になった。

 今まで使ってきた件なら、今のような戦闘でヒビの一つでも入ったものなのだが……


「すごい……無傷だ」


 レイが作った剣には、僅かな傷さえついていなかった。

 その事実にフレイアは、ただただ言葉を失う。


「すごいね。あのフレイアの固有魔法を受けても無傷とは……それでレイ、今回はどんな仕事をしたんだい?」

「やった事自体は単純な発想なんだ。そもそもフレイアが剣を壊してきた原因ってアイツのとんでも魔力量が原因だろ? だからまずは剣そのものの強度を、これでもかってくらい上げたんだ」

「ですがそれだけではあの頑丈さは説明しきれませんわ」

「勿論やったのはそれだけじゃない。ただ頑丈にするんじゃなくて、フレイアとイフリートの炎に適応できるようにヒヒイロカネを加工したんだ」

「ヒ、ヒヒイロカネですか!?」

「レイ、ヒヒイロカネってかなり高額な素材だったよね……」

「まぁぶっちゃけた話、今回作った剣を市場で売るとすればこれくらいの値段になるな」


 持っていた算盤でレイが値段を表示する。

 ゼロがたくさん。

 それを見たマリーとジャックは、一瞬にして表情が消え去った。


「レ、レイさん……このお値段は、流石のフレイアさんでも……」

「あぁ安心しろ。アイツには色々恩があるからな、お安くしてこれくらいの請求額にするよ」

「よ、よかった……これなら現実的に払える金額だ」


 身内の借金地獄が回避されたという事実に、安堵の息をつくジャックとマリー。

 【無限金属】ヒヒイロカネ。

 非常に万能な性質を持つ金属だが、そのお値段は天井知らずである。


「さて、解説に戻るぞ。今回俺がヒヒイロカネにやったのは、耐熱や増熱といった要素をふんだんに盛り込んだ『超火炎加工』だ。早い話、今フレイアが持っている剣の刀身は炎そのものと同じ性質を持っているといっても過言ではない」

「炎そのものですか!?」

「あぁ。更に内部に閉じ込めた魔法術式も、炎への適正を高めつつ、使い手の魔力が内部で暴発しないように特別なのを組んだ」

「流石は専用器、至れり尽くせりだね。それでレイ、あの剣の名前はなんて言うんだい?」


 ジャックの質問に、レイは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「ペンシルブレード・S型だ。といってもアレはまだ試作機第一号だけどな」

「あら、そうなのですか?」

「専用器の完成ってのはトライ&エラーの繰り返しが必要不可欠だ。課題ってのはこっちが潰しても向こうから勝手に湧いて出てくるもんなんだよ」


 そう言うと過去の仕事を思い出したのか、レイはブツブツと愚痴を零し始める。

 専用器の完成はまだ遠いという事を二人は理解しつつも、苦笑をするしかなかった。

 三人がフレイアの剣について話している内に、模擬戦場の二人の戦いは大詰めを迎えていた。


 激しい攻防の末、お互いにある程度消耗をしていた。

 次の一手で勝負が決まる、そんな状況。


「ハァハァ。ライラー! 次で決めるよ!」

「も、もうどうにでもして下さいっス~!」


 心身ともに疲れたライラの悲痛な叫び聞こえてくる。

 フレイアはグリモリーダーから獣魂栞を抜き取ると、ペンシルブレードに挿入した。


「インクチャージ!!!」


 フレイアが宣言をすると、ペンシルブレードから彼女の身の丈以上はあろうかと言う巨大な炎の刃が作られ始めた。

 周囲が凄まじい熱気に包まれ、空気が焼けていく。

 フレイアの身体から膨大な魔力が放出され、レイ達の肌をビリビリと伝わっていく。

 しかしそこに、以前の様なキャパシティオーバーは感じられない。

 剣の中に仕込んだ術式が正常に稼働している証拠だ。

 レイは観客席で小さくガッツポーズをする。


「必殺、バイオレント・プロミネンス!!!」


 眼前の空間を焼き払いつつ、フレイアはペンシルブレードを薙ぎ払った。

――業ォォォォォォォォゥ!!!!――

 地獄の熱気が迫り来る。

 だがライラもただで負けるつもりは無い。


「一か八か、コイル・ウォール!」


 ライラは周辺の地面に雷の魔力を流し込むと、それを一気に上へ巻き上げた。

 螺旋を描いて巻き上がる雷に、大量の砂鉄ま巻き込まれていく。

 砂鉄と雷は防壁となって、ライラの周りを包み込んだ。

 秘中の秘、とっておきの防御魔法である。


 しかし……


――パリーン!――


「うっそぉぉぉ!?」


 悲しい事に、ライラのとっておきは容易く炎に焼き切られてしまった。

 迫り来る火炎の刃に身構えるライラ。

 が、それが魔装を破く事はなかった。


「はい寸止め。アタシの勝ちー!」

「は、はへぇ……」


 フレイアが魔力刃を解除すると、ライラはへなへなとその場に力なく座り込んでしまった。


 模擬戦で勝利を収めたフレイアは、変身を解除して観客席のレイに振り向く。


「レイー! 見てたー!?」

「あぁ、見てたよ。剣の使い心地はどうだったー?」

「もう最高! 完璧にアタシの身体に馴染んでる!」

「そうか、それは良かった」

「あと模擬戦場壊したの一緒に怒られて~!」

「それは断る」


 唇を突き出して文句を叫ぶフレイアを、華麗にスルーするレイ。

 これで一先ずの区切りはついた。

 後はギルドに来た依頼をこなすついでに、剣の様子を見て行けば良い。


「(となれば、何か依頼を受けたいところなんだけど……)」


 どんな依頼を受ければいいだろうか。

 レイがそんな事を考えていると、ふと一つの案が浮かび上がった。


「そうだ」

「ん、どうしたんだレイ?」

「なぁジャック。父さんがヒーローと呼ばれた所以、その一端に触れてみようとは思わないか?」

「なんだいそれ?」

「ヒーロー!? 今ヒーローの話した!?」


 いつの間にか観客席に上って来たフレイアが、食い入るようにレイの話に興味を示した。


「お前はとりあえず落ち着け」

「落ち着いてられないよ! だってヒーローと呼ばれるようになった理由なんでしょ?」


 ググっと顔を近づけてくるフレイアに、レイは少々たじろぎながら話を始めた。


「わかったちゃんと説明するから。ただ最初に言っておくけど、これは一切金儲けのできない話だからな」

「あら、そうなのですか?」

「それどころか、厄介な荒事に巻き込まれる可能性だって高い。それでもやるか?」

「レイ、いったい何をする気なんだ?」

「やるやる! ヒーロー目指して頑張るよ!」


 能天気にはしゃぐフレイアに対して、不穏な気配を感じとったジャックが顔を青くさせる。

 ひとまず話さなくては先に進めない。

 レイはゆっくりと話を始めた。


「なぁ皆……裏クエスト、受けて見る気ないか?」

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