Page52:件の幽霊だーれだ②

「アリスは最初から失敗なんてしていなかったんだ」


 冷静に、落ち着いて考えれば、ヒントは確かにあった。

 魔力越しでなければ視認できない幽霊を、メアリーは生身で認識していた事。

 一瞬とはいえ、スレイプニルが水鱗王と気配を間違えた事。

 細かい対象設定をしていたアリスの魔法に巻き込まれていた事。


「(そして水鱗王の知性の高さっ……考えられる可能性は一つ!)」


 メアリーはバハムートが作り出した幽霊。

 そう考えれば他の事にも説明がつく。


 何故、メアリーだけが水鱗王の声を聞けたのか。


「(おそらくメアリーは水鱗王の契約者)」


 何故、メアリーの声でボーツが動きを止めたのか。


「(幽霊の製造元は水鱗王バハムート。その魔力インクで身体が構成されていた幽霊は、契約者であるメアリーの命令を聞く特性を持っていた)」


 それだけではない。

 状況から考えるに、十中八九バハムートは敵の手に堕ちている。

 いや、それどころか既に最悪のパターンである可能性も……


「(だけど何より、ガミジンに気づかれている可能性が高い!)」


 逃げる直前に浮かべていた、ガミジンの喜々とした表情が脳裏に浮かぶ。

 おそらく気づかれている。そして狙ってくる。

 それもその筈。教会で見つけた論文と同じ事をガミジンが実行に移しているのだとすれば、バハムートの支配を妨害しているのは他ならないメアリーだ。


「上手に歌うコツは『歌い終えた歌詞を頭の中に浮かべる』か。歴代の歌い手さんはよく考えたもんだよ!」


 通常思考と遅延思考による、魔法術式の並列処理。

 銃を扱う操獣者にとっては基本的なスキルの一つだ。

 魔力弾の外装を通常思考で作り上げ、中に含める細かな術式を遅延思考で混ぜ込む。

 メアリーがやっていたのはこれの応用技だ。


 栄よ、汝が国よ。

 広がれ、汝が海よ。

 さざ波、汝を祝い。

 臣らが、仕えるは。

 優しき、水鱗王。


「(水鱗歌の歌詞を、同じ発音をする魔法文字に置き換える……)」


 そうすれば全く違う文章……いや、一つの術式が浮かび上がってくる。


「(拘束と隷属、それに鎮静の術式……間違いない、水鱗歌はバハムートの制御呪言せいぎょじゅごんも兼ねているんだ)」


 つまりバハムートはメアリーの歌を聞いてあげてたのではない。

 メアリーに歌って貰うことで、自分自身が幽霊を作り出すのを防いでもらっていたのだ。そうであれば先日の「漏れちゃった」の一件も理解できる。


 そんな邪魔者以外の何物でもないメアリーを、あのガミジンが放っておくとは到底考えられなかった。

 レイは必死に街中を駆けまわる。

 一秒でも早く、そしてガミジンよりも先に彼女を見つけ出さねばならない。

 空には巨鳥の影。

 オリーブとライラに頼み込んで、二人には空から探してもらっている。

 だがグリモリーダーにはまだ通信が来ていない。向こうもまだ見つけていないのだろう。そしてそれは他のメンバーとレイ自身も同じであった。


「クソっ、全然見つからねー!」


 街道を駆けて、広場を抜けて、市場を慌しく見回る。

 だがメアリーの姿はみつからない。

 ならば発想を変えるまで。


「目で駄目なら耳で探してやる! Code:シルバー、解放! クロス・モーフィング!」


 グリモリーダーに獣魂栞を挿入し、変身する。

 武闘王波は常在発動型の強化魔法。

 レイは全ての力を聴覚強化に振り切った。


 人の声、獣の足音、風の音……それら音の輪郭がハッキリとしていく。

 鮮明化した音達の中から、レイは目当ての音を探し出す。


「(どこだ……どこで歌っている……)」


 記憶に新しいあの歌声を手探る。

 音は点のイメージとなって奇跡を描いて行く。

 アレではない、これでもない、探し探して……そして。


――さーかーえーよー、なーがーうみよー♪――


「見つけた!」

『西側三十六度、港の方だ』

「サポートサンキュ」


 聞こえた歌声を辿るように、レイは強化された脚力で街を駆け抜ける。

 屋根を伝い、跳ぶように港へと向かった。

 そしてものの数分で港に着いたレイは、すぐに港の中を探し始めた。

 変身した状態で人混みをかき分けるので好奇の視線が突き刺さるが、今は構っていられる時ではない。

 耳に集中力を割いてメアリーを探す。


『いたぞ』

「!?」


 スレイプニルに促されるように視線を移動させる。

 そこには金髪と三つ編みが特徴的な少女が歌を歌っていた。


「見つけた、メアリー!」


 変身した状態で近づいたせいか一瞬警戒されたが、メアリーはすぐにレイだと察した。


「あ、お兄さん。なんで変身してるの?」

「メアリー……色々と話さないといけない事が――ッ!?」


 純粋な目で見てくる少女に酷な事を伝えないといけない。レイがそんな感傷に浸ったのもつかの間。メアリーの背後の空間が裂けて、そこから白く長い異形の腕が伸びて来た。


「危ない!」


 レイは咄嗟にメアリーの身を引き寄せ、コンパスブラスター(剣撃形態ソードモード)で伸びて来た腕を斬りつけた。

 一瞬の怯みが出る腕。裂け目は一気に巨大化し、向こう側から蛇の悪魔ガミジンが姿を現した。


「ふむ、一瞬遅れてしまったか」

「え、なに? 怪物?」

「メアリー、下がってろ……」


 メアリーを自分の背に隠す。その後ろからは、突如現れた異形を見てパニックに陥った人々の悲鳴が聞こえて来る。

 だがそんな物は気にも留めないといった様子で、ガミジンはニヤニヤとこちらを見つめて来た。


「おやおや。わざわざその娘を私から隠すとは、何かにたどり着きでもしたか?」

「だったらどうする。お前の研究室は全部見せてもらった。ゲーティアは外道の集団ってのは間違いじゃないらしいな。あんな胸糞悪いもん作りやがって……」

「小僧……貴様我らを愚弄する気か」

「外道に外道と言っただけだ」


 その言葉で激昂したのか、顔を赤く染め上げるガミジン。

 力任せに腕を伸ばしレイに襲いかかるが、安直な軌道だったので、メアリーを抱えた状態で簡単に避けられてしまう。


「説法の価値もない餓鬼が!」

「テメーには言われたくねーよ、生臭クソ坊主」


 ガミジンの攻撃してを回避、後退しながら軽口を叩く。

 ある程度の距離を取ると、レイはメアリーを下ろしてこう言った。


「そこでジッとしてろよ」


 無言で頷くメアリーを見て「よし」と呟く。

 レイはコンパスブラスターを棒術形態ロッドモードにして、ガミジンの前へと立ちはだかった。

 弧を描き襲い掛かってくる腕を、次々と薙ぎ落としていく。

 魔力を帯びた棒身がぶつかる度に、ガミジンの腕に小さなダメージが蓄積していく。


「グゥゥ! ならばこれで!」


 唸り声を上げたガミジンは、その巨大な尻尾を振るい、レイに叩きつけてきた。


「ッ!?」


 瞬時にコンパスブラスターを地面に突き刺して防御するレイ。ガミジンの尻尾はコンパスブラスターで受け止められたが、勢いを殺しきれず地面に数十㎝の爪痕を作ってしまった。両腕にも衝撃のダメージが伝わってくる。

 隙が出来てしまった。

 それを見逃すこと無く、ガミジンはがら空きになったレイの身体を強打した。


 近くの建物まで、レイは大きく吹き飛ばされる。

 これ幸いとガミジンはメアリーに近づこうとするが、吹き飛ばされてなお、レイの眼はガミジンを捉えていた。


形態変化モードチェンジ銃撃形態ガンモード!」


 瓦礫の下から飛び出し、メアリーに近づくガミジンを銃撃する。


「諦めの悪い……」

「諦めたら終わるからな」


 咄嗟に組んだ魔力弾だったので威力は高くない。ガミジンの身体に碌な傷を負わせてもいない。だがそれでも、注意を引ければ十分だ。

 レイは再びコンパスブラスターを剣撃形態にして、ガミジンに駆け寄る。


 最大出力での銀牙一閃ぎんがいっせんを使えばガミジンは倒せるかもしれない。

 しかしそれをすれば余波で周囲に大きな被害をもたらしてしまう。

 特にバハムートは精巧に作り上げた魔力の身体を持つメアリーは間違いなく崩壊そてしまう。それだけは避けたい。


「どらァァァァ!」

「ええい、しつこい!」

「蛇野郎にゃ言われたくねーよ!」


 強化した腕力を添えて斬りつけるが、ガミジンの鉄のような皮膚は中々突破できない。

 自分一人では恐らく倒せない。だがこれだけ派手に暴れているのであれば間違いなくライラ達も気づいている筈。

 少し耐えれば仲間がくる。その少しの時間を稼ぐためにも、今は剣を振るい続ける他ない。

 周りに被害が出ないように気を付けながら、レイは戦い続ける。


「全く、奇特な童だ。あの部屋の論文を読んだのなら理解できるだろう。最早貴様らに出来る事などありはしない!」

「んなもん、やってみなきゃ分かんねーだろ!」

「自分の命から目を背けるか。あの小娘一人差し出せば寿命も延びるというもの」

「嫌だね、そっちの方が後味悪いっ」

「やはり説法の価値もない阿呆かァァァ!」


 固い皮膚とコンパスブラスターの刃がぶつかる音が鳴り続ける。

 あと少し、あと少し時間を稼げれば……そう思った矢先の事であった。


「ジャァァァァァァァァァ!!!」


 ガミジンが大口を開けて首を勢いよく伸ばして来たのだ。

 そして……


――ガブリ――


「――!? カっはッ――」


 蛇の牙が、レイの脇腹に深々と突き刺さった。

 一瞬の衝撃の後、凄まじい悪寒と痺れが全身を駆け巡る。


「(これ……毒!?)」


 グチャグチャとかき混ぜられるような感覚に襲われる頭。

 そんな中で辛うじてレイは武闘王波の強化を免疫力に割り振ったが、既に全身に回った毒が身体の制御を奪い取っていた。


『レイ!』

「お兄さん!?」


 膝から地面に倒れ込むレイ。

 毒のダメージが大きかったせいで、変身も強制解除されてしまった。

 免疫強化はまだ残っていたが、全身が痺れて身動きが取れない。


「そこで永遠に寝ていろ」


 ズルズルと眼の前を張って進むガミジン。

 その足は、怯えて身動きがとれないでいるメアリーに向かっていた。

 「止めろ」「逃げろ」と声をかけようにも、喉と口が痺れて動かない。

 ガミジンは腕をスルスルと伸ばして、メアリーの身体に巻き付けた。


「はーなーしーてー!」

「駄目だ。お前には色々と用があるのでな」


 巻きつけた腕ごとメアリーの身体を持ち上げるガミジン。

 そのまま場を去ろうとするが、何かがガミジンの尻尾を掴んできた。


「は……な……せ……」


 レイの腕だった。

 毒の痺れを無理矢理抑え込んで、腕を動かしてきたのだ。


「しつこいぞ、童」


 だが所詮は弱々しい握り。

 ガミジンが軽く尻尾を振ると、容易くレイの身体は地面を転げてしまった。


「お兄――!?」

「大人しくしていろ」


 悲鳴を上げそうになったメアリーの口に尻尾が巻き付いて塞ぐ。

 そしてガミジンがダークドライバーを一振りすると、空間に大きな裂け目が現れた。


「残り少ない生、せいぜい楽しむのだな」


 そう吐き捨てると、ガミジンはメアリーを連れて裂け目の中へと姿を消した。


「(ド……畜生……)」


 何もできなかった。時間稼ぎすらままならなかった。

 自分の無力さに苛立ちを覚えながら、レイは意識を手放した。

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