第80話 想い伝えて 2

 知ってはいたけど、こうハッキリと言葉にされると心に刺さる。しかしやはりアタシはヘタレだ。空太はしっかり言ってくれたというのに、固まったまま何も返せない。


「さっきの話が本当なら、アサ姉はソウ兄をフッたんだよね?」

「フッたってそんな……うん……そうなるかな?」

「ソウ兄は凄いよ。フラれてすぐなのに、ちゃんとアサ姉と向き合えるし、こんな風に協力間でできるんだから。アサ姉のタイプがそんな風に大人な感じの人なら、俺に可能性は無いのかもしれない」

「空太……」

「けど、それで諦めたりはしないから。何しろ俺は子供だからね。聞き分けがなくても、みっともなくても、それでもアサ姉の事が好きだから」


 うん、分かってた。空太ならきっとそうするだろうって。

 これがあな恋の空太なら、話は違っていたかもしれない。あっちは迷惑が掛かるならと、身を引いてもおかしくないタイプだったから。

 だけどアタシの従兄弟の空太はそうはいかない。例え可能性がゼロに等しかろうと、それが本当に欲しいものなら絶対に諦めない奴なのだ。

 そうなったのは、多分アタシの影響。昔、空太にテニスを教えるために死ぬもの狂いで努力するアタシを見て、この子もそうなっていったんだ。

 空太はフェンスの金網を掴んで、高等部の校舎を見る。


「来年には俺も、そっちに行くから。その時は、ちゃんと俺の事を見てよ。すぐに、追い付いて見せるから……」


 声は少し切な気。だけど強い意思は確かに感じた。

 空太がこんなに勇気を出しているのに、このままでいいのだろうか?いや、いいはずが無い。

 しゃがみ込んでいたアタシは立ち上がり、しっかりと空太を見つめ直す。


「ひとつ言っておくね。空太、アタシのタイプは旭様や壮一みたいな人だって言ってたよね?」

「うん。だってそうなんでしょ?」

「確かにそうかもしれない。でも、でもね空太。好きなタイプと、実際に好きになる人が、同じとは限らないんだからね」


 事実アタシは、タイプであろう壮一を好きになることは無かった。気になっているのは、壮一よりもむしろ……


「とにかく、そう言うわけだから。前に読んだ漫画に書いてあったんだよ」

「漫画の受け売りなの!?」

「仕方がないじゃない。アタシの恋愛知識なんてこれが限界よ。でも、間違ってはいないと思う。あな恋の琴音ちゃんだって、色んなタイプの男子と恋に落ちるパターンがあったわけだし」

「今度は乙女ゲーム?信じていいのか分からなくなるよ!結局さあ、アサ姉はいったい何が言いたいわけ?」


 そんな呆れた顔をしないでよ。ええと、つまりね。


「タイプとか関係無しに、好きになることだってあるの!来年とか、追い付くとか言ってるけど、もう結構好きになりかけてるんだからね」

「……え?どういうこと?」

「『え?』じゃない!だから、好きになりかけてるの!」


 それは一斉一代の告白だった。前世では恋をすること無く人生を終え、今世でも迷走を続けてきたアタシが、初めて口にする好きと言う気持ち。そして、それを聞いた空太は……


「……いいや嘘だ。アサ姉のことだから、また妙な言い回しをしているだけだ!俺を弄ぶのがそんなに面白い?」


 なんで好きって言ったのに白い目で見るの!?女の子の告白をなんと心得るかなこの子は?


「……空太、少しは素直に喜んでよ」

「そうしたいのは山々だけど、アサ姉の愚行は見飽きてるからね。期待して後で傷つくのは嫌だから、自ずと警戒心が……」

「アタシはそんなにおかしなことばかりやって来たって言うの!?」

「そんな風に自覚がない所が心配なんだよ!」


 酷すぎる言われようだ。だけど熱のある説得を聞き入れてくれたようで(告白なのに説得ってどういうこと?)空太は静かに尋ねてくる。


「もう一度確認するけどさあ、アサ姉が気になっているのって、本当にこの俺?言っておくけど、あな恋の俺のことが好きだから俺も好きって言うんじゃ、納得いかないから」

 なるほど。空太の言うことも分かる。

 今まで散々あな恋の素晴らしさを語ってきたんだ。あな恋の空太と今の空太を重ねているのではと思うのも、そうおかしなことではないのかも。だけど。


「何言ってるのよ。あな恋の空太とアンタじゃ、似ても似つかないわよ。アンタには天使のような可愛さもないし、どちらかと言えば生意気で意地悪でしょうが」

「うっ……」

「よく暴言を吐くし、素直でもなければ諦めも悪い。あな恋の空太とは全然違うから!」

「ええと、それはつまり、俺よりもあな恋の俺の方が良いってこと?」

「は?なんでそうなるのよ?そりゃあな恋の空太には、アンタには無い良い所がたくさんあるけど」

「うぐっ……」

 とたんに胸を押さえて、苦しそうに顔をしかめる空太。でも仕方無いじゃん、本当のことなんだから。

 優しくて健気なあな恋空太に、どれだけの乙女ゲーマーが癒されたことか。今の空太にそれを求めたところで、満足のいくものは反ってこないだろう。けど、けどねえ。


「アンタにだって、あな恋の空太には無い良い所はたくさんあるじゃない。アタシのバカな話を信じて、壮一と琴音ちゃんをくっつけるのを手伝ってくれたり、落ち込んだときに励ましてくれたりさあ」


 それはアタシだけが知っている、空太の優しさ。そもそも、二人を比べることが間違っているんだ。両方を知っているアタシですらも、二人の空太は全くの別人だって思っているのだから。


「前世でアタシは、あな恋の素晴らしさを多くの人に知ってもらおうと、布教活動に励んだりもしたよ。けど今の空太との想い出は、誰にも話さずに、独り占めしたいって思ってる。空太の言う通りアタシは鈍感だから、これが恋かどうかは分からないけど……」


 フェンスに近づいて、金網を掴む。こんなものが無ければ本当は、今すぐ向こう側に行って空太を抱き締めたいよ。


「ハッキリさせられるように、ちゃんと空太を見るし、考える。だから好きになるまで、もうちょっとだけ待って」

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