嵐の前のお正月

今度こそ手料理を

 夜のお付き合い事件の次の日、つまりクリスマスに、さっこちゃんの家に行った。冬休みの宿題の残りを片付けてしまうためだ。


 いつもは「宿題が全部終わってない時は狩人活動なし」を唱えるお父さんも、昨日は緊急ってことでマダムさんに押し切られたらしい。

 マダムさん、おっとりしてるのに押しは強いみたいだね。そのおかげで早いうちにハルトさんの誤解がとけて、わたしとしてはマダム様様だ。


 宿題はもう終盤で、さっこちゃんもわたしも余裕たっぷり。


 さっこ母がジュースを持ってきてくれたところで休憩になった。


「愛良ちゃん、元気そうだね。よかったよ」


 さっこちゃんが昨日のことを心配してくれていた。


「うん、あれからね、ハルトさんと話して、あれ誤解だって判ったんだよ」


 あのオバねえさんが冗談で夜のお付き合いなんて言ってたけど、実はハルトさんが春から通う大学の先輩で、研究のレポートに関する資料集めをしていただけだった、ってことにした。


 ちなみにオバねえさんがハルトさんが通うことになる大学の院生なのは本当の話。これはハルトさんと本当にメッセージをやり取りして聞いた。

 資料集めしていたのはお昼の二人の行動。だからそれをそのままさっこちゃんへの説明に使っちゃった。


 親友に嘘をつかないといけないのは心苦しいけど、夢の世界のことは話せないから仕方ないよね。


「そうだったんだ。よかったねぇ。でもよく聞けたね」

「そりゃもう、勇気振り絞ったよ。返信あるまで心臓バクバクだっつーの」


 あはは、って笑ってから、でもさっこちゃんはちょっと心配顔。


「あのお姉さんがハルトさんのことを本当に好きだったりしない?」


 言われて、どきっとした。

 その可能性は、ゼロじゃないんだよね。


「どうだろうね。でもハルトさんは別になんとも思ってないみたいだから」

「油断はできないよ。同じ大学だったらハルトさんはあの女性ひとと頻繁に顔を合わせるようになるんでしょ。愛良ちゃん、負けちゃだめだよ。連絡、頻繁に取るんだよ」


 そっか、そうだね……。ちょっと不安になってきた。


「ハルトさんが年上好きじゃないことを祈るわ」


 ほんと、心から願うよ。




 家に帰ってから、さっこちゃんに後押しされたからというわけでもないけど、ハルトさんにメッセージを送ってみた。


『こんばんはー。ハルトさん今日なにしてた?』


 少しして、返信がきた。


『特に何も。そっちは?』

『友達と宿題やった。終わったよー。これで何の憂いもなくいろいろできるよ』


 いろいろ、の中にはもちろん狩人としてのお仕事も入ってる。

 すぐに「おめでとう」のスタンプが。

 ハルトさん、スタンプ使うんだ。ちょっと意外。


 それにしてもクリスマスなのに特に何もしてないって、ハルトさん本当にボッチなんだ?

 まぁ宿題やってるわたしらも色気ないんだけど。


 冬休みの間に、狩人関係抜きで、会いたいな。

 どうすれば自然に話が進められるだろう。

 普段は使わない方面の知恵を絞って、考える。


 けど、どう言ってもなんかわざとらしいというか。

 ……えぇい! ごちゃごちゃ考えるのヤメ!


『ハルトさんは年末年始とか何か予定あり?』

『別になにもない』

『寂しいなそれ』

『ほっとけ』


 続けて送られてくる怒ってるイラストのスタンプに笑っちゃった。


 文字や絵のやり取りだけでも、ほっこりする。

 あったかい気持ちに勇気づけられて、わたしは大勝負に出た。


『ほっとけなーい。だったらお正月にうちに来てよ。実はおせちを多く注文してるんだ』


 お母さんに帰ってきてほしい、という願いも込めて、おせちは三人前で注文しているから、多く注文してるのは本当の話。

 今年のお正月もそうだったんだけど、お父さんとちょっとしんみりしながら頑張って食べたっけ。

 そんな事情をつらつらと送った。


『だからうちのおせちを食べに来てほしいんだ』


 お願いスタンプ、送信。


 返信が、なかなか来ない。

 ど、どうしよう? ひかれちゃった?


 心臓爆発しそうなほど心配すること五分。返信きた!


『そういうことなら、お邪魔させてもらうよ』


 やったー!


 それから話は順調に進んで、元旦のお昼に来てくれることになった。

 よぉっし、張り切るぞ! お雑煮はわたしが作って、食べてもらうんだ!




 そして、あっという間に、お正月。

 二〇一七年の始まりだ。


 去年は年の初めに狩人の訓練が始まって、春に初陣、中学入学からの忙しい日々だった。

 そんな中でハルトさんに出会って、初めて恋って気持ちを知った。


 今年も忙しいだろうけど、いい年にしたいな。

 お母さんを見つけ出したいし、ハルトさんにもっと近づきたい。

 今日、その大きな一歩を踏み出すんだ!

 もうすぐハルトさんが来る。


 おせちと、わたしが頑張って作ったお雑煮の用意もばっちりだ。


 すごくドキドキする。夢魔と戦う時とは違うドキドキで、ふふふと笑いが漏れそうになる。


 正午を少しだけ過ぎて、玄関のチャイムが鳴った。

 来た!


「ハルトさん、あけましておめでとう!」

「あけましておめでとう」


 ハルトさんはいつものように微笑した。


 家の中に入ってもらって、お父さんとあいさつして、ハルトさんには早速席についてもらった。


「本当にたくさんあるんだな」

 テーブルに並べたお重を見てハルトさんが言う。

「お母さんが見つかるようにって願掛けみたいなものだから」

「去年もやったんだけどね。見つからずじまいだったけど」


 もう、お父さん! 余計なこと言わない!


「でも居場所には近づいたと思うよ。今年こそ帰ってくるよ」


 暁の夢がお母さんを捕まえてるかもしれないって情報が判ったもんね。

 お父さんも気を取り直したようにうなずいた。


「それじゃ、いただきまーす」


 おせちを取り分けてから、お雑煮を食べてみる。

 うん、悪くないはず。

 ハルトさんをちらちらっと見ると、まずおせちをちょっと食べてから……、お雑煮を食べたっ。


 特に感想とかない。まずくないってことだよね。

 自分の料理を人に食べてもらうって、すごい緊張だよね。


「うん、お雑煮もいい感じだね」


 お父さんが感想言ってくれた。そんなつもりはないだろうけど、ナイスフォローだよお父さん!


「これ牧野先生が?」

「いや、愛良だよ」

「へぇ、うまいな」


 うおぉぉぉっ!! うまいって言われた! ほめられた!

 一言がこんなに嬉しいなんて!


「ありがとう」


 声が興奮で上ずりそうで、一言だけで済ませちゃった。


 食べながらの話題は、やっぱり夢魔退治のこと。

 本当はもっと違う話がしたいんだけどきっかけが見つからない。


 そのまま、そろそろお開きかな、って頃になって。

 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴った。


 誰だろ? とつぶやきながら玄関に向かうと。そこには青井兄妹きょうだいがっ。


「あけましておっめでとー」

「あけましておめでとう。今年もよろしくね」


 さっこちゃんと淳くんの明るい挨拶に、わたしも笑顔で返した。


「お母さんが挨拶行っておいでって。これおやつ」


 さっこちゃんがバスケットをこっちに差し出しながら、そっと顔を近づけてぼそり。


「ハルトさん来てるんでしょ。そろそろお昼ご飯が終わる時間かなと思ってさ」


 つまり、ハルトさんが少しでも長くうちにいてくれるように気を使ってくれたんだっ。なんてありがたいんだわが親友はっ!


「ありがとう。あがってってよ。一緒に食べよう」

「え、お邪魔だよ」

「ううん、実は新しい会話のネタが欲しかったんだ」


 言うと、さっこちゃんが笑った。


「そういうことならお邪魔しまーす」


 さっこちゃんが先に家に入って、淳くんが靴を脱ぐ。

 目が合って、微笑まれた。

 これは、いろいろとさっこちゃんから聞いてるな?


 えへへ、って笑ったら淳くんもまた笑った。


 ちょっと恥ずかしいけど、この際だ、協力してもらうからね、淳にいちゃん。

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