ちょっと、そんな、いきなりだよっ

 冴羽くんを侵食していた夢魔を退治してから三日後のお昼前。

 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。


 誰だろ。お父さんはお仕事中だから、ややこしい話だったら夕方にしてもらわないと、とか考えながら外に出たら。


「あ、えっと、おはよう」


 門の前に立ってるのは、冴羽くんだった。ちょっと恥ずかしそうな顔してるけど元気みたい。

 よかったー。でもそんなのは知らないふりをしないと。


「冴羽くん。どしたの?」


 きょとん、と首をかしげてみる。ちょっとわざとらしかったかな?


「えぇっと……、牧野さん、この前は、ありがとう」

「この前?」

「うん、夢で、助けてくれたから」


 ……はい? え? えぇっ?

 あの夢を覚えてるのは不思議じゃないけど、それを現実の事として感じてるってこと?


 夢魔や狩人のことは他の人に言っちゃダメ。

 まず頭に浮かんだのは、この決まりだった。


「あ、あの、冴羽くん?」


 どうしようか、言葉が出てこないわたしに冴羽くんは、やっぱりかってつぶやいた。


「ごめん、変なこと言って。あんまりにもリアルな夢だったから」

「冴羽くんの夢にわたしが出てきたの?」


 つい聞いちゃった。でもこの話の流れだと、返事はこうなるよね。


 すると、冴羽くんはあの時の夢の話を詳しく聞かせてくれた。


 うん、大体の出来事はあってる。そこまで覚えてるなんて。

 あ、夢魔が「わたしのこと好きなんでしょ?」って言ってたのはカットされた。クラスメイトにからかわれたからって夢にまで見ちゃった、なんて、さすがに本人に言うのは恥ずかしいよね。わたしも聞いちゃったら反応に困るから、助かった。


「ぼく、確かに、牧野さんに木刀を渡したんだ。手の感触が、すごく伝わってきて……」

「あはは。そこまでリアルな夢にわたしなんかが登場しちゃって、ごめんね」


 笑ってごまかしてたら、突然、手を掴まれた。


「なっ、何? いきなり」


 慌てて手を振り払った。だってまずいでしょ。冴羽くん、夢の時の感触と同じかどうか確かめたかったんだと思う。

 あんまりにも勢いよく払っちゃったから、冴羽くん、すごく慌てちゃった。


「ご、ごごごごごめんなさいいいぃぃっ」


 真っ赤になって、あわあわした後、すごい声で謝られた。

 ううん、って返す間もなく、冴羽くんは走っていってしまった。


 あー、むっちゃ拒否ったみたいに取られちゃったな、こりゃ。

 でも仕方ないよね。バレるわけにもいかないし。


 ちょっとだけ、胸がちくっとしたけど、ここでぼーっと立ってるわけにもいかないから、家の中に入ることにした。




 お昼すぎに家に戻ってきたお父さんに、さっきのやりとりを報告した。


「ふーん……。その冴羽くんって子は、もしかしたら資質があるのかもしれないね」


「資質って何の?」

「狩人か、夢見の。それだけはっきり夢の中に意識を保って、起きてからも覚えているんだから」


 普通、夢というのは起きたら忘れていくものだ。覚えておこうという練習をすれば覚えていられるし、繰り返し同じ夢を見たり、夢の中の印象が強ければ意識しなくても記憶はできるのだが。ってお父さんが言う。


「三日経ってもそれだけ覚えてるなら、夢魔がいた夢にかなり強く意識をとどめていたことになるからね。まぁ、冴羽くんにとってすごく印象深い夢だった、というだけなのかもしれないけれど」


 お父さんは、夢見の集会場に報告しておくか、みたいなことをつぶやいた。


 冴羽くんにもしもそういう資質があるとして、どうするんだろう。勧誘しちゃうのかなぁ。

 あんまり詳しく聞いてないけど、夢見や狩人って、十分足りてるってわけじゃないみたいなんだよね。


 でも冴羽くんが狩人とか、想像できない。冴羽くん運動ダメだもんね。

 いくら夢の中が精神力に左右される世界だからって、基礎体力なかったらできないと思うんだ。振るのは本物の武器なんだし。そもそも、ちょっとのことでキョドっちゃう感じの子だからなぁ。


 とか、わたしが考えてもしょーがないことだよね。難しいことは大人に任せておくに限るよ。




 そこからさらに一週間。そろそろ夏休みも折り返しを過ぎて、このまま休みがずーっと続けばいいのにーって思いはじめたころ。


 唐突に夢見の集会所に呼ばれた。

 ううん、確かに呼びだされたのは突然だけど、なんか予感みたいなのがあった。

 だからそこで冴羽くんとごたいめーん、ってなってもそんなに驚かなかった。


 今、集会所にいるのは、ダンディさんとマダムさんと冴羽くん。そこにお父さんとわたしが来たってところ。


 冴羽くんとの顔合わせなんだって。一応、冴羽くんが夢の世界を知るきっかけに、わたしも少し関わったからね。


「今日、新しい仲間を迎えることとなった。愛良さんはよくご存じだろうが、冴羽剣志郎くんだ。愛良さんの報告を受けて、彼を調べてみたところ夢見の素質を持ち合せていてね。話をさせてもらったら是非夢見になる、と言う。いや、実に立派な若者だ。なのでこれから修行を始めることになった」


 ダンディさんがいつものようにメガネのブリッジをちょいっと上げて嬉しそうに話してる。いかに冴羽くんに資質があるのか、から始まって、そもそも夢見とはーって、また話が長くなってる。聞いてもらいたいからじゃなくて、自分が話したいから話してるって感じでこっちの反応はほぼ見てないっぽい。この人のこれはもう悪癖だよね。あ、でも、いちいち反応求めてくるよりは、いいか。


 どうして夢見になりたいって思ったんだろう、と思って冴羽くんを見てたら、にっこりと笑った。


 その笑顔が、なんかちょっと、ヘタレな部分が薄らいでいて、きりっとした感じで、今までの冴羽くんらしくないって言うか……。っと、これはシツレイだね。とにかくなんか違う感じで、ドキっとする。


「よろしくね、愛良ちゃ――、じゃなくて、牧野さん」


 今、愛良ちゃんって言いかけたね。もしかして今までずっと心の中でわたしのこと名前呼びしてたとか?

 うわ、それはちょっと引くわ。


「あらあら、わたしが愛良ちゃん愛良ちゃんと言ってたから、うつっちゃったのかしらね」


 マダムさんが、ほほほ、と笑う。

 そうなの? だったら、まぁ仕方ないか。でも一体、今まで冴羽くんとどんな話をしてたんだろう。わたし、そんなに話題に上ってたのかな。


「あらためて、あの時はありがとう」

「へっ?」

「夢魔から助けてくれて」

「あっ、あぁ、うん。仕事だったし……。えっと、ごめんね。必要だったからって夢の中に入って、お礼言ってくれたのに知らんぷりしちゃって」


 冴羽くんは、照れくさそうに笑った。


「それは仕方ないよ。話さないのは決まりなんだもんね。牧野さんは誰の夢なのか聞かないで助けにきてくれたって聞いたよ。贄であるぼくのプライバシーを守ろうとしてくれたんだよね」

「そんなふうに言われると逆に恥ずかしいな。プライバシーを守るためっていうよりは、自分のためだし」


 贄が誰だか判っちゃうと、学校で顔を合わせた時の反応に困るから、って説明したら、冴羽くんはなるほどってうなずいた。


「――で、あるからして、冴羽くんには頑張っていただきたい」

 丁度、ダンディさんの演説も終わったみたい。


「はい、頑張ります」


 冴羽くん、きりっとした顔で言った。その顔は、ちょっとかっこいい。


「では、冴羽くんはこれから夢見としての修行に入ろう。牧野先生と愛良さんは、わざわざ来ていただいてありがとうございました」


 ダンディさんが締めくくった。


「愛良ちゃん、狩人として随分成長してきたって聞いているわ。その調子で、お願いするわね」


 マダムさんが上品に笑いながら褒めてくれた。嬉しいよ。

 それでは、とお父さんと頭を下げて夢見の集会所を離れかけたら。


「牧野さん、ちょっといいかな」


 冴羽くんがおずおずと周りを見ながら話しかけてきた。わたしも大人のみなさんをぐるっと見た。


「それじゃ、お隣の部屋で話してらっしゃい」


 マダムさんに促されて、わたし達は隣の部屋に移動した。あの、狩人になる修行をした時に夢の世界に入るために使ってた、がらんとした部屋だ。なんか、こんな殺風景なところに男の子と二人って、緊張するよ。


「ぼくが夢見になるって決めたのは、牧野さんの力になりたいからなんだ」


 冴羽くんが力説する。真剣そのものの顔と声で。


「力に……、って、夢見として?」

「うん。今はまだ釣り合いとれないだろうけど、夢見として力をつけたら将来、牧野さんの夢見になりたい」

「でもわたしはお父さんと組んでるから……」

「お母さんが戻ってきたら、お父さんはお母さんのパートナーなんだよね?」


 うっ、それはそうだけど。でも夢見と狩人が必ず一対一じゃないといけないわけでもないんだよね。

 それに、冴羽くんがそこまでわたしにこだわる理由が、判らないよ。


「どうして、わたしなの?」

「牧野さんがぼくを夢魔から助けてくれたお礼もしたいし、……それに、その……」


 そこまで言って、口ごもってあわあわしてる。真剣な冴羽くんが、ヘタレな冴羽くんに逆戻りしちゃった。


「変なの。言いたいことがあれば言っちゃえばいいと思うよ」

「……そ、それならっ」


 冴羽くんが気合いを入れた。


「ぼくは牧野さんのことが好きだから!」


 へー、……って、今、なんて……。


「――ええぇっ!?」


 思わず叫んじゃった。

 冴羽くん、驚いてるけど、驚くのはこっちだよっ!

 ど、どどどっ、どうしよう?


「やっぱり……、全然相手にされてなかったんだ……」

「ひゃっ? いや、そんなことないとは言い切れないけど、そのっ、そういうことに全然気を配ってなかったからでっ」


 必死にフォローしたけど、冴羽くん、すごい情けない顔になってる。あれ? フォローしたのになんで?


「……それじゃ、これからちょっと考えてくれたら、……うれしいな」


 冴羽くんはそう言って、「じゃ、また今度」って早足で部屋を出てっちゃった。

 ぽつんと部屋に残されたわたし。


 冴羽くんが、わたしを、好き?


 そんなふうに言われたの初めてで、ほんと、どうしていいのか判らないよー!

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