きみは友達?

 今回は、夢の中に入った瞬間から嫌な雰囲気がまとわりついてきた。


 今までは夢魔が現れる前の夢の中は爽やかだったり楽しそうだったり、いい感じだったんだけど、今日は夢に降り立った時にはもう息苦しい。夢魔がすでにあらわれているのではないかと錯覚するほどだ。


 景色はどこかの教室だ。見たことない制服を着た中学生達が笑って話をしているのに、何、この重苦しい空気は。


『この夢の主に目をつけたのが低級の夢魔でよかったな。もしも強力な夢魔であれば、この負の感情が充満する夢の中で、あっという間に手がつけられないほどになったやもしれん』


 それはつまり、もしも力の強い夢魔だったら、贄をすぐに死に追いやることもできるってことだよね。


『いや、逆だ。力の強い夢魔は「手加減」を知っている。この者を生かさず殺さずの状態に追いやり、余りある負のエネルギーを搾取し続ける。それほどに、この者の抱える闇の部分が大きいということだな』


 サロメの言葉に、ぶるっと震えた。

 ずっと体が弱った状態で、でも死ぬこともなくて、眠れば悪夢にうなされ続けるって状態になっちゃうってことなんだよね。


 そんなの、怖い。それと同じぐらい、夢魔が憎らしい。

 低級の夢魔だからってナメてちゃいけないんだね。そいつらだって生命エネルギーを奪い続ければ、そのうちそんな強大な夢魔になっちゃうんだから。


 ……でも、今までの夢魔を考えると、どうしてもそんな怖い存在になっちゃうなんて信じがたいんだけどね。

 なにせフライパンや柱時計だもんなぁ。


『それがナメておるというのだ』


 はい、反省します。


 さぁお仕事に集中しないと。

 今回の贄は中学生だけど不登校の男の子だって。去年あたりからクラスメイトにからかわれはじめて、それがエスカレートしちゃって、学校に行かなくなっちゃったそうだ。


 イジメってやつか。そもそもイジメって言い方、わたしは嫌い。暴言ってつまり言葉の暴力でしょ。体が傷つくみたいに心だって傷つくんだよ。見えないもんだから気付きにくいし、傷が治ったかどうかなんて本人でも判らない。

 ひきずってる、ってことはそれは体の怪我に例えると後遺症があるってことでしょ? そんな大怪我を負わせておいて、言葉の刃を放った本人は罰せられないなんておかしすぎる。


 わたしが今までいたクラスには、そういうのはなかった、と思う。見えてないだけなのかもしれないけど。

 イジメなんてものがないのが本当は当たり前だと思うけど、わたしのまわりでそういうことがないのは、恵まれてるんだなぁ、とも思う。


 夢の映像が教室の中になった。端っこで、暗い雰囲気の男の子がいる。誰も彼を直接見ようとしない。でもちらちらと彼に向けられる視線と感情が痛々しい。


“鬼の子がいるぞ”

“ネクラ鬼、うぜー”

“キモい。学校くんな”


 空気に混ざる、悪意の言葉が男の子の周りに渦巻く。

 ぐっと悔しそうにうつむくこの子が夢の主みたいだ。体は大きめなのに気が弱そう、しかも結構な癖っ毛なのが、なるほど、童話に出てくる優しい鬼な感じだ。うっすらと開いた口から覗く、大きな八重歯も鬼って言われる要因のひとつなんだろう。


 だからって、ネクラとかうぜーとかキモいとか、ひど過ぎる。

 ここの生徒全部、ぶった斬ってやろうか。


『これは主が見ている夢だ。夢の住人は主が作りだすもの。それを斬ったところでどうにもなるまい』

「そんなこといったって。むかつくんだもん」

『腹が立つから斬るのか? ならば、気に入らないからとイジメをする連中と変わらん。少しは落ち着けぃ』


 うっ、普段はエラソーなだけの、なまけジジィのくせに正論だっ。


『やかましい、小娘が』


 夢の主の感情の影響もあるんだろうけど、ムカムカする。けどここはぐっと我慢。

 夢魔が出てきたら、この憤りを思いっきりぶつけてやるんだから。


『お主の希望通り、来たぞ』


 うん、夢魔が放つ気配だ。慣れてきて判るようになってきた。

 教室から一転して、暗く渦巻く空気の中で、出てきたのは……。


 どどーんと、巨大なっ。

 金棒!


 バットみたいな形で、殴る所にボコボコのついた、昔話の鬼が持ってるあの、金棒だ。

 い、いくら鬼って言われてるからって……。


『あれは金砕棒かなさいぼうという。ボコボコではなくせめてびょうと言わんか。お主らが言うところの「アホの子認定」されたくなくば、な』


 うっわー、知識ひけらかし系だよこのジィさん。それもなによ、わたし達子供が使うような言葉まで覚えちゃって。ちぃっとも似合わないんだから。


『悪態ばかりたれておらんで、戦わんか』


 言われなくたってやるよっ。いでよ我が魔器サロメ!

 勢いよくサロメを鞘から抜き放った。この瞬間、気持ちいい高揚感に包まれる。

 それに加えて今夜は怒りゲージマックスだもんね。精神力だけなら誰にも負けない自信がある。


 サロメを振りかぶりながらジャンプして、金棒の上で一瞬の静止。剣を振りおろしつつ金棒めがけて落下だ。

 金棒が受けて立つようにこっちを待つ。

 がぃん、と重い打撃音がして、サロメと金棒がぶつかった。


 そのまま押しこんでやれ、と全体重をかけるけど、さすが金棒は強かった。しばらく拮抗していたけど、金棒の力が勝って、わたしはまた宙に押し戻される。


 体勢を整える前に金棒が突きかかってきた。

 体をひねって、攻撃をかわしつつ、サロメを横薙ぎにする。

 金棒の柄の部分に刃が当たったけれど、あまりダメージにはなってないみたい。


 ここで手を休めちゃダメだね。よし、行くぞ。

 わたしは方向転換をして金棒にまたつっこむ。今度は正面きって力押しじゃない。動きで翻弄してやる。

 金棒の周りをぐるぐると飛び回りながら、隙を見てサロメを打ち付ける。


 金棒は対処しきれないようで、まごまごするばかりだ。やたら体力はあるみたいだけど、このペースなら……。


 と、思ってたけど、金棒から嫌な感じがする。空気が揺らめきながら金棒に吸い込まれていくような奇妙な感覚。


 何か来る?

 一旦攻撃をやめて、身構えて出方を待ってたら、空気の揺らめきは止まった。

 そして、放出される、邪気。


“オマエナンカ、ガッコウクンナ”

“キモイ”

“シーネ、シーネ!”


 金棒から吐き出される悪意の言葉の数々が、悪夢の空気を更にゆがめた。

 再び見えた学校の教室の中で男の子が震えている。彼に悪意に歪んだ同級生達の顔が迫ってく。


 気持ち悪い! 空気が重苦しくて、胸がぎゅっと押される感じで、吐きそう。


『ヤツめ、このままではお主に勝てぬと思うて、侵食し、力を得るつもりだな』


 サロメが珍しくあせってる。


 相手の嫌がる言葉を浴びせて、映像を見せつけて、弱らせて行く。これが、侵食。


 空気が震える。これはきっと、夢の主の苦しみ、悲しみ、怒り。

 マイナスの感情が黒い渦になって、金棒に吸い込まれてく。


 教室の中の男の子が声もなく涙を流しはじめて、苦しそうに顔をイヤイヤと振ってる。

 つられるように、わたしの目がしらも、じぃんと熱くなった。


 許せない、夢魔!

 目に滲んだ涙をぬぐって、サロメをぎゅっと握り直す。


「負けちゃダメだよっ! あなたのこと、心配してる人だって絶対にいるんだからっ!」


 金棒にうちかかりながら、男の子にありったけの声で叫んだ。

 男の子が、顔をあげる。涙でくしゃくしゃになった顔で、わたしを見上げてる。


「心配?」


 彼が、信じられないって顔をした。


「うん! 絶対に、いるよ。少なくとも今、わたしがその一人だからっ」


 金棒にサロメを叩きつけると、びしびしっとひびが入った。よっぽど痛かったみたいで、ひっくり返ってゴロンゴロンし始める。

 その格好がなんだかコミカルで、思わず笑っちゃった。

 男の子も、ちょっとだけ笑顔になる。


 初対面でよく知らないくせにシツレイだけど、その顔がかわいいなって思った。

 その笑顔があれば、大丈夫だよ、きっと。


「よっし、とどめだっ。力を解き放て、サロメ!」


 わたしの声に反応して白く輝きだしたサロメの刀身を、思いっきり、金棒にたたきつけた。

 夢魔を無に帰す光に包まれて、金棒が消えて行く。


 景色が、元に戻った。

 ううん、元の教室じゃない。ここは家の中みたい。パジャマ姿の男の子がパソコンに向かってる。


 ピンポーン、と玄関のチャイムの音がして、しばらくして、お母さんらしい人の声が聞こえた。


「お友達が迎えに来てくれてるよ。……支度して、学校、いっといで」

「友達? ……友達、か……」


 男の子は何かを考えてるようだ。


 男の子がどうするのか、続きが気になるけど、夢魔を退治した夢の中に長居は無用だ。

 サロメをしまって、わたしはお父さんの作ってくれたトンネルに走ってった。




 夢の中からお父さんの部屋に戻って、お仕事の結果を報告した。


「――で、夢魔は退治できたんだけど、侵食って、怖いね」


 あの時の苦しさを思い出して、胸を押さえた。


「夢魔の怖さも、夢見と狩人の仕事がどんだけ大切なのかも、判ったよ」

「うん。よく頑張ったね」


 お父さんは、わたしの頭をなでてくれた。それだけで何だかほっとする。


『あの程度の夢魔の怖さなぞ、まだまだ序の口だがな』


 サロメがなんか、めっさ嫌なこと言ってるけど、無視しておこう。




 一週間ぐらい経って、あの男の子の話をお父さんが聞かせてくれた。

 体調がよくなって、彼は学校に行くようになったんだって。よかった。

 毎朝、近所のクラスメイトが迎えに来てくれるようになったみたい。


 特別仲がよかったわけじゃないらしいんだけど、迎えに来てくれる子は先生に頼まれたから仕方なくって言ってたらしい。

 でもそれって、きっと照れ隠しも入ってるんじゃないかな。本当に嫌だったら、先生に言われてたって、わざわざ朝早くに人の家に迎えに行くようなことはしないと思うんだ。


 つまりツンデレってヤツだね、判ります。


 そしてそのぶきっちょな優しさは、ちゃんと、あの男の子に伝わったんだね。


 学校に行ったらまたイジメとかあるかもしれないけど、あの可愛い笑顔で乗り切ってほしいな。

 また夢魔に狙われて夢の中で再会なんてことのないように。





創作お題配布サイト「0-Field」様 (閉鎖されました)

「幻想少年で5つのお題」より


鬼の子

壊れた(or 砕けた)心

きみは友だち?

言葉の刃

不器用なやさしさ

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