おっきりこみ

 肌寒いそよ風が駆け抜けたが、真っ白な子供達の髪を揺らすことは無かった。

それぞれ、膝上までのたけしかない浴衣の様な白装束に、赤と青の色違いの帯を巻いていて、黒い鼻緒の雪駄を履いている。

二人とも12歳位だろうか?とても細身で小柄だ。双子の様にそっくりの顔をしていて、声質で男女の違いをかろうじて聞き分ける事が出来る。


「美味しい・・・。アメ!これ美味しいのぉー!」

祠の屋根に腰掛けている、ウカと呼ばれた少年は腰の赤い帯まで届く長い白髪だ。

右側の耳の前にれた横髪が、メッシュの様に真っ赤な色をしている。

控えめな小声で話し、おしとやかにいなり寿司をかじる姿はとても可愛らしく、

見た目だけでは絶対に女の子と見間違える美少年だった。


「まあまあじゃない・・・バカ舌ねーウカ。」

その目の前をフワフワと漂いながら、気怠けだるげに話しているアメと呼ばれた少女は、

同じ顔、同じ白髪なのだが、耳もうなじも出したショートカットだ。

瞼の隠れそうな長めの前髪は横分けで、毛先が水色に近い青に染まっている。


と言ってはいるが、すでに3個目のいなり寿司を手に持っている。

ちなみに、朱莉がフライングで1個、ウカが1個食べているので5個入りの弁当箱は空になった。

俺の取り分は・・・言わずもがなだ。


「・・・君たちは、誰なんですかね・・・?」

俺は朱莉たちの方へ近寄りながら、恐る恐る訪ねてみた。


「えーー?見て分かんない?神だけど!?」

「アメ・・・今はこんな姿だもん。わからんでも無理ないよぉー・・・

えーと、僕はウカノ・・・うーん長い立派な名前があったんだけどのぉー。

もう思い出せないくらい力が弱まってるんだのぉ・・・。」


「神とは・・・人々の信仰心や畏怖の念が作り出す概念だからな。

誰からも忘れ去られたら、消えてなくなってもおかしくはない・・・。

お前達、今は誰にも祀ってもらえてないのか?

幸の後任者は・・・このもりの管理をしているのでは無かったのだろうか?」

御影は俺に説明すると、祠の方へゆっくりと近づきながら二人に話しかける。


「フーン・・・化け猫・・・動物霊のくせに意外と物知りじゃなーい!

長い時間、苦しんだのねー。今は浄化しかかってるみたいだけど。」

アメは御影の前にフワッと降り立ち、しゃがみこんで目を合わせる様に覗き込む。

「幸バァの飼い猫だったんでしょ?・・・幸バァが祈らない日は無かったよー。」


「・・・そうか。忘れていなかったのだな・・・。」

錆色の毛並みを風が撫でる。薄緑の瞳が悲しげに揺れた。


「幸バァが身体壊して、だんだん来なくなってからも参拝者は少しはいたのぉー。

僕たちも今よりは力もあったの。でもアイツらが杜を荒らし始めてからは、

パッタリなくなってしまったのぉー・・・。」


(アイツら・・・?)

「森林保護の団体の人達が、この山を管理しているんじゃなかったのか?」

俺はアメに引っかかっていた疑問をぶつける。

胸の奥がざわつく・・・幸さんに何があったのだろうか?


「幸バァはいい人すぎたのぉー。悪い人間に騙されたのにも気付いて無いのぉ。」

ウカが悲しげに答えた。アメも俯いて御影を撫でている。


「えーー!悪い人に騙されたーー!?」


「・・・話は大体わかった。・・・俺達は幸さんに会いたい。

君達はここをちゃんと管理してくれる人が必要。

お互いの目的が道の先で交わってるから、君たちは俺達の前に姿を現した・・。」

朱莉の驚きの叫びは・・・ひとまず置いといて、俺は話を整理して尋ねた。


「まー・・・そういう事だよー。あんたにも興味あったしねー。

幸バァは隣町の癒愛園ゆあいえんに住んでるよ。誰でも面会できる。」


「小さな神々達・・・気遣い感謝する。」

御影はアメたちに頭を下げるような仕草をして礼を言う。


「気にしないでのぉー。君のあるじには世話になったの。

ここは・・・ふもとの村全ての生き物を見守り、豊作を祈る大切な場所なのぉー。」


「ありがとう・・・。幸さんに会えたら、ここが悪用されてる事を伝えてみる。」

悲しげに祠の屋根の上で足をぶらぶらさせているウカに、俺は力を込めて約束する。

静かに暮らしていた老人を騙し、村の人々の心の拠り所の小さな神社を立ち入り禁止にする。・・・一体誰が、何のためにそんな事をしたのだろうか?

樫井さん正義のヒーローに比べれば、俺のちっぽけな正義感で何が出来るかは分からない・・・。

それでも何もしないで放置するという選択肢は思い浮かばなかった。


 

 朱莉に色々と説明し、御影と次の一手を話し合いながら夕焼けの畦道を歩く。

夢中だった為か、気付けばもう樫井さんの家の前だった。夕食の準備をする良い匂いが漂い、樫井母と良治さんの楽しげな会話の切れ端が聞こえる。

「松宮ですー!今帰りましたー。」

玄関に立ってそう声を掛けると、ニコニコしたお母さんが引戸を開けてくれた。

「おかえりー!星野さんの事分かった?」

「はい。森で事情を知ってる方に会えたので・・・。」

本当の事を言う訳にもいかないので、そう答えながら家に上がらせてもらう。

お母さんは『それはよかったねー!』と笑顔で台所へ戻っていった。


 長い座卓の隅に座ると、お父さんの良治さんは大きな日本酒の瓶を持ってきた。

「おがえりー松宮君!若けぇーけど飲める年だべー?」

「は・・・はい。強くないですけど。」

先程より言葉が分かりやすい。あえてゆっくり話してくれてるのが分かった。

「そりゃー良がった!・・・あいつが友達連れて来るなんて久しぶりだべなー。」

良治さんはそう呟くと、2つの御猪口おちょこに並々と酒を注ぐ。

「樫井さん、凄く優しくて楽しいですし、お友達多いんじゃないですかね?」

「・・・あー東京では楽しぐやれてるんさなー。地元の付き合いは殆ど切って行っだから、心配しとったのよぉー・・・。」


(・・・?)


お父さんの話は、情に厚い樫井さんの行動として不自然だったが、俺は黙って注がれた日本酒に口をつけた。

甘く、爽やかな香りが鼻に抜ける。

「・・・美味しいお酒ですね。今までで一番です!」

『そりゃー良がったのぉー!』と笑顔の良治さんが早くも2杯目を自分の御猪口に手酌しようとしていた所へ、樫井さんが帰宅した。


「あぁ!!親父ーーお客さんいる前でまーた晩飯まえがら飲みやがってー・・・

うわぁー松宮君にまで飲ませてんのー?」

樫井さんはそう言って廊下を小走りで通り抜けた。スーツから部屋着へ着替えてくるつもりらしくジャージを抱えている。


 樫井さんが俺の前に着席し、お母さんが沢山のおかずを座卓に並べる頃には、

空きっ腹に流し込まれた日本酒が俺の頬を真っ赤にしていたらしい。

俺の顔を見た樫井さんは大笑いして、『俺は明日も運転だからそんな飲まねーよ』といいつつ、良治さんに迫る勢いで何度も御猪口が空になっていく。


「へー!じゃあ松宮君は明日、老人ホーム行くんだね!

・・・俺は親父達と桜山行ってくっけど、また夕方くらいには帰るから、もしどこか出かけてて拾って欲しいならメールして?車だしついでに迎えいくから。」

樫井さんはそう言って、上州牛のサイコロステーキを口に入れる。

久しぶりの息子の帰省が嬉しかったのだろう。お母さんが作った豪華なおかずはどれも最高に美味しかった。


 ふとお母さんが立ち上がり、台所から鉄製の丸い鍋を持ってくる。

中身は【ほうとう】の様だった。色鮮やかな野菜と平打ちうどん、キノコなどがぐつぐつ煮込まれている。

『【おっきりこみ】できたよー!』とお母さんが言いながら鍋敷きの上にのせた。

誰にも見えていないから良いのだが、先程から美味しそうな料理が出て来る度に、

俺の隣で感嘆の声を上げていた朱莉が、鍋の方を見て『うわー!食べたい食べたい食べたいー!!!』と発狂してしまった。


「わぁー美味しそうですね!」

俺も素直な感想を述べる。樫井さんは『これ、シメに最高なんだー』と喜んだ。

皆で取り分けて少し食べ進めた頃に、黙って飲んでいたお父さんが急に話し出す。


「良太郎・・・おめーやっとこさーって来たと思っだら、男の子連れでくんだもの。もうそろそろ彼女さー連れて来ぃーないと、母ちゃんが心配するべぇ・・・。」


「何だぁー?もちゃづけだいなぁ親父ー。酔っぱらってんだら黙ってろぉー!」

「いや・・・そんなんだら美桜みおが心配すっべぇ・・・。」

お父さんは悲しげにそう言うと、部屋奥の仏壇を見つめた。

「・・・世話ねぇ。しゃじけてねーではぁー寝ろ!!」

樫井さんが語気を強めると、暖かみのあった部屋が凍り付く様に静まり返る。

お母さんは『おとーさん飲み過ぎよー!』といって立ち上がらせ、寝室らしき方へ引きずる様に連れていく。

『松宮君、自由に食べとってねぇー!』という声が遠のく間も、樫井さんは黙っていた。


 居たたまれない空気は一番苦手だ。でも、樫井さんの態度を見てれば触れて欲しくない話題だとすぐに分かる。

御影も俺に何のテレパシーも送らず、部屋の隅の座布団で丸くなっているだけだ。

色々考えたが、俺はただ黙って鍋の具を御椀に取り、樫井さんの前に置いた。

自分もまた食べようとしたが、ふと隣を見ると朱莉が緊張したように俯いている様子が目に入る。

部屋には今、秘密を共有している者しかいない。


「朱莉・・・食べかけだけど、すごく美味しいから食べてみて?」

俺はそう言って自分の器を朱莉に手渡した。

「あ・・・ありがと誠士くん。・・・うわ!美味しい・・・。」

朱莉はさっきまで大騒ぎしてたせいか、飲んでもいないのに頬を赤く染めている。


「松宮君さぁ・・・本当に優しいよね。」

唐突に樫井さんが俺を見て話し始める。その目はいつもの元気がなく、虚ろだ。

「朱莉ちゃんや、御影ちゃんの事も・・・香苗や杏花さんのことも、自分に関係あることも無いことも全部何とかしようと頑張ってるよなぁー。

松宮君みたいな人間が、本物のヒーローなんだなって思うよ・・・。

・・・美桜の事も、何にも聞かないでくれてるしね。」

『・・・。』


 その場にいる全員が黙る。

「・・・聞かれたくないことは、誰にでもあります。

俺も、最悪だった高校生活の話は、誰にも言わないと思います・・・。

例えば・・・俺の机の引き出しの中をゴミ箱にするだけじゃ飽き足らず、エロ本を入れやがったクラスメイトの背中に、その中の1ページを切り取って張っといてやったとか・・・。」

俺は最大限に面白く脚色した、消し去りたい過去を話してみる。

実際は・・・その決死の抵抗もむなしく、盛大なお返しで完全に空気扱いにされ、

最悪な毎日を過ごしたのだが・・・その話は重過ぎるからやめておこう。


「・・・アハハ!言っちゃってるじゃん!転んでもただじゃ起きないってすげえなー!あははっ!さいこーだな!」

樫井さんは随分とやわらいだ表情に戻り、おっきりこみを食べ始めた。


(だいぶ人の扱いが上手くなったじゃないか。・・・朱莉の前でする例え話じゃないがなーー!ふはははっ!)

御影は邪悪に微笑みながら、顔を真っ赤にした朱莉の隣に座った。


(う・・・うるさい!掘り下げるなっ!)

俺はヒソヒソ話をする御影達から目を逸らし、樫井さんの方を向く。


「俺さー、松宮君大好きだよ!」

樫井さんは爽やかな笑顔で衝撃的なセリフを言う。


『・・・・・・・。』

「えーーーーーーーーーー!!!!?」

樫井さんの投下した爆弾により、俺は全身の動きが止まる。

耳をつんざく朱莉の絶叫が響く。他の人に聞こえない事が唯一の救いだった。


(・・・『なかなか彼女連れてこない』からの→『うるせー親父(激怒)』

からの→『松宮君大好き(満面の笑み)』・・・えーっと・・・。)


(モテるなぁー誠士ーーー!困ったなぁーー!?)

何も言葉は出てこないが、とりあえず俺は爆笑する御影を睨んでいた。


「・・・あれ?うん?・・・うわっ!そ、そういう変な意味じゃないからね!?」

樫井さんは俺の沈黙の意味を察したのか、必死に手を横に振っている。

「わ・・・分かってますよぉーアハハー・・・・。」

俺も不自然な笑顔で答える。てのひらが汗でビショビショだった。

朱莉は『よかったぁー・・・。』と座卓の上に突っ伏して動かない。


(・・・なんで朱莉が安心するんだ?)


(誠士・・・お前は馬鹿か?一度、豆腐に頭をぶつけて死ぬがいい。)


 御影の謎の暴言が、酔って浮腫むくみ始めた脳内に響く。

早く寝ないと二日酔いになりそうな気がした。


「樫井さんたちも明日早いなら、もう片付けちゃいましょうか?」

俺がそう聞くと樫井さんも同意し、台所に食器を手分けして運んだ。

途中でお母さんが廊下の奥の部屋から出てきて、『あとはやっとくからお風呂入んなー!』と言ってくれた。


 お母さんの趣味なのだろうか?純和風の家の間取りの中で、台所とお風呂などの水回りは、とても新しくモダンなリフォームが施されていた。

朱莉は、『わー凄いー!こんな広いお風呂見たことないー!』と大喜びだ。

実際、ボロアパートのユニットバスは使い辛い事この上ない。

しかし、朱莉はシャワーすら使わない体質なので、関係ないはずなのだが・・・。


「そういえば、俺はどこの部屋で寝ればいいですかね?」

風呂上がりに脱衣所でスウェットに着替えた俺は、洗面所で歯磨きをしている樫井さんに尋ねた。

「えー?俺の部屋だけど。」


 事も無げに答えた樫井さんの目の前で、朱莉が目を丸くして『えーーー!?』

と叫んだが、もちろん彼には見えてはいない。

「・・・朱莉も一緒で良いですかね?」

「あぁーそうか!別に布団はお客さん用が沢山あるから大丈夫だよ?

・・・あ!ちょ、ちょっと片付けて来るから待っててね!!」


 俺の質問で色々察したのか、樫井さんがに入ってから、

次に出て来るまでは30分もかかった。

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