第4話 捜索

 チワ=ワコールが魔術の詠唱を開始すると同時に、彼女の身からだいだい色の魔力が立ち昇る。そして魔術が発動すると同時にそのだいだい色の魔力は彼女の両手を通して、地面へと吸い込まれていく。


 ボコッボコッ!


 彼女の魔力が地面を通っていくことにより、とある小動物が音を立てながら地面に穴を開けて、その鼻先を地面の上へと踊りださせる。鋭い爪を持つ両手と汚れた茶色の顔を地面の下から上へと覗かせる小動物はチワ=ワコールに挨拶をしだすのであった。


「ふわあ~~~。むにゃむにゃ、お呼びですラ~? ご主人様~。あたい、まだ眠いのラ~」


「お昼寝の時間帯に呼び出してごめんなさい、チョメ。でも、今は一刻を争う事態なのです。貴女の力を貸してほしいのです」


 チワ=ワコールによって召喚されたのは、彼女の使い魔である土竜もぐらのチョメであった。彼女はやや夜行性であり、暑い昼間はひんやりとした土の中でお昼寝を楽しんでいるのであった。


 しかしだ、チワ=ワコールの主人であるカルドリア=オベールの一人娘であるローズマリー=オベールが行方不明となった今、失せモノ探しのプロとも言えるチョメに頼らなければならない事態に陥っていたのである。


 チワは土竜もぐらのチョメに事情を話し、洗濯する予定であったローズマリーの衣類を竹籠から取り出し、チョメの鼻先に優しく押し付ける。


「クンクンッ。クンクンッ。なるほど、なるほど。いつもながら、ローズマリーちゃんは本当に薔薇のような良い匂いなのラ~。でも、ほのかに小便臭さが混じっているのラ~。まだまだお子ちゃまだという証拠なのラ~」


(小便臭いってどういうことなんだろ? なんだか、いやらしい響きがするな!?)


 クロードはそう思うと同時に試しにローズマリーの衣類に自分の鼻を近づけさせようとした。だが、クロードは下腹部に鋭い痛みを覚えることとなる。


「いったたたっ! いきなり何をするんですかっ! チワさんっ!」


 チワが鼻の下を伸ばしていたクロードの下腹部にあらん限りの力を込めて、右のこぶしをめり込ませたのである。下腹部は筋肉が薄い部分だ。だからこそ、エルフの女性でしかないチワでも、十分にクロードに痛みを与えることが出来たのだ。


「わたくしの眼が黒い内はクロードにローズマリーさまの衣類をくんかくんかはあはあさせるつもりはありません。ましてや、あなた、ローズマリーさまのパジャマをくんかくんかはあはあしようとしてましたね!?」


 クロードが、えっ? そうなの? と言ってしまうのであった。クロードは自分が手に取ったのは薄紫色をしたキャミソールだと思っていただけに、まさかその正体がネグリジェだと気付き、おわあああ!? と素っ頓狂な声をあげてしまう。


「や、やべえ。もう少しで汗フェチのヌレバ師匠に並ぶほどの超弩級変態に生まれ変わるところだった……」


(汗フェチ!? もしかして、ヌレバさまはわたくしとキスをしている時に、こっそりわたくしの首あたりの匂いも嗅いでたのです!?)


 どぎまぎするチワは自分の左肩あたりの袖に鼻をもっていき、クンクンと自分が汗臭くなかったか確認をする。しかし、そんな慌てふためるチワを余所にヌレバがうろんな目つきでクロードを問い詰めるのであった。


「おいっ、クロード。師匠に対して【超弩級変態】とはいかな言いなのでもうす?」


「いや、だって、師匠は夏も冬も上半身素っ裸じゃないですか? 夏場ならともかくとして冬場は見てるこっちが寒く感じるくらいですよ?」


 クロードの言う通り、ヌレバはオベール家に客人が来訪していない時以外は、いかなる時も上半身素っ裸なのである。ヌレバは自分の筋肉は鎧だと豪語している。だから、常在戦場を心がける武人としては、筋肉という鎧を身に纏っているため、ヌレバ的にはセーフなのである。


 再三に渡って、カルドリア=オベールやチワが服を着ろと言っても頑なに拒むのであった、ヌレバは。


「あなたたち……。言い争いは止めておきなさい。それよりも、チョメ。匂いからローズマリーさまの行方はつかめたのかしら?」


「クンクンッ。クンクンッ。ローズマリーちゃんはどうやら、この先にある森の中へひとりで入っていってしまったようなのラ~」


 土竜もぐらは非常に鼻が利く小動物だ。犬の嗅覚がニンゲン族の100万~1億倍と言われているが、土竜もぐらはその犬よりもさらに2~3倍の嗅覚の良さを持っている。


 特定の人物の匂いを嗅ぎ分けるのであれば、5キロメートル離れていたとしてもその人物の位置でさえ、やんわりとだが探り当てることが出来るのだ。


「急いだほうが良いかもなのラ~。ローズマリーちゃんの周りに鳥人間ハーピーらしき魔物の匂いも感じるのラ~」


「ほ、本当かっ!? くそっ! 俺がローズマリーさまから眼を離したばっかりにっ!」


 クロードは土竜もぐらのチョメからローズマリーの居る方角を詳しく聞いた後、いったん、コテージに戻り、魔物退治用の長さ2.5メートルほどの銀色の斧槍ハルバードを両手に抱え込んで、土竜もぐらのチョメに教えてもらった方角へと駆け足で向かうのであった。


 しかしながら、本来ならヌレバもまたローズマリー探索に向かわなければならないはずなのだが、ヌレバは胸の前で腕組みをしたまま仁王立ちし、中庭から一向に動こうとはしなかったのである。それを不思議に思ったチワがヌレバに質問を投げかけるのは当然と言えば当然であった。


「ヌレバさま? 何故、クロードと共にローズマリーさまの探索に向かわなかったのですか?」


「ううむ……。我輩の勘がここを動くなと命じているのでもうす。いくら、魔物の活動が活発になると言われているこの夏の季節と言えども、ここは水の国:アクエリーズなのでもうす」


「しかし、それでもチョメの言う通り鳥人間ハーピーがローズマリーさまを襲っていたらどうするのです? やはり、ヌレバさまも向かわれたほうが良いのでは?」


 チワがそうヌレバに問いただすのであるが、ヌレバは両腕を胸の前に組んだまま、むむむ……と唸るばかりである。


――鳥人間ハーピー。ニンゲンやエルフと同じく2足歩行をする魔物である。だが、かの魔物は両腕が鷹のような羽根で出来ており、その羽根と魔力を用いて、ある程度の高さまでなら自在に宙を舞うことが出来る。さらには両足と両手? の先には鋭い鈎爪カギヅメが付随する魔物である。


 だからこそ、クロードはそれを見越したうえで、森の中に入るというのに長さ2.5メートルある斧槍ハルバードを持っていったのである。


 それゆえにヌレバとしては、クロードは出来た弟子であると感心していたのだが、それよりも、自分の勘がここを動くなと命じていることに重きを置いたのである。


「クロードならローズマリーさまを護りながらでも、鳥人間ハーピー程度なら同時に5体は相手をしても問題なのでもうす」


 ヌレバがそうチワに説明した次の瞬間であった。どこからともなく、オーホホッ! とまるでヌレバをあざけ笑うような甲高い声が聞こえてくるのであった。


「おやおや? これは良いことを聞いたのでありんす。森のほうにはもう5体追加で鳥人間ハーピーを召喚しておくのでありんす。全部で15体。果たして、あの小娘を無事に守り通すことができますかえ?」

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