第11話 手と口

――ポメラニア帝国歴258年 10月23日 夜21時ごろ ド・レイ家の屋敷にて――


 クロードがハジュンから薔薇乙女の細剣ローズヴァージン・レイピアを受け取ってから10数分後、コッシローの眠りの魔術が解けて、ロージーが目を覚ますこととなる。ロージーは不思議と落ち着いた気分となっており、ハジュンから受けた説明によるショックからは脱することに成功していたのであった。


 その後、ハジュンから、ナギッサ=フランダールの暗殺計画を防ぐためのこちら側の計画について、簡単ながら説明を受けることになるロージーとクロードであった。


 宰相派がナギッサ=フランダールの暗殺を企てているのは、年明けを祝う宴が開かれる1週間の内だということをロージーたちは知ることになる。ロージーは自分たちは流刑人であり、とてもではないが宮廷に足を踏み込めないのでは? とハジュンに疑問を呈するのであるが、ハジュンの『そこはどうにかする』という言葉を信じることとする。


 大事なことは、宮廷で宰相派の暗殺計画を止めて、首謀者と実行者を捕らえて、ロージーが功をあげることなのだ。その功により、ロージーの父親であるカルドリア=オベールの恩赦をもらおうという算段なのである。



「なるほどね……。コッシローがわたしたちがハジュンさまの計画に乗れば、わたしのパパが冷凍睡眠刑から釈放されるって流れはわかったわ?」


 ロージーがバスローブ姿で、ふかふかのベッドの上で横になりながら、コッシローに改めて、ハジュンの計画を聞き、それに対して感想を述べているのであった。ロージーたちはハジュンに屋敷の1階部分にある2部屋を貸し出されることになったのだ。結婚前の2人が同室で寝るのは何かとアレなことであろうということなのでクロードは残念ながら、ロージーとは別室である。


「ちゅっちゅっちゅ。ハジュンの小僧からすれば、宰相派を宮廷から一掃出来る。そして、ロージーちゃんたちはみかどからロージーちゃんの父親の恩赦をもらえるってことでッチュウ。良いことづくめとはこのことでッチュウね」


 コッシローはベッドの脇にある小さな四角いテーブルの上で、米粉入りのパンの切れ端を美味しそうにガリガリとかじりながら、ロージーと話していたのである。


(そんなに上手くことが運ぶのかしら? だいたい、宮廷にわたしとクロードが足を踏み入れるだけでも、大変なことだと思うんだけど……)


 ロージーはのんきにパンをかじり続けるコッシローを疑わしいといった感じでジーーーと見つめるのである。しかし、コッシローはそんなロージーの視線もお構いなしに夜食にありついている状態であった。


「ガリガリ、ゴックンッ! くううう、相変わらずハジュンは良いパンを食べているでッチュウねっ! ボク、食べながらも腹が立って仕方ないのでッチュウ!」


 腹が立つなら、ハジュンさまから頂いたモノを食べなきゃ良いじゃないのと思うロージーである。ネズミの癖に本当に変に誇り高いわよねと失礼なことを思ってしまうロージーである。


 そんなコッシローの鼻先をロージーは右手のひとさし指でツンツンと押す。コッシローは食事を邪魔されたことにプンプンと憤慨するが、ロージーは返って面白がって、余計にコッシローの鼻先を押してしまうのであった。


 ロージーがコッシローをからかいながら、うふふっと笑みをこぼしていた、その時であった。隣の部屋からガラガラガッシャーン! と何かがひっくり返る音がけたたましく聞こえたのである。


 ロージーが居る部屋の隣には、クロードが寝泊まりすることになっていたのであった。そこから怪しい音が聞こえてきたことでロージーは大きく動揺してしまうことになる。


(な、何!? クロードが居る部屋から大きな音が聞こえたんだけどっ! しかも、クロードが、あああっ!? って変な声で叫んでるっ!)


 ロージーは血相を変えて、バスローブ姿のまま、今居る部屋を飛び出して、クロードが居るはずの隣の部屋のドアをバンッと大きな音を立てて、転がり込むのであった。しかし、ロージーがその部屋に入って、彼女の眼の前に広がる光景を見て、彼女の放った言葉は……。


「あああっ!?」


 ロージーの眼に映ったモノ。それは、薄暗い照明の中、ベッドの上でクロードがパンツを剥がされて、その丸出しのお尻にかぶりついているミサ=ミケーンの姿であった。


「もう。そんなに恥ずかしがる必要なんてないだニャン? ちょっと、お姉さんにクロードちゃんの精液を飲ませてほしいだけニャン?」


「や、やめてくれっ! うわあああ! 誰かっ、誰か助けてくれえええ! ヴァンパイアに搾り取られるううう!」


 クロードは必死に闘っていた。その相手はミサ=ミケーン。高貴なるヴァンパイア族の血を受け継ぐひとりなのだ、彼女は。彼女はド・レイ家に仕える筆頭侍女でもある。


 彼女は屋敷に寝泊まりすることになったニンゲンであるクロードから精液を採取しようと、彼の部屋に忍び込んで襲ったのである。


「ちょっと、あんた、わたしのクロードに何をしているのよっ!」


 ロージーがベッドに登り、クロードの尻にしゃぶりつくミサ=ミケーンの腹めがけて思いっ切り腹蹴りを繰り出すのである。ミサ=ミケーンはその腹蹴りをひらりとかわし、部屋の床にキレイに足から着地する。


「いやあ……。ローズマリーさまには悪い悪いとは思っているんだけど、クロードちゃんを見てたら、お腹と背中がくっつきそうになっちゃったんだニャン。ちょっとだけで良いから、クロードちゃんの精液を飲ませてくれないかニャン? もちろん、クロードちゃんの精液を搾り取る役目はローズマリーさまに譲るから?」


 ミサ=ミケーンがまったく悪びれた感じもさせずに両手を合掌状態にさせて、ロージーに頼み込む。彼女はヴァンパイアゆえの本能を抑えきれてないだけだと主張するばかりであった。


「な、な、何を言っているのよっ! なんでわたしがクロードのアレをああして、こうして、せ、せ、精液を……」


「ニャン? キミたち、恋人同士なんでしょ? 毎晩、手とか口とかで搾り取ったりしてる仲じゃないの? あっ、それとも初心うぶだから、いつもクロードちゃんに任せっきりだったりニャン?」


(て、て、手はなんとなくわかる気がするけど、口? 口、くちーーー!?)


 ロージーはベッドの上で頭の中の回路がショートして、頭から湯気を立ち上らせて、そこで思考だけでなく身体の動きまでもが停止してしまう。


「にゃはは。これは要らぬことを言っちゃったみたいだニャン……。まあ、クロードちゃんから詳しく聞いてみると良いんだニャン。上手く搾り取れるようになったら、おすそ分けしてほしいニャン。それじゃ、まったニャーーーン」


 ミサ=ミケーンはまるで一陣の風が通り過ぎるかのように、ぴゅうううと部屋から退散するのであった。ベッドの上でお尻丸出しのクロードはこの状況をどうするんだよ……と、ミサ=ミケーンを恨まずにはいられないのであった……。

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