第4話 価値観のズレ

 2頭の馬に引かれた箱馬車がようやく牧草地帯を抜けると、噴水付きの広場に到着することになる。その広場は石畳であり、今までの草と土の道とは違い過ぎていた。さらにその石畳の広場を100メートルほど進んで、箱馬車は停止するのであった。ロージーたち一行が箱馬車から降りると、ハジュン=ド・レイが住んでいると思わしき豪奢な屋敷が前方さらに50メートルほど先に見えたのである。


 ここでクロードがふと疑問に思ったことをロージーに言うのであった。


「あれ? 俺たちって、いつの間にハジュンさまの屋敷の塀を越えたんだ? 俺が気づかないあいだに門をくぐってたのか?」


「あっ。そう言えば、クロは浮島に来るのは初めてだったものね。下界では貴族の屋敷は敷地をぐるっと囲むように石や木で塀を作っているけど、浮島の上の屋敷にはそもそも塀を設けないのよ」


「え? それだと、魔物とか盗賊たちに、どうぞ好きなだけ屋敷や敷地を荒らしてくださいってことにって……。ああ、そういうことかっ!」


「そういうことよ、クロ。そもそも、浮島に魔物も盗賊も入り込めないようになっているのよ。浮島に昇ってくるには大神殿の転移門ワープ・ゲートを通るくらいしか方法がないわ。盗賊の類が大神殿の中に入り込めるわけがないしね?」


 クロードのような下界に住むニンゲンにとって、貴族の屋敷や、大きな街がすっぽり石や木で出来た塀に囲まれているのは当たり前の話であった。魔物の出現に悩まされるような地域であれば、村でさえ、魔物の侵攻を防ぐために簡素ながらも木製の塀を設置する。火の国:イズモやクロードの生まれ故郷である風の国:オソロシアでは特にそれが顕著であった。


 しかしながら、オベール家があった水の国:アクエリーズでは農地に動物避けの柵が設置されていた程度である。そして、割と裕福な家が水の国:アクエリーズに多く存在し、それらの家々には泥棒対策用の石造りの塀が設置されていたのみであった。


 しかし、浮島ではそんな塀がそもそも存在しなかったのである。クロードにとってはカルチャーショックと言っても良い驚きがあったのだった。


「うわあああ、うわあああ、うわあああ」


 としかクロードには言い様がなかった。下界に住む庶民が浮島に上がるのは、大型の魔物討伐などで何かしらの功を立てて、四大貴族によりお褒めの言葉をいただく以外にほとんど機会が準備されていなかったのだ。


 唯一の例外とすれば、オベール家の筆頭侍女:チワ=ワコールのようにオベール家の当主に連れ添って浮島に昇ることくらいであろうか? そんなチワ=ワコールでも浮島に昇ることは出来ても、そこから先のみかどが住まう宮殿がある岩の巨人が抱えた半球状の岩盤の上に進むことは出来なかった。


 基本的に貴族社会に属するニンゲン以外が仕事のためや褒賞をもらうこと以外で浮島及び宮殿に足を運び入れることは出来ないのである。もうひとつの例外として、みかどに直接雇われた兵士たちの存在である。この兵士たちはみかどを護るために存在しているニンゲンたちだ。通称:【帝国近衛団】と呼ばれる軍隊である。


 この【帝国近衛団】に所属する兵士たちを四大貴族が下賜され、さらに騎士の身分である【士爵】に貸与される形で騎士団は形成されている。


 これとはまた別に下界には兵士たちが存在する。各地で暴れる魔物たちから民を護るための軍隊だ。そして同時に町や村の治安を守るための【警察】としての役割も担っている。こちらの管轄は地方に住む男爵以上の身分の貴族たちである。


 しかし、男爵たちに与えらえる兵士たちは【防衛】以上の力を持っているわけでも無い。そのため、魔物討伐にはそれ専用の【魔物狩人モンスターハンター】と呼ばれるニンゲンたちが存在するのだ。そのニンゲンたちが組織しているのが【冒険者ギルド】である。だが、こちらは民間組織なのだ。その冒険者ギルドは冒険者一門クランを管轄する形となっている。


 クロードはオベール家の面々が火の国:イズモに流刑になったあと、魔物狩人モンスターハンターの資格を取得した。この資格は国が認定・発行している類では無いので、流刑者の連れ添いであるクロードでも取得できたのである。


 そんな話はさておき、魔物に襲われれる心配も無く、盗賊に悩まされることのない浮島の事情に感嘆の声しかあげれないクロードである。


(なんだか、住む世界が違いすぎるってのこのことなんだろうな……。庶民たちの間で浮島に住んでいる貴族のことを【天上人てんじょうびと】と呼んでいる意味が今こうして実感できた気分だわ……)


「何、ほうけた顔をしているのよ……、クロ。まるで大都会に初めて訪れた村人みたいな顔つきになってるわよ?」


「い、いや……。それ以上の驚きだよ、ロージー。俺が風の国:オソロシアから水の国:アクエリーズにやってきて、そこでザカイに行った時以上の衝撃だよ……」


 水の国:アクエリーズを横断する一級河川:よど川ヨドッ・リバーの河口にはザカイと呼ばれるポメラニア帝国の台所と呼ばれる大きな港を擁した街がある。その街全体が高い石の壁に囲まれており、平地の街なのにまるで街自体が城塞都市のような装いとなっていた。


 『ファッションの最先端はザカイで産まれる』とも言われており、ポメラニア帝国外からの商船が一同に集う場所である。もちろんザカイは、諸外国からの色々な商材が集う土地でもあるのだが、その商材の中には衣服も持ち込まれることとなる。


 それゆえに、うら若き女性たちはザカイで流行しているファッションには敏感なのである。ロージーが収穫祭の時に勝負下着として身に着けていた『紐パン』も、もともと外国から輸入されたモノなのだ。


 ロージーは貴族時代において、父親であるカルドリア=オベールに無理を言って、幾度かそのザカイの港街に小旅行をしていたのであった。そして、クロードはロージーの護衛役として今から5年ほど前にザカイに足を踏み入れたのである。


 クロードにとって、富が集まる場所は高く強固な壁に守られるのは当たり前だという常識がそのザカイの街の様相によって、強く植え付けられたのである。


 しかしだ、その根底を覆したのが浮島の事情であったのだ。四大貴族と言えば、ポメラニア帝国に集まる富をみかどと共に5分割している存在だといっても過言ではない。そんなクロードにとって、大金持ち以上の【富の独占者】たる四大貴族たちの屋敷が石や木の壁に覆われていないことがどれほどのショックを彼に与えたかは計り知れない。


「すげえ……。すげえよ……。こんな世界が存在していること自体が信じられない……」


「ちょっと、クロ? 何を感心しているのかわたしにはよくわからないんだけど? ハジュンさまの屋敷に塀が無いことがそんなに驚きなの?」

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