第8話 開花

「ちゅっちゅっちゅ。ロージーちゃんは花の育成を促す魔術が使えるのでッチュウ?」


「え? ええ、そうよ? ママからわたしはそれを伝授されたのよ。それがどうかしたの?」


 ロージーがコッシローに質問されたので、素直に応えた形となる。コッシローはふむふむと少しの間、考え込み、続けて質問を繰り出す。


「花の育成を促せる魔術を使えるのならば、逆に花の育成を逆行できる魔術は使えるのでッチュウ?」


「はあ? 何を言っているの? そんなこと出来るわけがないじゃないの。ヒトに嫌味を言い過ぎて、おつむがおかしくなったわけ?」


 ロージーの疑問は当然と言えるモノであった。ポメラニア帝国において、ロージーのように花の育成が出来る者だけではなく、農作物の育成を促す魔術を使える者たちがいる。そういうヒトたちが、農作物等の育成を逆行させられるなんて話は聞いたことがない。


「ふむふむなのでッチュウ。今や失われた魔術となってしまったのでッチュウね。【産めよ増やせよ】を『是』とする世の中では致し方がないと言ったところでッチュウか……」


 コッシローがひとり納得して、うんうんと頷くのであった。ロージーはそんなコッシローを見て、怪訝な表情になるのは致し方なかったかもしれない。しかし、そんなロージーを差し置いて、コッシローはまるで独り言のように続ける。


「ポメラニア帝国がおこる前の時代:【戦国の世センゴク・パラダイス】では、戦争のために相手国で作物の栽培をさせないために、育成を逆行させる魔術が開発されたのに、いつの間にか、それは【禁呪】扱いされるようになったはずでッチュウね……。魔術自体に罪は無いのでッチュウ。使う者次第だと言うのに、まったく、ニンゲンは浅はかとしか言いようがないのでッチュウ」


 そんな独白めいたコッシローにクロードがツッコミを入れる。


「よくわからないけど、作物の育成が逆行するような危険な魔術なんて、普通なら禁止されてもしょうがないんじゃねえのか?」


「ん? 確かにクロードの言う通り、使い方次第では危険なのでッチュウ。しかし、刈り入れの時期をずらせるのはなかなかに便利なのでッチュウ。ポメラニア帝国以前では、専門兵士なんてモノはそもそも存在しなかったのでッチュウ。それゆえ農閑期と農繁期を調整出来ることには、大きな意味を持っているのでッチュウ。ちょっと、解説させてもらうでッチュウよ?」


 あっ、【藪をつついて魔法の杖マジック・ステッキが飛び出る】とはまさにこのことだとクロードは思ったのだが、それは後の祭りであった。


 コッシローがとうとうと歴史講座を始めてしまったのだ。ロージーからは、クロ、何を変にツッコミを入れちゃったのよっ! と非難めいた視線が飛んでくる。クロードは肩身の狭い思いになってしまうのであった。


 そんな2人を無視して、コッシローは悦に入って、農閑期と農繁期、そしていくさがいつ起きるのかについて説明を長々と続ける。


 コッシローの説明をまとめるとだ。ポメラニア帝国が成立する以前は、兵士のほとんどは普段、農業に従事する者たちであった。その農民たちをいくさに駆り出すには、農閑期でなければならない。農閑期が長ければ長いほど、その国はいくさを長くおこなうことが出来る。


 しかしだ。この農作物を育成を促したり逆行させる魔術が悪用されて、相手国の農作物をダメにする魔術が確立されてしまったのであった。そのため、【逆行させる魔術】はポメラニア帝国がおこった後は【禁呪】として扱われ、のちの世には廃れた魔術となってしまったのであった。


「と言うわけなのでッチュウ。【馬鹿とみかどは使いよう】の好事例でもあり悪い事例でもあるでッチュウね。まったく、【にゅうめんの熱さに懲りて、そうめんに風の柱ウインド・ピラー】をやらないために歴史を学ぶ必要があると言うのに、ニンゲンは愚かしいとはこのことなのでッチュウ」


 コッシローの1時間余りに及ぶ歴史講座がようやく終わりを迎えることになる。ロージーはクロードを蒼穹の双眸で思いっ切り睨んでいた。クロ、あとでお仕置きね? と言わんばかりの強い視線である。


「というわけで、ロージーちゃんには失われた【育成を逆行させる魔術】を伝授するでッチュウ」


「ちょっと待ちなさい! あなた、さっきまでその魔術の危険性をとうとうと説いてわよね!? なんで、あたしにそんな危険な魔術を教えようとしているのよっ!」


「何を聞いていたのでッチュウ……。使いようによっては、これほど有益な魔術は無いのでッチュウ。ついでに、ロージーちゃんが花の育成を促す方向での魔術力を3倍ほどに高めておくことにしておくのでッチュウ」


「ひとの話を聞きなさいよ! てか、魔術を修得するためには少なくとも2~3年は修練が必要なのよ!? そんな、ポンポンと新たな魔術を使えたり、魔術の強化が出来るなら、誰も修練を積まないわよっ!」


 ロージーが腰を浮かせて、白いテーブルを両手でバンッと叩いて、コッシローに説教をしだすのであった。しかし、説教をされている側のコッシローは何を言っているんだコイツ? という表情を顔に浮かべるのであった。


 そして、コッシローは先端に黒い宝石が付いた爪楊枝サイズの魔法の杖マジック・ステッキをどこからともなく取り出して、唐突に詠唱を開始するのであった。


「かのモノの眠れる才能よ、今こそ花開くのでッチュウ……。ヤオヨロズ=ゴッドが与えし天からの贈り物は目覚めの時に来ているのでッチュウ……」


 コッシローの身から桁違いの魔力があふれ出していた。その紫色をした魔力のほとんどが魔法の杖マジック・ステッキの先に付いている黒い宝石に収束していく。コッシローの魔力を吸い込めば吸い込むほど、黒い宝石は怪しい紫の光を強く放ち始める。


「才能という華よ、咲き誇れでッチュウ! 『開三眼オープン・サードアイ』発動でッチュウ!」


 コッシローが詠唱を終え、魔術発動のキーワードをその口から発すると同時に魔法の杖マジック・ステッキの先に付いている黒い宝石は、紫色の眼玉へと変化する。その眼玉はギョロっとロージーを見つめる。さらにはその眼玉から紫色のオーラが発光し、ロージーの身を包むのであった。


(熱い! 身体が熱い! 何か身体の奥底から力があふれ出してくるっ!)


 ロージーの全身は紫色のオーラに包まれていた。コッシローの魔術によって具現化されたそのオーラは彼女の眠れる力を開放すべく、彼女の身体に吸い込まれていく。ロージーは歓喜にも似た声でアハアーーーン! と鳴く。


 そして、コッシローが魔術を発動させてから3分後には、魔法の杖マジック・ステッキから発せられた紫色のオーラの全てはロージーの身体に吸い込まれてしまうのであった……。

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