第4話 機会

 コッシロー=ネヅの自己紹介が済んだ後、花畑でこのまましゃべり続けるのは何だと言うことで、とりあえずは、休憩用の日傘付きの白い木製テーブルへと2人と1匹は移動する。


 ネズミのコッシロー=ネヅは、その白いテーブルの上にロージーの手により乗せてもらったあと、どこからか取り出したネズミサイズ用の小さな黒い紳士用の帽子をちょこんとその頭の上に乗せる。身体が白い体毛で覆われているため、その帽子をかぶった姿は滑稽としか言いようが無く、ロージーは思わず、ぷふっと噴き出してしまうのであった。


 色々と行き違い? はあったものの、和解を終えた後、白いテーブルの席で簡単な自己紹介をしあう2人と1匹であった。


「あなた、いえ、コッシローさんと呼べばいいのかしら? コッシローさんは、結局のところ、わたしたちに何の用で、わたしたちの前に現れたのかしら? もしかして、仲睦まじいわたしとクロードに嫉妬して、イタズラをしたかっただけ?」


「ちゅっちゅっちゅ。コッシローと呼び捨てにしてもらって構わないのでッチュウ。オベール家のお嬢さん。ボクはキミのことをロージーちゃんと呼ばせていただきますのでッチュウ。実のところ……」


 ネズミのコッシローがようようしく、『ロージーちゃん』とローズマリーのことを呼ぶので、クロードとしてはカチンと頭にくる。続けてしゃべろうとしていたコッシローの言葉を遮り


「おい、待て。ネズミ野郎。なんでお前がロージーって愛称を使ってやがるんだ。しかも『ちゃん』付けだと? 誰の断りを得て、そう呼んでいるんだ?」


「ちゅっちゅっちゅ。ボクがしゃべっている最中だと言うのに、つまらない焼きもちを焼いて中断させるのはやめてほしいでッチュウよ。ハジュンの小僧にも言われたはずでッチュウよ? 『直情的すぎるのはいただけない』と」


 コッシローが唐突にハジュン=ド・レイの名を告げるので、クロードは面食らうことになる。まさか、ここで四大貴族のひとりハジュン=ド・レイの名が出るなど、クロードには予想外すぎたのである。


「おっと。失敗したのでッチュウ……。ハジュンの小僧との繋がりを自分からバラシてしまったのでッチュウ。順番が前後しちゃうので、ちょっと忘れてほしいのでッチュウ」


 コッシローが右手をゆっくりと上下に振り、まあまあ抑えて抑えてとの意思をクロードに示すのであった。クロードはハジュンの名が出たことについて噛みつきたいのはやまやまであったが、話が大幅に横道に逸れそうなので、今は我慢することにして、浮いた腰をどっかりと椅子に置くのであった。


「まったく、クロード。いちいち、コッシローの言うことに反応しちゃダメよ? 見た目の可愛らしさと違って、かなり腹黒そうだしね?」


 さすがは元貴族のご令嬢であるロージーだ。貴族という人種はとにかく腹黒いモノが多い。その腹黒さにロージーは幼き時より接している。ロージーとしては、このコッシローが何を思って、自分たちに接触を図ってきたのか、それをまず探ってからよねと考えていた。


 クロードもロージーの気持ちを察したのか、ムスッとした表情ではあるが、コッシローの次の言葉を待つのであった。


「ちゅっちゅっちゅ。飼い主とその忠犬といった感じでッチュウね。おふたりは。あっ、悪い意味じゃないでッチュウよ? ボクは犬は大好きなのでッチュウ。飼い主に対して、忠誠心の高さはあっぱれだと言いたいだけなのでッチュウ」


「うっせえ。俺がロージーの尻に敷かれているのは事実だから、反論はあえてしない。そんなことよりも、俺たちが生花作りに勤しんでいるの邪魔した以上、それに見合うだけの情報を開示しろってんだ」


 クロードが半目で目の前の白い体毛に覆われたネズミを軽く睨みつけながら、そう言いのける。しかし、当の本人はクロードからの威圧をまったく意にも介せず、ちゅっちゅっちゅと軽く笑うのであった。


「まあ、簡単に言うと、ロージーちゃんの復讐を成し遂げるための『時』が到来したことを告げに来たのでッチュウよ」


 『復讐』。その2文字を耳にしたロージーは、うなじの部分がザワリとした何か得体の知れない幽霊ゴーストに撫でられたような感覚に陥る。


「『復讐』? わたしが誰に復讐をしたいって言いたいのかしら?」


 ロージーは努めて、平静を装うとしていた。だが、コッシローのからし色の双眸は鋭さを増して、ロージーを射貫く。


「ロージーちゃんは宰相:ツナ=ヨッシーとその部下である騎士:モル=アキスをメッタ刺しにしてやりたいと思っているでッチュウよね? その機会が訪れたと、ボクは言っているのでッチュウ」


 宰相:ツナ=ヨッシー。そして騎士:モル=アキス。2人の名を聞いて、ロージーは動悸が激しくなる。忘れようとしていた心の奥底の感情を引っ掻き回されるような最悪な気分になるロージーである。


「コッシロー……。あなた、わたしをどうしたいわけ?」


 ハアハアと荒い呼吸をし、さらには左胸に軽く両手を添えながら、ロージーが低い声でコッシローに問いかける。コッシローは、ちゅっちゅっちゅ? ととぼけたような調子で首を傾げる。


「おかしいでッチュウね? ハジュンの小僧から聞いた話、宰相:ツナ=ヨッシーに、ボサツ家への嫌がらせのとばっちりを受けたロージーちゃんの父親が冷凍睡眠刑なんて、ここ十数年はおこなわれなかったような罰を与えられたのでッチュウよね? さらには、騎士の風上にもおけないような、いや、騎士と呼ぶのもおこがましいでッチュウ。奴は元盗賊だッチュウ。そのモル=アキスにオベール家の家財を差し押さえらえたんでッチュウよ?」


 コッシローは首を傾げ、さらにはおどけた表情で両腕を大袈裟に身体の左右に振り、『何故、我慢できる?』と言う意思をロージーに示す。その挑発的な態度を受けて、ロージーはますます呼吸が荒くなる。クロードは彼女の身を案じて、心配そうな顔つきでロージーの背中をさする。


「ロージー、大丈夫か? 水を持ってこようか?」


「だ、大丈夫よ……。コッシローがふてぶてしい態度で、わたしを挑発するモノだから、つい、動揺させられただけよ?」


「おや? 意外とまだ冷静なんでッチュウね? ボクの予想だとロージーちゃんが怒り狂って、『コッシロー、わたしは何をすればいいの!? あいつらを殺せるなら、わたし、どうなっても構わないっ!』って、言ってくれると思っていたのにでッチュウ……」


「ご期待に沿えなくて申し訳ないわね? わたしは今の生活にちょっとだけど満足しているの。パパが冷凍睡眠刑に処されて、ママが体調を崩したりして、かなり追い詰められたりもしたけど……。でも、復讐は何も生まないってことくらい、わたしにだって理解は出来ているわ……」

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