ヘレナの苦悩

「ヘレナ……、どうしたの?」

「ばっ……!」


 今まで様子がおかしくなってしまったヘレナのことに触れないでいた二人だが、シェリアがついに我慢しきれなくなってしまった。


 謎の石を天に掲げたまま動かなくなったヘレナは顔を染めながら手を震わせた。おそらく羞恥と戦っているのであろう。


「えー、コホン。では今から簡単に『無光ユーグレア』の説明をいたします。アスカさん、私に光の魔術を放ってください」


 ヘレナは一呼吸を入れ何事もなかったように話し始めた。だが、今まで以上にヘレナの目が泳いでいたのだ。


 きっと、この光の魔術を撃つかどうかがヘレナの様子がおかしい原因なのだろう。


「あの……、無光ユーグレアの説明をしてくれるのはありがたいのですが、あんまり無理しなくても……」


 だが、ヘレナは首を横に振り飛鳥を否定する。


「これから先、この魔術は必ず必要になると店長は言っていました。ならば、その効果を身をもって説明するのが私の役目だと……、店長が」

「……それで、その魔術ってどんなのなんですか? 流石にどんな効果かも分からずに魔術をぶっ放すのは抵抗が……」


 若干、ヘレナがキセレに言いくるめられている気がしてならない。だが、一先ずそれは置いておいて覚えるべき魔術について聞くことにした。


「この無光ユーグレアは対光用に開発された闇の属性の魔術です。発動した無光の大きさに関わらず、光の属性の魔法を一つの例外もなく全て無効化します」

「例外なく!? 全ての光の魔法を!?」


 そのぶっ飛んだ性能に飛鳥とシェリアの声がリンクする。


 それもそのはずだ。さっきまで最も警戒するべき属性だと言っていたのが、この無光ユーグレア一つで解決してしまうのだから。


「では、早速試して見ましょう。私は無光ユーグレアを使えないので店長が無光ユーグレアの術式が刻まれた魔石を作ってくれました……」


 ヘレナは言葉が最後に向かうにつれ、今度は著しく元気がなくなっていった。


 だが、飛鳥はそんなあからさまにテンションの下がるヘレナの態度と言葉から、その原因がわかったような気がした。


「……まさか、キセレの作ったその魔石がヘレナさんが変になった理由ですか?」


 飛鳥が指差しながらそう言うとヘレナの目尻に水滴が浮かぶ。


 口元は固く閉じられながらもプルプルと震えていた。


「だ、だって! あの店長が初めて魔法具を作ったって言ったんですよ!? そんな魔法具を信用できるわけないじゃないですか!」

「…………」


 ヘレナは項垂れ両拳で地面を叩く。


 あまりにも部下に信用されていないキセレに若干憐れみの感情を抱いたが、普段の態度が態度なので仕方がない。


 ヘレナは『無光ユーグレア』の有能さを知っていた。そして、それの必要性を身をもって示すことにも賛成だ。


 だが、それを示すためにキセレが初めて作ったという魔法具を使用することに躊躇いを覚えていたのだ。


 キセレは自分の関心があるものは徹底的に調べ上げる。だが、そうではないものは本当に何も知らないのだ。


 そんなキセレが急遽集めたあやふやな知識を用い作製された『無光ユーグレア』の魔法具。


 それを自ら使用するヘレナの心境は察するに値する。


 その時、今までヘレナの話を黙って聞いていたシェリアが口を開いた。


「私が代わりにやろうか?」


 シェリアが項垂れるヘレナに手を差し出した。


 ヘレナはその手を取り溢れる涙を拭う。


「魔法具なら私も魔術使えるよね?」


 そっとヘレナの手から魔法具を受け取ったシェリアがそう言った。


 賢者であるシェリアは賢者の神杖を手にした時から、魔術の類が一切使えなくなった。


 だが、ただ聖術気マグリアを流すだけの魔法具であれば理論上は問題なく発動できるはずだ。


「……はい。多分、使用できると思います」

「じゃあ決まりだね。最悪使えなくても闇の法術もあるし……」


 シェリアはそう言うと魔法具に聖術気マグリアを流す。


 だが、数秒の時間が流れるが飛鳥の目には特に変化が見られなかった。


「……失敗、した?」

「んーん」


 シェリアは首を横に振り、手の中にある魔法具を前に突き出した。


「ちゃんと発動してる。目には見えないけど……」

「ヘレナさん。シェリアはああ言ってますけど……」


 飛鳥はヘレナの方に目を向けるが、その視線や声に気付かず祈るように座っていた。


 その姿に飛鳥は本当に大丈夫なのか心配が募るが、首を横に振りシェリアに向きあった。


「よし、じゃあ行くぞ! シェリア!」

「ん、どんとこい」


 シェリアの顔を見て飛鳥も腹をくくる。


 魔女の神杖しんじょうを手に持ちシェリアに向ける。


「邪を祓う光道こうどうよ、天啓を示せ……」

「え、ちょ……」

光明の導ミュート・ラーダ!」


 飛鳥の持つ魔女の神杖の先端から凄まじい速度で複数の光が放たれる。四方八方に飛び散った光は各々の進む道を描き、残光を残しながらシェリアに向かって飛んでいく。


 すると先程まで何もなかった魔法具の前方に、飛鳥の光の魔術に反応するように真っ黒な球体が現れた。


 シェリアに一直線に向かっていたはずの光明の導ミュート・ラーダはその道筋をその黒い球体に変える。そして、その球体に触れた瞬間、光明の導ミュート・ラーダは形を歪め球体に吸い込まれてしまった。全ての魔術を飲み込むと球体は何事もなかったかのように消え去ってしまった。


「……よ、よかったぁ〜」


 少しの間、沈黙が続いたが無事に魔法具が発動したことでヘレナから安堵の声が漏れる。


 飛鳥はシェリアの元に行き魔法具の周辺を吟味する。


「シェリア、無事か? なんともないか?」

「ん。なんともないよ」

「てか、ちゃんと発動してたな」

「今も魔法具使ってるよ」

「そうなのか?」

「ん」


 シェリアが今も魔法具を起動していると言い、再びシェリアの手の中の魔法具を観察するが特に変わった様子はない。


 今思うと黒い球体はどこかブラックホールを連想させるものがある。だが、もし本当にあの球体が重力の塊であるブラックホールだとしたら飛鳥たちが無事ですむはずがない。


(光の魔術専用のブラックホール、って考えるのが妥当なのかな……)


 そんなことを思っていると、いつのまにか座り込んでいたヘレナが側に近づいていた。


「シェリアさん、どこかお怪我はありませんか?」

「ん、問題ない。元気」


 ならよかった、と安心するヘレナは飛鳥に声をかけた。


「分かりましたか、飛鳥さん。『無光ユーグレア』の効果は……」

「はい。俺、結構聖術気マグリア込めたと思ったんですけど全く通用しませんでした」


 飛鳥の発動した『光明の導ミュート・ラーダ』は光の上位魔法に位置するものである。人それぞれに様々な生き方があるように、それを導く光もまた様々である。


 それを形にしたのがこの魔術だ。


 飛鳥は聖術気マグリアコントロールが未だ不完全だったのでそこまで多くの光を出せなかったが、熟練者であれば一度に数千の光を出し、多段的に連続で何度も発動できる。


「先程も言ったように無光ユーグレアはその大きさに関わらず全ての光の魔法を吸い込み無効化する。これから先、聖気玉マグバラ持ちの魔術師が光の魔術を無詠唱で発動するといった場面が必ず訪れます」


 ヘレナは馬車に向かいながら話す。そして、再び飛鳥に向き直った。


「その時、対抗する手段は聖気玉マグバラからの無詠唱の『無光ユーグレア』だけです」


 飛鳥は息を飲んだ。この異世界に来て初めての試み。自分で魔術を習得する。


 今まで、魔女の記憶に頼りきりだった飛鳥は右手を眺めると力強く握った。


「やってやるぞ……」


 飛鳥はそう呟き馬車に乗り込んだ。


 それから飛鳥は道中の間、全てをこの無光ユーグレアの習得に時間を割くことになる。


 だが、飛鳥はまだ知らない。


 約二〇〇年前に作られた無光ユーグレアの本質。


 飛鳥がそれを解き明かすのはまだ先のお話……。

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