第6話 「魔王様、冒険者ギルドへ行く」
いきなりウルに弟子にしてくれと言われた私は、驚きもあったが戸惑いが強かった。
「おいおい……いきなりどうしたんだ?」
私が問うと、狼人族の少女は思い詰めた表情のままで、しかし言いにくそうに視線を逸らす。
「あたしさ、冒険者になってまだ間もないんだよね」
「まあ、だろうな」
先程の戦闘から見ても、ルウは戦闘に
動きそのものは、やはり身体能力が高い獣人族だと評価できるが、言ってしまえばそれだけなのだ。
「ちょっと事情があって家出してきてさ。こうしてここまで来ちゃったわけなんだけど」
先程私が疑問を抱いたことの回答を口にしつつ、、ウルは言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「さっきの戦いぶり見てわかったでしょ? あたしがさ、ぜんぜんダメダメなこと」
「だな。あれでは、これからも冒険者を続けるのであれば、長生きは出来ないな」
にべもなく、はっきりと告げてやる。
ウルの顔が強張ったが、彼女のことを思えば正直に言ってやるのが彼女のためなのだ。
アテナも同意しているのか、揶揄する様子もなく、沈黙を守っていた。
「……だからさ。都合のいい事言ってるのは自覚してるけど……クレアに、稽古を付けてほしいんだ。ほ、ほら? 旅は道連れっていうよね? こうして知り合ったのも何かの縁だと思うし……」
なるほど、と私は思った。
理由は知らないが家出して魔族領まで来たはいいが、知り合いが誰もいない状況で、頼れる相手がいなかったこともあって心細かったのだろう。
そうなると、彼女が魔族領に来たのは、本当につい最近なのかもしれない。
「ウル、いまいくつなんだ?」
「ふえ!? な、なんで……?」
「いや、気になっただけなんだが。言いたくないなら、別に構わないが」
「……えっと……17──ううん、13……」
「けっこうサバを読んだな」
「あぅ……」
私に指摘されて、ウルがしょんぼりする。
まあ、背伸びしたいお年頃なのだろう。
(しかし13か……若いな)
その歳で故郷を離れ、異国で行動するのは、どれほど苦労があることだろう。
まあそれでも、ヒトには大なり小なりいろいろな事情があるのだから、そんなことにいちいち首を突っ込んでいてはキリがないということもあるが……
如何せん、私は”甘い”のだ。
(反省しなければならないのは、わかっているんだけどな……)
真摯に強くなりたいと願う彼女を、どうしても見捨てる気にはなれなかった。
それに、そもそもがアテのない旅なのだ。
多少の寄り道をしたとしても、何の問題もあるはずがない。
「アテナ」
「私に異論はありません。クレア様のご随意に」
「そうか。ウル」
「は、はい!」
「さすがにずっとと言うわけにはいかないが、しばらくの間であれば、面倒を見てやろう」
「ほんと!? やったー!!」
素直に全身で喜びを表現する少女が、なんとも微笑ましかった。
※ ※ ※
私の指導を受けられることに喜びを示したウルだったが、いま彼女は悲鳴を上げていた。
場所は、先ほどまでいた森から抜けた先、街道沿いの平原である。
「前をしっかり見ろ! 戦闘中に一瞬でも目をつぶったら死ぬぞ!」
「ひい……っ」
「攻撃が武器だけだとは思うな! 常に相手の手や足を警戒しろ!」
「ひい……っ」
「魔法が来ることも忘れるな! 常に周囲を警戒し観察し続けろ!」
「ひい……っ」
私にボコボコにされるウルは、陸に挙げられたトドのように地面をのたうち回る。
「戦闘中に何を休んでいる! 敵は待ってはくれないぞ!」
「ぐえぇ……っ」
よろよろと私に立ち向かって来たウルへと容赦なく拳を叩き込み、回避できなかった彼女は直撃。
バタンっと倒れ込んだ彼女は、ついに身動きが取れない様子で、目を回していた。
「……やれやれ。想定以上だな……」
想定以上に、ウルは戦闘には向いていなかった。
はっきり言うと、弱いの一言。
獣人族ならではの高い身体能力があるからこそ、辛うじて人並みよりは動けるといった程度だったのだ。
聞けばまだEランクの冒険者とのことなので、まあ納得ではあったが。
「ふと思ったのですが」
気絶しているウルを優しく介抱しながら、アテナが無感情の目を私に向けてきた。
「指導となると、クレア様はとびっきりのサディストになるのですね」
「心外だな。私は真剣に相手のことを想っているからこそ、心を鬼にしているだけだぞ?」
「そうなのですか。私には、正論を振りかざして弱者を甚振って悦に入っているようにしか見えなかったもので。正直、軽く引いておりました」
「……偏見も甚だしいな」
溜め息を吐いてから剣にかけていた魔法を解き、鞘へと戻す。
「獅子は子供を谷底へと落として教育するという。だから私も、手は抜かないんだ」
「その話は聞きますが……無事に生還できるのは全員ではないかと」
「まあ、私だって加減はしてるさ」
肩をすくめてから、道具袋から一枚の布──カーテンを取り出して地面に敷いて、そこへと座り込む。
慌てて自室にあるものを手あたり次第にかき集めたので、気づいたらカーテンまで入れていたのだ。
小奇麗なカーテンを敷き布にするのに抵抗はないが、地べたに座るのには抵抗があったりする。
複雑な乙女心というやつだ。
(我ながら変なこだわりだよな)
苦笑いしてから、気持ちを切り替える。
「なんというか、ウルは子供だからな」
「? どう見たとしても、ウルさんは子供だと思うのですが?」
「ああ、いや、そういう意味じゃなくてだな……なんていうか、母性本能をくすぐられてしまうんだ」
「なるほど」
「だから、出来うる限りのことはしてやりたい。いつまでもずっと一緒にいられるわけじゃないしな」
ふと思い出すのは、妹のこと。
「そういえば……ラーミアには今年で1歳になる子供がいたっけな」
「はい。ラーミア様によく似て、利発そうで可愛らしく、将来が楽しみなお子様です」
「ほう? お前にしたら、えらく評価しているじゃないか。いつもみたく毒は吐かないのか?」
「失礼ですね。それではまるで、私が手あたり次第に毒を吐きまくっているキチガイみたいじゃないですか」
「……自覚がないっていうのは、怖いものだな」
やれやれとばかりに首を振る私へと、ウルの頭を撫でながらアテナが問うてきた。
「妹君が心配ですか?」
「……まあ、な。心配じゃないと言えば嘘になるだろうな」
「マイアス様がお傍におられるのです。必ずやラーミア様をお守りしてくださると思いますが?」
「……だな。だからこそ、妹を任せたんだ」
彼を義弟と認めた日を思い出す。
「女としては、自分を守ってくれる相手がいるってのは羨ましく思ってしまうなぁ……。信頼できるダンナがいるっていうのは……」
「おや? クレア様。男の肌が恋しくなったので?」
「だからお前は……なんでそういう下品な発想になるのか」
「これは失礼を。男に飢えている発言だったもので」
「どう解釈したらそうなるんだ、まったくお前ってやつは」
などと、すっかり慣れている
「う……うーん……ひ、ひい……お願いだから、ちょっと休ませてぇ……」
うわ言を何度もつぶやいているも、よほど疲れているのか、まったく目を覚ます気配がない。
「クレア様。ウルさんを少し追い詰めすぎなのでは? まだ始めたばかりなのですし」
「……だとしても。強くなるのに近道なんてないからな」
かつての私がそうであったように。
強くなるには、血のにじむような──血が噴き出しても尚、日々の研鑽が必要なのだ。
誰もかれもが簡単に強くなれるのならば、いまごろ世界には”魔王”がごろごろしているだろう。
「仮に、私の指導に耐えられなくなって辞めるというのならば、それはそれで構わない。冒険者は諦めて故郷に帰ることだろう。帰る場所があるのなら、素直に帰ればいいさ」
そうなれば、少なくともひとりの少女が、むざむざと命を落とすことがなくなるのだ。
強くなるか、諦めて帰るか。
それはウル自身が判断することであり、私は私の出来る限りのことをするだけだ。
「そうですか。クレア様がそうお考えなのでしたら、私が言う事は何もありません。ですので、話題を変えてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
「では話題を変えます。クレア様、一度、近くの街に寄りませんか? 旅に必要な物資を揃えるという意味もありますし、今後のことを鑑みると冒険者登録も済ませた方がよろしいかと愚考します」
「確かにな……」
A級品の道具袋があるのだから、保存食に限らずに食料を備蓄することも可能であり。
それに伴い、食器など生活必需品も揃える必要があるだろう。
そして、今後の収入源を左右する冒険者登録をする必要もあった。
「貯蓄はまだ心配するレベルのものじゃないが、定期的な収入は得られる環境にはしておきたいな」
伊達に魔王職には就いてはいない。
慌てて魔王城を後にしたわけだが、私は馬鹿じゃないのである。
ちゃんと、貯金は持ち出していたのだ。
妹に迷惑をかけるわけにはいかないので、私は私で、自立した生活を送らねばならないだろう。
と、話はがらりと変わってしまうが、それとは別に気になることがった。
「そういえば、ウルはなぜ、私のことは呼び捨てでアテナのことは『さん』付けなんだろうか?」
「おや? そのような些事が気になるのですか?」
「ちょっとだけ気になっただけだ」
「恐らくは……私からにじみ出る偉大なオーラを、野生の勘で感じ取ってのことでしょう」
「そうか」
「…………。スルーされるのは、とても寂しいものなのです」
「面倒くさい奴だな……」
状況は違えども、アテナとのいつものやりとりに、どことなく安堵してしまう自分がいるのだった。
そしてウルに稽古をつけるがてら、とりあえずは手近な街を目指すことに──
※ ※ ※
都市ドルントは、何の変哲もない普通の街である。
これといって特色もなく、魔族領にいくつもある都市のひとつ、としか言いようがなかった。
徒歩だったので、一番近くにあったこの街に到着するのも、1日ほどの時間を要してしまっていた。
馬車が必要だなと思ったものである。
ちなみにアテナは歩くのは嫌ということで、勝手に精神世界に帰っていた。
私とルウがてくてく歩いている間、彼女は優雅にぐーすか寝ていたというわけである。
「ウルがいてくれて助かったな」
「えへへ。これくらいは、役に立たないとね」
街に入る際、検問にてウルの冒険者カードが役に立っていた。
Eランクとはいえ、身分が明らかになるものがあるとないだけで、街に入るにはその際の手間が大きく違うのだ。
同行者ということで私は書類に簡単な必要事項を記入するだけで、私はあっさりと街に入ることができていた。
何かトラブルがあった場合は、全責任をその冒険者が負うことになるというリスクと引き換えに。
それとは別の理由もあったりする。
どうやらウルはこの街を拠点にしていたようで門番らとも顔見知りとなっており、真面目に冒険者としてクエストをこなしている姿が評価されていたので、信頼性が高かったというのもあったのだ。
ウルが見込んだ相手なら、ということで私に対する警戒も少なかったというわけだ。
この街の警備は意外とザルだな・・・と思いつつも、ウルには余計な手間を省いてもらったのだから、やはり彼女には感謝してもいいだろう。
そして私はウルの先導のもと、普通に活気のある通りを歩き、冒険者ギルドへと向かうのだが……
「やっぱクレアはすごいねー」
「ん? いきなりどうした?」
「もしかして気づいてないの? めっちゃ、男の人から見られてるじゃん」
「ああ……そのことか」
通りを行く男たちが、下心丸出しといった顔で、不躾な視線を私に向けてくるのだ。
「気にならないの?」
「んー……今更だな」
そう、私にとっては、このような視線はもはや
魔王城では、様々な視線にさらされてきたのだから、いまさらこの程度、気にするまでもない。
それに、私の氷の美貌をもってすれば、その辺の男が魅了されても仕方ないのである。
これが貴族令嬢の立ち振る舞いなんだ……と、ウルから羨望の眼差しが向けられてくる。
そんなやりとりをしながら、私たちは冒険者ギルドへと──
「何……? 登録できない……?」
私は、戸惑いの声を上げる。
冒険者登録をするために、受付カウンターにあるオーブに手を充てた後。
赤く明滅したオーブを見た受付嬢が、厳しい表情になっていた。
「貴女の指紋がブラックリストに登録されているのです。これでは、当方としましては登録を容認するわけにはいかないのです。何か心当たりがあるのでは?」
「馬鹿な……」
室内の視線が一瞬だけ私に向いたが、すぐにその視線が四散する。
どうやら珍しい光景ではないようで、興味本位でちらっと見た、といっただけだったようである。
「私がブラックリストに登録された理由は何なんだ?」
「そこまでのことはわかりかねます。中央の本社からの指示ですので」
「中央……」
恐らくこの受付嬢が言っているのは、魔都オベリスタのことだろう。
魔王城がある、魔族国の首都である。
(まさか……
それしか考えられない。
どうやらあいつは、私の女としてのプライドを傷つけるだけじゃ物足りないらしく、私がまともな生活を送れないように、魔王の権力を使って冒険者ギルドに圧力を加えたのだろう。
(ここまでするのか、あの男……)
それだけ私への敵意が強いということなのだろうが……
こうなると、魔族国での冒険者登録は絶望的だろう。
困ったことになったな、と私が思っていると、神妙な顔つきをしているウルが声を挟んできた。
「クレアは犯罪者とかじゃないよ!」
「ウル……?」
「ウルちゃん……?」
「クレアは貴族の出だけど事情があって家を追い出されたんだ。だからきっとその事情のせいで、冒険者ギルドに圧力がかけられたんだと思う。貴族ならではの嫌がらせなんだよきっと」
すっかり私が貴族の出であるということを信じているようで、ウルの声にはよどみがない。
どうやらウルとは顔見知りのようで、受付嬢があっさりと彼女の言葉を信じたらしく、私に対する警戒心や先ほどまでの厳しい表情が和らいでいた。
「なるほど……貴族、追い出された……確かに貴族なのでしたら、本社に働きかけが出来ても不思議ではありませんね。……上流貴族となってきますが」
「クレアが犯罪者じゃないってわかったんならさ、どうにかなんない? お姉さん」
「うーん……いくらウルちゃんの頼みでも、こればっかりは規則なんですよねぇ……」
「ちょっとくらい規則を曲げたっていいじゃーん。ねー? お願いだよ、このとーり!」
「いやいや……頭を下げられても……」
「お姉さーん、お願いだよー! クレアはあたしの恩人なんだしさー」
「うーん……そう言われても……」
上目遣いで懇願してくるウルを前に、受付嬢は困ったように困惑を見せてくる。
尻尾を可愛らしくフリフリされ、獣耳もピクピク動かされては、受付嬢も邪険にはできないのだろう。
どうやらウルは、この街ではうまくやっているらしい。
そんな事実になんとなく安堵しつつ、私は微笑を浮かべながらやんわりとウルを受付嬢から引き離す。
「ウル、気持ちは嬉しいが、あんまり
「えぇー? でもさ、登録できないとクレア、困らない?」
「まあ……どうにかするさ。あなたにも迷惑をかけたな、すまない」
「あ……いえいえ。こちらこそお力になれなくて、申し訳ありません」
ウルとの微笑ましいやりとりがなくなったことで少し残念そうにしながらも、受付嬢にはもう私に対する警戒心がなくなっていた。
※ ※ ※
「……なるほど。あの
冒険者ギルドを後にした私は商店街へと向かうがてら、アテナを召喚して事情を説明しており、それを聞き終えた彼女は無表情ながらも嘆息を吐いていた。
ちなみにウルは、一度滞在している宿に戻るといって、いまは別行動だ。
落ち合う場所と時間はすでに決めているので、後で合流予定である。
「では、これからどうするので?」
「とりあえずは、当面はウルの冒険者カードをアテにさせてもらうってところだろうな」
受付嬢曰く、魔獣の部位の取り引きやクエスト受注には、パーティの代表者が冒険者カードを所持していればいいようで、事情で冒険者登録できなくても、そういった方法があると教えてくれたのだ。
正規の職員がそういった法の抜け穴的なことを教えるのは如何なものか……と思ったものである。
とはいえ、提示されたランクカードに対応したクエストしか、受注できないが。
「なるほど。13歳の女の子におんぶにだっこですか……堕ちるところまで堕ちましたね、クレア様」
「……お前ってやつは。どうして気にしていることを、あっさりと口にするのか」
「主に隠し事はしない。私のモットーですので」
「少しくらいは、オブラートにしてくれてもいいんだがな」
「おやおや。クレア様は、ガラスのハートの持ち主でしたか。はあっと息を吐いて磨いてあげましょうか?」
「結構だよ。っと、見えてきたな」
通りを歩いていると、目的地が見えてきた。
商店街という名の、青空市場である。
露店には様々な商品が所狭しと並べられており、商人たちの威勢のいい声が飛び交っている。
時間帯のためか買い物客の姿も多く、人でごった返しており、大いににぎわいを見せていた。
なぜここに来たかといえば、今後に備えての食料や日用雑貨の確保が目的である。
「食料はもとより……食器は必要だな。あとコップもか。ナイフやフォークも一応いるか」
「川の水などを貯水しておく物も必要かと」
「ああ、確かに。この道具袋の口に入る大きさで、手ごろなものを探そうか」
などなど、アテナと共に今後必要になるであろう雑貨等を、入手していくのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「ふんふんふーん♪」
ウルは滞在している宿の部屋にて、上機嫌で荷造りをしていた。
尻尾がフリフリと動いており、獣耳も嬉しさを隠せない様子でピクピク動いている。
この部屋を引き払い、クレアたちが滞在する宿に一緒に泊まるか、あるいはクレアたちに同行して寝食を共にするか、どちらにしても彼女にとっては、この部屋を引き払うのに躊躇いはなかった。
しばらく世話になった部屋なので多少の愛着はあれど、やはり借り部屋というのは落ち着かないのだ。
「……それにしても。クレアが冒険者登録できなかったのは、残念だったなぁ」
荷造りの手を止め、思い出したように独りごちる。
「貴族ってのは面倒くさいんだね、きっと」
でも、とウルは思ってしまう。
クレアには悪いと思っても、ウルにとっては好ましいともいえたからだ。
「これであたしとクレアは、ウィンウィンな関係だよね」
クレアがウルの冒険者カードを利用し、ウルもクレアに稽古をつけてもらえる。
一方的に頼るのは嫌だなと思っていただけに、これで少なくとも、負い目はなくなったといえるのだ。
「えへへ。あたしも運がいいよね。クレアみたいな優しくて強いヒトに出会えてさ」
故郷を飛び出して今日まで、ずっと心細い思いをしていた。
でもいまは、頼ってもいい相手がいるのだ。
このことは、13歳という幼いウルにとって何物にも代えがたいものだった。
きゅっと唇をかみしめて、思い詰めた表情になる。
(あたしは強くなる……ならなきゃいけないんだ……)
思い出されるは、故郷の村のこと……
「早くクレアみたく、強くならなきゃね……!」
暗い表情は一転して元気なものへと変わり、再び身支度を再開。
「そういえば……クレアってすっごい美人さんなんだよねぇ……」
種族の違いで多少の美醜の価値観が違うとはいえ、街でのクレアに対する男たちの態度から、クレアがただの美人ではなく、とんでもない美人であることは、ウルにも理解できていた。
「貴族だし強いし美人だし優しいし……稽古の時はちょっと怖いけど。でも、非の打ちどころがないよね!」
嫉妬というよりも、ただただ羨望である。
「……でも。そこまで完璧なのに、なんで家を追い出されたんだろう……?」
疑問に思ってしまう。
自分にも事情があり、あまりヒトに言いたくないこともあるので、クレアの事情もあえて深くは聞かなかったわけだが……気にならないといえば嘘になってしまう。
「うーん……お家騒動とか、なのかなー?」
あながち的外れともいえない想像をするのは、野生の勘が働いているからか。
しかしながら、当の彼女にはその真相を知る術はないのである。
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