第4話 「魔王様、狂精霊と相対する」
ゆらゆらゆらと、私の意識は暗闇の中を漂っていた。
ああ……これは夢か、と認識すると、目の前にとある光景が映し出されてきた。
場所は、見慣れている魔王城内にある演習場。
私と剣を打ち合い、弾き飛ばされたひとりの青年。
そんな青年を心配そうに見つめる童顔の少女。
「どうした? この程度か? それでは、妹との結婚は認められないな」
私は冷然と言い放ち、慣らす様に剣をひと振り。
宙に一条の蒼の軌跡が描かれ、舞い散る雪のような蒼雷の残滓が解けるように消えていく。
(……ああ、これはあの時のか……)
妹との結婚許可を求めてきた日の出来事。
交際していたことは知っていた。
まあ交際程度ならばと黙認していたのだが、結婚となってくると話が違ってくるのだ。
「大事な妹を任せるのだ。だから弱い奴に任せることはできない。いざという時、妹を守れるだけの最低限の強さくらいは持っていてもらわなくてはな」
この当時、まだ彼は№3の実力者ではなかった。
実力だけでいえば当時でも№2だった
「く……」
「マイアス!」
「だ、大丈夫だよ、ラーミア。僕は、まだやれる……っ」
悲痛な声をあげる
その両目には闘志が消えておらず、爛々と熱を持っていた。
(魔王という立ち位置にいる以上、私には多くの敵がいたからな……)
外部だけでなく内部にすらも。
万が一、私の身に何かあった場合、血縁である妹にも危害が及ぶ可能性がある。
そのためにも、凶刃から妹を守るだけの強さが必要なのだ、妹の夫には。
早くに両親を亡くした私は、妹の親代わりとして必死に妹を守ってきたのだ。
妹とは歳が離れていることもあってか、いつしか私は姉じゃなく母親のような感覚も抱いていたりする。
魔王は世襲制ではなく、実力主義社会の産物であり。
妹を守るために必死になっていたら、気づいたら最強魔族となっており、魔王の座にいたというわけなのだ。
自分で言うのも何だが、責任感の強い私は妹だけじゃなく、国民にも責任を持つことになるわけだが……
そのせいで結果的に妹に危害が及ぶ可能性が出てしまったことは、なんとも皮肉な話ではあった。
だから妹には私のような驚異的な魔力や戦闘力はないので、絶対に守ってくれる存在が必要なのだ。
「立ち向かうだけなら誰でもできる。必要なのは結果だ。私に結果を示して見せろ」
「……言われるまでも、ない!」
漲る闘志を吹き出して、青年が私に飛び掛かってくる──
結果。
その日は、青年をボコボコにして終わる。私に一撃たりとも入れることはなく。
次の日も、青年は私に挑んできた。しかし結果は変わらない。
さらに翌日も……しかし、青年の敗北は覆らない。
そんな変わらない結末の日々が、何日も何日も続いていく。
私は決して手を抜かない。抜くわけにはいかない。
なにせ、妹の将来がかかっているのだからだ。
生半可な相手に、大事な大事なたったひとりの肉親を任せることはできない。
私の想いを尊重してくれているのだろう。
妹は、恋人をボコボコにする
決して諦めない青年は、日々の私との戦いの中で、めきめきと力をつけていった。
それもそうだろう。
ある意味で、最強魔族である私に、直々に鍛えてもらっているようなものなのだから。
「踏み込みが甘い! 私を舐めているのか!」
「くそおおおおおおおおお!」
「攻撃が単調すぎる! お前は馬鹿なのか!」
「くそおおおおおおおおお!」
「必ず追撃がくると思え! 油断をするな!」
「くそおおおおおおおおお!」
「なんだこの火炎球は! 片手で払えるぞ!」
「くそおおおおおおおおお!」
いつしか青年は、私との戦いを経て、№3の実力者へとなっていた。
それでも、私との実力差は歴然としていた。
これだけ戦っていると、いくら強さを得たといっても、彼の戦い方の特徴や癖を把握してしまったからだ。
なので、今日もまた青年は私に膝をつかせることはできず、逆に自分が地面に膝をついていた。
「はあ……はあ……はあ……今日も、ダメだったか……」
「マイアス、また明日がんばりましょう? ね?」
寄り添うふたりへと、私は静かに言っていた。
「その必要はない」
「え……?」
目を丸くする妹に、私は微笑を向ける。
「いい伴侶を得たな、ラーミア。お前たちの結婚を認めよう」
「「え……!?」」
突然の展開に驚くふたり。
(これだけひたむきに妹を想っている姿を見せられては……さすがに、な)
妹への想いが本物であることはわかり、そして納得できるだけの実力も身に着けている。
妹が私から離れる……もう私の庇護を必要としないという事実に、寂しさを覚えてしまうが。
彼になら──義弟にならば、大事な妹を任せても大丈夫だろう。
しかし……
(初めて、妹が羨ましいと思ってしまったんだったな……)
自虐の笑み。
そして、そういえばと思い出す。
(マイアスが哨戒任務に出ている時に、あの勇者が襲撃してきたんだったな……)
もしあの場に彼がいたならば、違った結果になっていたことだろう。
偶然にそういうタイミングだったのか、それとも……
(まさか、な……)
すると。
身体を激しく揺さぶられる感覚でもって、私は意識を夢から現実へと戻すことに──
※ ※ ※
「……ん?」
「おや。やっと起きられましたか」
私を揺さぶっていたのだろう。私の身体に触れていたアテナが、私が目覚めたことに気が付いた。
……にもかかわらず、尚も私の身体をガクガクと揺さぶってくる。
「……いや、ちょっと待とうか。私が起きたの、気づいたよな?」
「はい」
「……じゃあ、なんでまだ揺さぶるんだ?」
「さあ? なぜでしょう?」
寝起きでこれだけ激しく揺さぶられると、さすがに気持ちが悪くなってくる。
しかしアテナの凶行は、割と近くから聞こえてきた爆音で中断された。
「なんだ……?」
「
「……そうか。私はどれくらい寝てたんだ?」
「3時間程かと」
「たったそれだけか……どうりで、まだ眠気が取れないわけだ」
「ですがこのまま起こさなければ、最悪の場合、そのまま永眠という可能性もあります」
「わかってる。起こしてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
そんなやり取りを交わしている間にも、何やら物騒な音が近づいてくる。
真っすぐにこちらに向かってくるというよりは、その気配はジグザグに近づいてきており、結果的にはこちらに向かってきている、といった感じのようだった。
──そして。
私が剣を抜くのと、小川を挟んでの向こう側の木々から、その人物が飛び出して来るのは同時だった。
息も絶え絶えに飛び出してきたのは、満身創痍の狼人族の少女だった。
開けた場所に出たことで足元の小石に蹴躓き、思わず転倒しそうになるもどうにかバランスを保ち、私に気付くや、一目散に小川を突っ切て来た。
「た、た、助けて! おわ、追われてるんだ……!!」
私にしがみついてくる狼少女に目を向けることなく、私は彼女が飛び出してきた木々へと鋭い視線を向けていた。
やがてそこから姿を現すは、全身的に色素の薄い、浮遊する女性。
ハッとするような美しい造形の容姿だったが、血走った目や半狂乱の様子が台無しにしていた。
「……なるほど。このねばりつくような不快な感覚は、狂精霊でしたか」
瞳を細めたアテナが、平坦な声音で言ってくる。
同じ精霊種であることから、アテナにはその気配が何となく伝わっていたのだろう。
とはいえ、人間と同じように精霊にもいくつかの種が存在しており、その狂精霊は浮遊していることから、アテナとは違う種ということが見て取れる。
「狂精霊?」
初耳だった私が眉根を寄せるも、アテナは淡々とした様子を崩さない。
「悠長に説明している場合ではないかと」
「確かに、な」
『私のジェイを殺した奴は許さないぃぃいい!!!』
狂精霊が絶叫する。
心無か、周囲の温度が下がったような気がする。
私は自分にしがみついてブルブル震える狼少女を見下ろした。
「お前、誰か殺したのか? 犯罪者なのか?」
「違うよ! あいつが勝手に言ってるだけだから! あたしは薬草を採取してただけだから!」
「狂精霊と化した精霊の意識は、すでに正常ではありません。恐らくこの少女は、運悪くあの狂精霊の視界に入ってしまったのでしょう」
「あたしは何もしてないから! 信じて!」
「……ふむ」
見ず知らずの狼少女を信じろという方が無理な話なので、アテナの指摘を信じることにした。
とはいえ、アテナもこの少女が犯罪者ではないと否定はしていないのだが……まあ保留だ。
いつまでも、呑気に話している暇はないのだから。
『みんな殺すうぅぅうう!! 道連れにしてやるぅぅうううぅ!!!』
吼えた狂精霊が鬼様な形相になり、私たちへと飛び掛かってくる。
浮遊しているだけに小川を簡単に飛び越え、頭上から襲い掛かってきた。
「ひ……っ」
「お前は下がっていろ。アテナ、援護を頼むぞ」
怯えた少女は戦力としてアテにならないと即断した私は、少女をその場に残し、狂精霊へと走る。
「やれやれ。私は戦闘に向いていないのですが……」
嘆息交じりに呟いたアテナが片手を上げるや、今まさに私と衝突する寸前だった狂精霊の足もとの”影”から大きな影の手が伸び、狂精霊の身体を拘束していた。
『ふぇえええぇ……!?! 動けないぃいいぃ……っ!!?』
精霊であるアテナが得意とする影術である。
相手の影を操れるのだが、影がなければ何も出来ないというデメリットもあったりする。
しかも影で拘束したとしてもその影がなくなればあっさり無効化されるという面もあり、使う場面はかなり限られてしまう。
「降りかかる火の粉は払わせてもらうぞ!」
身動きできない狂精霊へと、蒼の斬撃が吸い込まれていく──
『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
耳をつんざく甲高い絶叫。
叫びが衝撃波を伴っており、思わぬ攻撃を受けた私は弾かれてしまう。
「っ……、なんだいまのは……?」
宙で態勢を直して足から着地すると、耳を両手で塞いでいたアテナが淡々と説明してきた。
ちなみに、狼少女もいまの攻撃を予測していたようで、ちゃっかり耳を押さえていたりする。
「狂精霊には”嘆きの悲鳴”と呼ばれる超音波の攻撃方法をもっています。知らなかったのですか?」
「……だから、言っただろうが。私は狂精霊自体、今日初めて知ったんだと」
「おやおや。無知とは罪であるという言葉を、包装紙にくるんで送りましょう」
「いらんわ! というか、これでは下手に近づけないな……」
影に拘束されている狂精霊は、次の悲鳴を上げる準備をしているのか口をもごもごさせており。
それに伴い、拘束している影の手が、ぎちぎちと嫌な音を上げ始めていた。
「……む。クレア様、早く何とかして頂かないと、拘束が持ちそうにありません」
「そうか……よし。ここはお前が可能な限り時間を稼げ。その間に私は遠くへ撤退するとしよう」
「……本気で仰られているので?」
「割とな」
「……拘束が破られた場合、真っ先に私が狙われるでしょうね」
「ああ。お前の尊い犠牲、無駄にはしないから安心しろ」
「なるほど。先ほど無理矢理魔力を頂いた事、根に持っておられたとは。心が狭い主ですね。こうなれば仕方ありません。死なばもろとも。いますぐに、拘束を解こうと思います。あの世で再会しましょう」
「それは無理だな。私は天国だがお前は地獄だろう? 日ごろの行いを思い出せ」
「ふふふ。面白いご冗談を」
「いやいやいや! ふたりとも何言ってんのさ! 冗談言ってる場合じゃないだろ!!」
私とアテナが、いまにも拘束を破ろうとしている狂精霊を前に呑気に言い合っていると、顔面蒼白の狼少女がツッコミを入れてきた。
私は思い出したように、彼女へと視線を向ける。
「なんだ、まだ逃げてなかったのか?」
「いや……さすがにさ。あたしだけ逃げるのは気が引けるっていうか……」
「ほう? なかなか立派な心掛けじゃないか」
ならば、と私は彼女を戦力として数えた作戦を提案する。
「えー……まじで? あたし、自信ないんだけど……」
「仮にも獣人だろう? 他の人間種よりも身体能力は高いはずだと思うが?」
「そうだけどぉ……」
「お二人とも、猥談はその辺でよろしいですか?」
「えぇ……!?」
「アホか! こんな時にするわけないだろうが」
「いよいよ冗談抜きで、拘束が限界です」
いつの間にかアテナは、片手だけじゃなく両手をかざしており、その額には薄っすらと汗が浮かび始めており、それに比例するように狂精霊を拘束している影の手が悲鳴を上げ始めていた。
私は尻込みする狼少女へと、諭す様に言う。
「自信があるないの問題じゃない。やらなければやられる。だから、やる。それだけだ」
「うー……わかったよ。その代わり、ちゃんと一撃で仕留めてよね!」
「無論だ」
「あたしはウル。あんたは?」
「私はクレアナード。クレアでいい」
「おっけー。んじゃ、クレア! ……いっくよーーーー!!」
吹っ切ったように狼少女──ウルが叫んだのに合わせ、私は狂精霊へと火炎球を解き放っていた。
※ ※ ※
『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
”嘆きの悲鳴”と火炎球が激突し、盛大な爆発が巻き起こる。
爆炎が吹き上がり、土砂が舞い、爆煙が立ち込める。
「せっりゃあああああああああああああ!」
まだ拘束が解けていない狂精霊の側面から、獣人族の高い身体能力を存分に生かして素早く移動していたウルが、右手に装備している鉤爪で斬りかかっていた。
『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
「うひ……っ」
近距離からの衝撃波を、攻撃を中断したウルはどうにか身をよじって回避する。
しかし完全には避けきれなかったようで、左腕があらぬ方向にねじ曲がり、激痛が彼女を襲う。
「ったあああああああい!!!」
『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』
「ひい……っ」
涙を浮かべながらも慌てて飛び離れた地面に衝撃波が炸裂し、地面に大きな穴を穿つ。
飛び散った小石や土砂が頭から降り注ぎ、ウルの全身はたちまち汚れしてしまい。
そこでついに、狂精霊を拘束していた影の手が、ぶちっと千切れ飛んでいた。
自由の身になった狂精霊が、情けなく尻もちをついているウルめがけて飛び掛かり、息を吸い始める。
「ヤッバ……っ」
獣人の身体能力は、人間に比べると比較的に高い。
しかし限度というものがあり、
「だから囮は嫌だったんだ! 死んだら化けて出てやるーーーー!!」
「──勘弁してくれ」
蒼雷の一閃が迸り。
背中を深々と切り裂かれた狂精霊から声なき断末魔が。
間断なく返す刃で袈裟懸けに切り払い、トドメとばかりに、バランスを崩していた狂精霊の首を撥ね飛ばしていた。
『あ……あ……あぁ……ジェ、イ……』
宙に舞う狂精霊の身体が蒼雷に焼き尽くされていき、やがて跡形もなく消滅していった。
※ ※ ※
※ ※ ※
「はあ……はあ……ぐう……っ」
「ジェイ! ああ、しっかして……!」
森の中、一本の幹に背中を預けた青年──ジェイは、そのままぐったりとしてしまう。
全身は傷だらけでいて焼け焦げており、たちまちその場に血の池が出来始めていく。
ジェイは勇者のひとりとして、あの最強勇者と共に魔族領に潜入していたのだけども、魔族の攻撃を受けて彼とはぐれてしまったのだ。
しかも運が悪いことに、ジェイの前に立ちふさがった魔族が強かった。
哨戒中だったようで、遭遇した時は向こうも驚いていたようだけど。
炎の魔剣を操る優男……
こいつこそが”魔王”なんじゃないかと錯覚すらしてしまう。
だからというべきか。
奮戦したものの、ジェイは敗北してしまった。
深手を負った彼は最強勇者の後を追うことはできず、撤退せざる得なかった。
なぜか……あの魔族は追跡してこなかった。
慈悲だったのか。
あるいは、放っておいても勝手に死ぬだろうと思って放置したのか。
その通りであり……致命傷を負っていた彼は──ジェイは、もうすぐ死ぬ。
回復アイテムはすべてあの魔族との戦いの際に使いきっており。
彼や私は治療魔法が使えなかったのだ。
「ああ……ジェイ……お願いよ。私を置いて逝かないで……」
「……すま、ない……君を……独りにして、しまって……」
それきり、彼は動かなくなった。
愛しのジェイ……
私にとって、彼がすべてだった。
彼のためなら、死んでもいいとさえ思っていた。
それなのに。
最愛の彼は、私を置いて逝ってしまった。
「あ……ああ……あああ……ああああああああああああああああああああーーーーー!!!!!」
涙が溢れ。
絶叫で声が枯れ。
悲しみが絶望となり、怒りへと代わり、怨嗟へと堕ちていく。
心がドス黒くなっていく……
もうどうでもいい……
彼がいない世界なんて……
彼の死体を見つめながら、いつまでそこにいただろうか。
ふいに、気配がした。
狼人族の少女のようだけども……
その姿が、あの炎の魔剣をもった魔族へと変わった。
憎い憎い憎い……
にくい、にくい、にくい、にくい……
私から彼を奪った魔族……
憎悪が、後から後から止めどなく湧き上がってくる……
『許さないイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!』
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