第三十三話 成長の実感

「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!」


 浅黒い硬質な皮膚に覆われた巨体。鼻先から突き出した鋭い角は相対する僕らに明確な殺意を突きつけてくる。鼻息荒く、今にもこちらに襲い掛からんばかりに地面を踏み鳴らすサイ型の魔物――犀皇ライノーと僕らは拠点からほど近い森の中で対峙していた。


 血走ったライノーの目。過去の襲撃の恐怖が僕の身体を襲う。

 ライノーのレベルは8。対する僕らはパーティ全員がレベル9を超えている。大丈夫、負けるはずがない。僕は呼吸を整えると手にする槍を構える。


「みんな。やはり僕も手伝います」


「いえ。大丈夫です。この戦い、僕達だけでやります」


 背後から様子を見守ってくれているナイトからの提案を僕は、断る。スミスやシーフと言った他のギルドメンバーは他の魔物がこの場に乱入しないよう露払いを行ってくれていた。

 

 この戦闘は、僕らパーティだけで行ってこそ意味があるのだ。僕らが対峙する強敵のライノーは僕たちにとって特別な存在なのだ。

 僕らパーティが遭遇した中で一番の強敵であり、ライノーは僕らにとって異世界の恐怖の象徴と言える存在だ。そんなライノーを僕達だけの力で倒す。それこそが僕たちの自信につながるのだ。

 ここからの戦いは熾烈を極めるだろう。迷いがある状態ではとても乗り越えることはできない。今の僕たちにとって、自信を付けることはこれからの戦闘を乗り切るために必要で、この戦いはその通過儀礼なのだ。


 改めて決意を固めた僕は同じく盾役であるエイムとともにパーティメンバーの前へと移動する。




「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!」


 上がる雄たけび。まず動いたのはライノーだ。最も近くに位置する僕へと狙いを定めたライノーは突進の勢いそのままに僕へと角を突き立てようと頭を下げた。


 ガキン、と鳴り響くのは衝撃音。硬質化した僕の皮膚とライノーの角がぶつかり合い激しく音を散らす。角の先端からわずかに身を逸らした僕は角をつかんだのだ。『軟化』と『硬化』を駆使し固めた足場のおかげでライノーの突進にも吹き飛ばずに踏ん張ることに成功する。


「ぐっ」


 けれども当然衝突により生じたダメージが僕の身体を激しく襲う。レベルアップの際にドロップしたメダルをつぎ込みスキルレベルを2にまで上げた『硬化』だが、ダメージを受けきるには当然至らない。角を抑え込まれ動きを止めたライノーは、僕の拘束から逃れようと体を震わせる。伝わる振動に合わせ体が悲鳴を上げる。


「サイチさん、大丈夫ですか」


「ああ。なんとかな」


「俺も手伝うぜ」


 『甲化』を発動させたエイムと、ニイトが角の抑え込みに加わってくれる。僕らの役割はライノーの動きを封じることだ。僕らはライノーをまっすぐに見つめ、角を握る腕に力を籠める。




「ひゃはは、次は俺様の出番だね」


 駆け出すマスミがスキルを発動させる。前足を振り上げ接近する二人に反撃を試みるライノーだが、マスミはそれを『回避』で躱す。攻撃を外したライノーの姿勢が傾く。その隙を見逃さず僕らは思いっきり角を引っ張る。


 ライノーを倒れる寸前まで持ってくることには成功したが、そこで踏ん張られてしまう。巨体は大きく右側へと傾くがそれ以上にはバランスを崩させることはできない。


「たああああああああああ!」


 だが、マオにとってはそれだけの隙があれば充分であった。上体が傾いたことで露出したライノー腹部をマオはスキルにより倍率の乗った筋力で殴りつける。




「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!」


 巨体が宙を舞う。

 硬化した皮膚に覆われていない腹部に突き刺さったマオの攻撃によりライノーはそのまま森の木々をなぎ倒しつつ吹き飛ばされたのだった。ニイトの『探知』によりタイミングを計り、ライノーの元から退避を済ませていた僕ら。倒れ伏すライノーに慎重に近づくが、その巨体がもう動き出すことはなかった。


 そう。僕らはライノーを倒したのだ。



 


「みんな、おめでとうございます。まさかこれだけ鮮やかにライノーを倒してしまうなんて、驚きました」


 戦闘の一部始終を見ていたナイトは手を叩いて僕らを称賛してくれる。


「僕ら自身も信じられません。あのライノーを僕たちが倒すことができたなんて」


 最初にライノーと出会ったとき、僕らは死を覚悟したのだ。今生き残っているのはたまたま運が良かっただけだ。けれども僕らも成長し、ついにライノーを倒すまで力を付けたのだ。その事実に歓喜がこみあげてくる。

 周りを見回せば、その気持ちはパーティメンバーも同じであるようだった。皆がそれぞれ歓喜の表情を浮かべていた。


「ひゃはは。ドロップしたのは『甲』の因子だね」


 ちゃっかりとライノーの元からメダルを拾ってきたマスミ。『甲』の因子、それもライノーの物ということはスキルレベル3に相当する因子のはずだ。エイムに装填されている『甲』の因子のスキルレベルは1だ。入れ替えるだけで大きな戦力アップが望めるだろう。


「それに今の戦いで私たちはレベルアップを果たしたみたいですね。これでマオさんだけじゃなく、全員がレベル10になりました」


 どうやらエイムは『鑑定』を発動させていたようだ。強敵であるライノーを倒したことで皆のレベルが上がったようだ。レベル10、つまり三枠目のスロットが追加されたということだ。


「じゃあ、これでみんな新しいスキルが取得できるね」


「ああ。でもその前に、ナイトさんが言っていた【魔】の因子への適性を調べないと」


「うん。みんな、魔法がつかえるといいよね!」


 マオの言葉に僕は頷く。魔法が使用できるようになる【魔】の因子だが、装填するには個人の適性が必要なんだそうだ。

 先にレベル10に到達していたマオだが、【魔】の因子が装填できるかどうかはまだ確かめていない。


「私が装填できなかったら一人だけ寂しいでしょ? みんな一緒なら他にも装填できない人がいるだろうから悲しくないよね」


 ということらしい。まあ、皆の魔法適性を見てからどのスキルを取得するか考えるつもりなので、希望を尊重することとなったのだ。


 僕らは【魔】の因子への適性を確かめるべく、一度拠点へと戻った。





「みんな、ただいま」


「あ~、ナイトだ~。みんなも、おかえりなさいなの~」


 僕らが拠点へと戻ると拠点で留守番をしていたヒーラが出迎えてくれる。ナイトに駆け寄ったヒーラは嬉しそうに腕に捕まった。


「それで、サイチさん達のレベル上げは成功したの~?」


 ヒーラはナイトからぶら下がりながらの姿勢で楽しそうに問いかける。ナイトは笑顔を浮かべながらそっとヒーラを地面へと下ろした。


「はい。無事みんなレベル10に到達しました。これから【魔】の因子を試してもらうつもりです」


「それはおめでとうなの~。ウチらの準備の方も順調に進んでいるの~。これでナイト達戦闘班の戦力が整えばきっと異世界攻略に一歩近づけるの~」


 大げさに喜びを表現するヒーラに僕らもつられて笑顔になる。ヒーラ達、拠点に待機するメンバーには現在とある作業を行ってもらっている。彼女たちの作業が済めば、いよいよ本格的な異世界攻略を始めることになる。ゆえに、その前段階として僕らパーティの戦力強化が必要であったのだ。


「ヒーラ達、待機組の皆も頑張ってくれているようですね。では、僕たちは僕たちの役割を果たしましょう。皆さん。これを」


 ヒーラも見つめる中、ナイトは僕らへ五枚のメダルを差し出す。そこに刻まれているのは【魔】の刻印だ。

 ナイトの説明では【魔】のメダルをドロップするものは希少なようで、魔物を数多く葬っているナイト達でも現状この五枚だけしか【魔】のメダルを持っていないのだという。

 今後ナイト達のレベルが上がった際に、獲得したスロットへ【魔】の因子を装填することも考えるとナイト達にそのままメダルを持っていてもらうという策も考えられるが、今は戦力が圧倒的に足りていないのが現状だ。

 僕らパーティの中で何人かが魔法を使えるとすればそれは大きな戦力アップにつながるのだ。目の前の脅威を前にメダルを出し惜しみをしていられるほど僕らには余裕がないのである。


 僕らはナイトから一枚ずつメダルを受け取る。これがスロットに装填できれば適性があるとして魔法を習得できるらしい。逆に適性が無ければメダルは装填できず、はじかれてしまうという。


 ナイト達が実際に装填して確認したところでは【魔】の適性を持つのは五人に一人ということだ。それは、僕たちの中で一人、いや下手をすれば一人も適性を持っていない可能性もあるということだ。

 僕は自身の持つメダルを見つめる。




「ねえ。怖いからみんな一緒に装填しない?」


「ああ。そうだな。一斉に行こう」


 マオの言葉に僕も頷く。不安もっているのは僕も同じだ。

 いくら意気込んだところで適性が変わるということはないだろう。けれど一度きりのチャンスだ。緊張するなと言う方が無理だ。手に力が入るのを感じた僕は緊張を吐き出すように息を吐きだす。


「じゃあ、行くぞ!」


「「「「「装填!」」」」」  


 僕らは各々の胸にメダルを押し当てた。






「サイチさん、残念でしたね」


 洞窟の隅っこに座り込む僕の肩をエイムが優しく叩く。


「【魔】の適性を持っていたのはマオさん、マスミさん、ニイトさんの三人……あーあ。私も”魔法”と言う響きにあこがれていたんですけど、仕方がないですね」


「……」


 僕に掛けられるエイムの声は沈んでおり、【魔】の適性が無かったことが相当ショックだったのだろう。そして、それは僕も同じことであった。


 ”魔法”と聞いて心弾まない男子はいないはずだ。強大な威力に、美麗なエフェクト。ファンタジーを下地にしたゲームに触れたことがある人間であれば一度は妄想したことがあるであろう夢。それが魔法というものだ。


 今まで口では冷静を装っていたが、やはり僕も魔法という言葉に心惹かれていたのだった。けれども現実は無常だ。隣からは魔法を習得したことで浮かれている他のパーティメンバーの喜ぶ声が聞こえてくる。


 落ち込む僕だが、とはいえ考え方を変えれば五人中三人が魔法を手に入れたのだ。確率から考えれば相当高い数値であろう。


 ……僕はため息をつくと、気を取り直して立ち上がる。戦力強化が済んだのなら次に進まなければならないのだ。


 エイムとともに仲間の下に戻った僕は手に入れた魔法をもとに今後の方針を話し合う会議の輪に加わった。

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