第二十四話 異世界人

「ここか? マオが言っていた人間を見た場所って」


「うん。あそこの川べりを歩いているのをみたんだよ」


 洞窟からマオに背負われ移動すること五分ほど。僕らは洞窟から一番近くにあるだろう川の沿岸に来ていた。辺り一帯の湧水が集まってきているのだろう、川には結構な流量があり、向こう岸までは十メートル以上はありそうだ。流れも速く、マオのように身体を強化するスキルが無ければ流されてしまう。

 今、他のパーティメンバーは洞窟に置いてきている。万が一異世界人と遭遇してしまった場合、今は逃げるのが最適解だ。大人数で行動するのは危険だろう。

 マオが異世界人を見たというのは川の向こう岸だという。川に水を汲もうと近づいたところ、ニイトの探知が反応し異世界人との接触は避けられたようだ。


「木々の隙間から見た限りだと転生者か、異世界人か私じゃ判別できないんだけど。たぶん格好が独特だったから異世界人だと思う」


「異世界人か。何人いたんだ?」


「四人組だったよ。剣を持って鎧を身に着けた男、斧を持った大柄の男、大きな杖を持った女、ローブを羽織り顔を隠した性別不明の人の四人」


「その格好なら確かに異世界人である可能性が高いな」


 僕らの衣装はここに来る前の物と同じだ。それだけ充実した装備を転生してきて三日の僕たちが手に入れられるはずもない。まあ、スキルを使うことや、異世界人を倒して手に入れた可能性もあるが素直に彼らが異世界人であると考えるのが自然だろう。

 僕は木々に身を隠しつつ向こう岸を窺う。


「異世界人達はどこに向かっていたか分かるか?」


「うーん。私が見た時には川上に向かって歩いて行ったよ。さすがに目的までは分からないや」


「森に入り込んできたのなら何か目的があってきたと思うんだけど。このままここで待っていれば、また異世界人と遭遇できるかもしれないな」


「えっ!? サイチさん。まさか異世界人と会うつもりなの?」


 マオから素っ頓狂な声が上がる。


「いや、そのつもりはないよ。だけどいつかは戦う相手なんだ。遠目からでも姿を確認しておけたらなと思ってな」


「ああ。それならエイムさんを連れてこればよかったね。『鑑定』スキルを使えば何かわかったかも」


「そうだな。今度来るときにはみんなと一緒に来ようか。だけどいつ来るともしれない相手を待ち続けている時間は僕たちにはないんだ。わざわざ待ち伏せしているわけにもいかないな。ここに来るときは異世界人を警戒するにとどめておこう」


 僕らは更に川へと近寄り先を見渡す。けれども周囲は見渡す限りの木々が続くばかりで、やはり異世界人どころか生物の影すら見えなかった。


 僕らには異世界人が地球へ侵攻するのを止めなければならないという使命がある。異世界人との対峙は、決して避けられない。世界を、コミを取り戻すために僕たちは備えなければならないのだ。僕はこわばった体を自覚しながら川の方へと足を踏み出す。


「うーん。誰もいないね」


「そうだな。仕方ない」


 戻ろうか、と言いかけた僕の口は二の句を継げない。


「っ!?」


 突如後方へと引っ張られる体。僕は無様に地面へと転がされてしまったのだ。





「はは。手荒な真似してすみませんね。でも、少し静かにしていてもらえませんか」


 何者かの手で口が覆われ、地面に組み伏せられる。敵襲!? いつの間に。気づけばいつの間にか背後に回っていた男により僕は引き倒されていた。男は耳打ちするように小さな声で僕に声をかける。

 一体なんなんだ? まさか、異世界人の襲撃? 僕はスキルを発動させる……が、なぜか体には変化が起こらない。


「はは。抵抗されてはかないませんからね。スキルは無効化させてもらっていますよ」


 スキルを無効化? 男から掛けられる声に僕の思考は混乱を極める。首を何とか捻り男を見るとその顔はこの緊迫した状況に似つかわしくない朗らかな笑顔であった。


「大丈夫、安心してください。危害を加えるつもりはありませんから少し大人しくしていてください」


 危害を加えるつもりが無い? この状況で一体なんの冗談だ。男の格好を見れば上下ともに紺色のジャージを着用している……明らかに元の世界の格好。まさか、転生者か。ならば、この状況は一体どういうことだ?


 隣を見ればマオも地面に組み伏せられていた。黒い紳士服に身を包んだ男が鋭い眼光でマオを上から睨みつけている。僕は自身を取り押さえる男へと目を向ける。


「まあまあ、そんな怖い顔をしないで欲しいですね。僕達は君達を助けたいんですから……あれを見てください」


 僕の上に乗る男が前方を指さす。川の向こう岸、男が刺した先の木々の合間から人影が現れた。

 人影は全部で四人。僕は彼らの格好に目を奪われる。あれは、まさか。


「はは。そうですよ、あの人達が異世界人――僕達の敵です」


 僕の身体を抑える力が緩む。僕は戸惑いながらもゆっくりと顔を上げ、茂みの合間から向こう岸の様子を窺いみる。

 川向うを歩く四人組。先頭を行くのは全身を覆う金属鎧に身を包んだ大柄の男だ。兜でおおわれた表情は見ることが叶わない。腰元には鞘に納められた直剣が携えられ、歩くたびに鎧とぶつかるガチャガチャという音が川の向こう岸にいる僕らの元までかすかに聞こえてくるようだ。


 鎧姿の男の後に続くのは全身を覆うローブで頭までを隠した人物だ。その者は特に荷物を携帯しているようには見えず、ただ前を行く鎧姿の男の後をついていっている様子だ。


 三番目を歩くのは身の丈ほどもある杖を構えた女性の姿だった。遠くて表情までははっきり見えないが、印象としてはふんわりとした落ち着いた雰囲気に見える。彼女はゆっくりと周囲を確認しつつ歩を進めている。


 最後尾を行くのは巨大な斧を背負った小柄な男だった。体には使い古した布を巻いているだけで腕や肩などは大きく露出している。その小柄な体躯のどこにそれだけの力があるのか、斧だけでなく、大きなカバンも肩に担いで移動していた。


 あれが、異世界人。僕は息をのむ。

 マオの証言とも一致している。容姿は僕らと変わらない人間の物だ。おそらく間違いないだろう。じゃあ、この僕の上に乗る人は誰だ?


「はは。君たちが不用意に開けた場所へ出ていこうとするものだからつい慌ててしまいましたよ。異世界人に見つかっては争いは必至ですからね。止めるのに手荒な真似をしてすみませんでした」


「いえ、こちらこそ助けていただきありがとうございます。あなた方は、もしかして転生者インベーダーですか?」


 僕の疑問に紺ジャージの男はさわやかな笑顔を返す。


「はい。僕は君たちと同じ転生者。ナイトと言います」


「あっ、転生者のサイチです」


「はは。サイチさんですね。異世界人に見つかっていたら間違いなくあなた方は殺されていましたよ。もう拘束の必要はありませんね。異世界人が立ち去るまでは大人しくしていてください」


「分かりました」


 返事を返すと掛けられていた力が消え、僕はフーと息を吐く。

 上体を起こし改めてナイトと名乗った男を見るとナイトはこちらに笑みを向ける。敵意が無いというのはどうやら本当のようだ。彼が敵でないのなら今は従うべきだろう。


 朗らかに笑みを浮かべる好青年。出会い方さえ違ったものならば確実に好印象を抱くだろう爽やかイケメンだ。格好はジャージ姿とだらしないが、彼が着ると十分見映えがする。


「シーフ。もう抵抗されることはないだろうからそちらの女性の拘束も解いてあげて」


「……分かった」


 黒い紳士服の男がマオの腕から手を離す。シーフと呼ばれた男は表目付きが鋭く冷たい印象を受ける相貌だ。体の線が細く力があるようには見えないがマオを拘束できていたのはそういうスキルを持っているのだろうか。


 僕らは陰から様子を伺いながら異世界人達の様子を見守る。そのまま何事もなく異世界人達は僕たちの前を通りすぎていく。そう思ったのだが。


「ーー」


「GYA!」


 待ち伏せしていたのか、川下へと向かう異世界人達の前にシープエイプが集団で姿を現した。異世界人たちが声を発するが僕にはその意味を理解できない。ただ、今までに聞いたことのない言語であるはずなのだが、なぜか耳なじみがある。そんな違和感を覚えた。

 確認できる個体だけで十以上。シープエイプ達はそれぞれに何かを握っていた。


「GYAGYA!」


 異世界人達は既に迎撃体制に入っているようだ。ローブの人物を庇うように剣使いが前に出て、斧使いと杖使いがその両脇を固める。

 シープエイプは一斉に手にする物体を異世界人に向け投げつける。大きさは拳大であり当たれば相応のダメージを受けるはずだ。


「ーーーーー」


 一閃。剣使いが武器を振るうと向かいくる物体は全て地へと落ちる。


「ーーー」


「ーーーーー」


 杖使いが杖を前に掲げ何かを呟くと風が巻き起こる。斧使いはそれに合わせ斧で地面を砕く。風は大きく渦を巻きシープエイプへと襲いかかる。


「GYAAAAAAAA!」


 巻き上げられた石礫がシープエイプの皮膚を切り裂いていく。戦闘は驚くほどあっけなく終わった。巨大な竜巻となった風はその場で数秒とどまると、急に霧散する。その際に突風が巻き起こり、ローブを着込み顔を覆っていた人物のフードを脱がした。


「……」


「異世界人の凄さに言葉も無いようですね。魔法にスキル。今の僕達では彼らと当たればなすすべもなく敗北するしかありません」


「……ミ」


「? サイチさん、どうされました」


「コミが。コミが居たんだ」


フードが脱げ覗いた顔。ローブの人物。あれは間違いなくコミだったんだ!


「サイチさん、コミさんとはいったい?」


「 コミさんって。命を懸けてサイチさんを事故から庇ってくれた人だよね」


 脳裏にフラッシュバックするコミの笑顔。どうしてコミがここに? 僕の思考は答えを求め渦を巻く。


 コミは実は生きていた? いや。あの時確かにコミは死んだはずだ。ならば他人の空似だろうか。いや、あれは間違いなくコミ自身だ。僕の勘はそう激しく僕へと訴えかけてくる。



「助けなくちゃ」



「えっ? サイチさん、何を」


 コミは生きていたんだ。でも、今はなぜか異世界人と行動をしている。異世界人は僕らの敵だ。このままだとコミは殺される! 川幅は十メートル。とても泳ぎ切れない。『軟化』スキルで橋を……ダメだ。どのみち向こう岸まで皮を引き延ばす必要がある。


「サイチさん! 落ち着いてください」


 襟首を引かれ僕は後ろへと転倒する。駆け出そうとする体をナイトが、マオが引き留める。


「落ち着けって、そんなこと言っている場合ですか! 異世界人たちの中にはコミが! 地球人である僕の友人が捕まっているんです! 助けなきゃ」


「ちょっと待ってください! マオさんの話ではコミさんは亡くなられたんですよね。なら、この世界に転生者として来ているはずはありません。異世界人と行動している以上、あのフードの女性は間違いなく異世界人のはずです」


「でも、あれはどう見てもコミなんです!」


 あれ以来忘れたことなんてない。見間違えるはずがないんだ! 茂みから飛び出そうとする僕を三人は必至で取り押さえる。口を上げようとすれば口を抑え込まれ、僕はただコミがその場を歩き去っていくのを見ていることしかできなかった。

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