第十話 サイクル!?

 異世界に来てから体感で二時間ほどが経っただろうか。僕らは未だ森の中を南へ向け一直線にさまよっていた。太陽の位置は高く、この世界の時間の進みが遅いのか、僕の感覚がずれているのか。ともかくまだ夜までには時間がありそうだ。余裕ができたら何とかして時の流れを計ってみたいところである。


 進むうちに地面に傾斜がついてきた。まだまだ森の終わりは見えない。道中、ニイトの索敵に魔物の反応が三度ほど引っ掛かったが一つの群れに所属する数が多い。僕らは魔物と接触する前に迂回し、避ける道を通っていた。


「はあ、はあ」


 背後から聞こえてくるのはニイトの苦しそうな息遣い。ただでさえ酸で目を焼かれたことで体力を消耗していたところにマスミから殴られたのだ。歩くことも難しい状態であるため、今は『身体強化』を手にしたマオがニイトを背負い移動している。


「マオ、すまねえな」


「フフフフフ。まさか私が男を背負おう日が来るとはね。人生分からないものだよ。心配しなくてもスキルの影響かな、うっちーを背負っていても普段より体が軽いぐらいだから余裕だよ」


 満身創痍のニイトは、マオに負担をかけている現状に引け目を感じているようだ。


「ニイトは敵を『探知』してくれているだろ。こうして移動に専念できるのもニイトのスキルがあってこそなんだから気にするなよ」


「サイチもありがとな。動けるようになったら、絶対借りは返すからよ」


 芯の通った言葉に僕は頷いて返す。ニイトがこの状態である以上、戦闘を行うことはできない。マスミと僕に加え、マオも戦えるスキルを得たわけだが本格的に戦闘を開始するのは拠点を見つけてからだ。

 僕らはできるだけ音を立てないように意識を足元へ向けながら森を行く。





「ねえ、みんな! あれを見てよ」


 エイムと交代し先頭を行くマスミから声が上がる。僕らは何事かとマスミの下へと駆け寄った。


「ひゃはは。あれ、洞窟じゃない?」


 マスミの指さす先には五メートルほどだろうか、切り立った崖がありその一部に横穴が開いていた。僕らは慎重に穴へと近寄っていく。周囲には獣の足跡が無く、『探知』にも生物の反応はひっかからない。


「マスミさん、お手柄ですよ」


「ひゃはは。俺様にかかればこんなものだよ。中は、結構広さがあるみたいだね。もいないみたいだし、とりあえずここで休もうか?」


 マスミは手にした松明で洞窟の中を照らす。松明の明かりは洞窟の入り口付近を照らすが、奥にまだまだ続いているようだ。僕らは顔を見合わせると松明を持つマスミを先頭に二列になって進む。

 穴の横幅は三メートルほど。人が十分にすれ違える広さだ。慎重に進むこと数分。洞窟はすぐに行き止まった。


「ちぇっ。なんなら宝箱でも落ちてないかと期待してたんだけどな」


「宝箱、はともかく、何も落ちていませんね。生物の居た痕跡はありませんから入り口付近さえ隠してしまえば拠点として使えそうですね」


「うっちー、床は固いけど我慢してね」


「うっ、痛っ。ああ。ありがとな」


 マオがニイトを地面へと横たえる。ニイトは痛みを口から漏らすが痛みはだいぶ引いているようだった。僕らは拠点が見つかったという安心感からほっと息をつく。


 洞窟は直径三メートルの円が二十メートルほど奥まで続く形になっていた。奥に長く、住居としてはいびつな環境であるが文句は言っていられない。

 僕らはひとまず周囲から燃やすことのできる枝を集めると洞窟の入り口付近で焚火を囲む。もう少し洞窟の奥にいたほうが安全な気もするが火を起こす以上、換気の事も考えねばならない。


 地面へと腰を下ろすと石の冷たい質感が伝わってくる。座った瞬間、全身を疲労感が襲う。今まで気を張っていた分、その反動だろう。心地よい睡魔が襲ってくるがさすがに今寝るのはまずい。

 奥ではニイトが眠っており、マオが付き添っている。日はまだ高いといっても僕らはこの世界に来たばかり。周りは敵だらけの状況で安全に身を休めるには準備はいくらあっても足りないだろう。今動けるのは、僕とエイム、あとはマスミだ。あまり乗り気はしないがマスミとも協力していかなければならない。


「ふう。なんとか拠点は確保できたな」


「このままこの調子でいけるといいですけどね」


「何弱気なことを言っているのさ。ここには俺様が居るんだよ。魔物に後れをとるわけないじゃないか」


 マスミの大言。どこからその自信が来るのか。浮かべる不敵な笑みに僕は不安を覚える。


「……確かに魔物を倒すのも大事だが、まずは生活基盤を整えなきゃな」


「住居も火もありますからまずは水と食料を手に入れる必要がありますね。後、夜に備えて探知系スキルを持った人がもう一人欲しいところです」


 夜の見張り。洞窟の入り口を見えないように細工すれば必要のない気もするが油断は禁物だ。そうなるとやはり魔物と戦う必要があるわけだが。


「食料もメダルも魔物を狩れば解決だよ。一狩り行こうぜ!」


 やはりというべきかマスミがエイムの言葉に反応する。だが、さすがに今すぐに戦いに打って出るのは早計だろう。僕はマスミにくぎを刺すことにする。


「まあ待てよ。いきなり戦いに出るのは無茶だろ。まずは周辺状況の把握が優先だ」


「情報収集って、そんなかったるいことやってられないよ。これだけ転生者がいるんだから魔物ぐらいに後れを取るわけないと思うよ」


「ここはゲームの世界じゃないんだぞ。スタート地点の近くだからって弱い魔物しか生息していないわけじゃないだろう。それに倒したリビングウッドだって複数体で襲われればさすがにやばいだろ」


「そんなこと言ってたらいつまでたっても魔物は倒せないよ。時間経過はそれだけ俺様達が異世界人に見つかるリスクを高めるんだ。異世界人がどれだけ強いのかわからないけど今のうちに少なくとも身を隠すか逃走できるだけの力をつけておかなきゃ、待つのは全滅の未来さ」


 マスミとの何度目かもわからないにらみ合いになる。僕らは味方を求めてエイムに視線を向ける。


「二人とも、議論は互いの論を深めるためのものですよ。落ち着きましょう。私の意見を言えば、魔物との戦闘には賛成です」


「はあ? エイム。何言ってるんだよ」


 僕は思わず食って掛かる。


「サイチさん。まずは聞いてください。私達の目的は異世界人類を倒す為の強さを手に入れることですからね。戦闘は必須です。ですがそれには準備が必要でしょう。何せ私達は魔物の強さをまだ知らないのですから」


「準備か。具体的にどうするんだ」


「周辺の地形と、魔物の種類の把握。そして罠の作成も出来たら行いたいですね」


「罠? そんなもの作る材料はどこにあるんだよ」


「やだなあ、サイチさん。ここは森の中ですよ。木の枝に、ツタに、小石。材料には事欠きません」


 エイムの視線がマスミに移る。その口元には笑みが浮かぶ。


「マスミさんには『操身術』がありますよね。罠の作り方は僕が大体分かりますから、マスミさんのスキルを使って動作の再現ができるはずです。失敗した部分だけ微調整していけばすぐに作れますよ」


「うへえ。俺様、細かい作業は苦手だよ」


「ですが一から魔物を探し歩くより罠にかかった魔物と戦闘する方がですよね」


「ぐっ。わかったよ~。やればいいんだろ。やれば」


 あっさりとエイムの提案を了承するマスミに、僕は驚いてしまう。


「さあ、方針も決まったことですしまずは罠の材料集めをしつつ、周辺を探索しましょう。ですが、私も含め皆さん疲労しているはずです。行動を開始するのは少し休息をとってからにしましょうか」


 エイムの掛け声に僕らは頷く。マスミは僕らから少し離れたところに向かうとそこにある大きく頑丈そうな岩の上に寝そべった。


 僕は慌ててエイムの隣に移動する。


「エイム、いつの間にマスミと打ち解けたんだ?」


 エイムの隣に腰かける。プライドの高いマスミの性格上、あったばかりのエイムのいうことを聞くとは思えないのだが。


「前にも言いましたけど、マスミさんにとっての利を強調しただけですよ。効率的にレベルが上げられるとなれば食いつかないゲーマーはいませんからね」


「ふーん。まあいいや。じゃあ、マスミのことはエイムに任せたぞ」


「ははは。まあ、他の方には任せられませんよね。できる限り頑張りますよ」


 エイムの苦笑いに僕もつられて笑う。ひとしきり笑うと久しぶりに肩の荷が下りた気がする。少し休んだらまた頑張ろう。僕は自然と落ち行く瞼に逆らわずゆっくり目を閉じる。





――ドドドドドドド


 ? なんだ。体の芯に響くような地響きを感じ目を開く。

 しまった。身体を休めるだけのつもりがつい、寝てしまったようだ。僕は慌てて飛び起きるとすでにマスミとエイムは何かを警戒するように体を入口へ向け立っていた。


「サイチさん! 敵が来ます。準備を」


「敵って、この足音。どんな化け物だよっ!」


 身体を起こすとエイムの隣に並ぶ。入り口の方を見れば穴を隠すように草木が覆っている。僕が寝ている間にエイムがやってくれたのだろうか。


 しかし、入り口がカモフラージュされているのにも関わらず足音の主はまっすぐ僕らを目指し近づいて来ている。


――ドオオオオオオン


 轟音が響く。あまりの衝撃に僕はふらついてしまう。見れば僕らがいた入り口付近は強烈な砂ぼこりが舞っている。


「いったいなんだ」


「ひゃはは。おいおい、あれってもしかして」


 徐々に視界が晴れていく。砂ぼこりの中から現れたのは洞窟の天井に届きそうな巨体のシルエットだ。


「やべえ、なんだよこのでかさは」


 硬質な皮膚に、顔から伸びる一本の鋭い角。人間の二倍はあろうかという体躯は、僕らの知るその生物のイメージと比べてあまりにも大きい。


「『鑑定』結果出ました。名前はライノー。地球でいうサイに似た特徴を持つ魔物です!」


 その巨体ゆえ入り口につっかえたのだろう。巨大な犀の怪物は目を血走らせ僕らをめがけ暴れている。


 入り口は一つだ。戦闘は避けられない。僕は眼前で暴れまわる脅威に身体を震わせる。

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