第3話
「……猫が話している」
どうやら、人と言うのは、あまりにも想定外の事が起きると『驚く』を通り越して『冷静』になってしまうらしい。
『おや、君はあまり驚かないんだねぇ。コレは予想外だ』
――予想外と言っている割には、黒猫もあまり驚いていない。
『まぁいいさ。世の中には色んな人がいるんだから、こんな人もいて当然だからねぇ』
黒猫はそう言って、勝手に「うんうん」と納得している様に見える。
「…………」
俺としては「いや、突然現れて勝手に納得されても……」と言いたいが、そもそも『話す猫』という存在そのものがイレギュラーだ。
そうして冒頭に戻るのだが――。
『いやはや、先ほどの握り飯。ありがたくちょうだいした。それで、あんたはこんなところに何の用なんだい?』
「……お前には関係ないだろ」
『いやいや、せっかく握り飯をちょうだいしたんだ。頼りないかも知れないけど、ちょっとくらい話を聞かせてもらってもいいだろ?』
「…………」
どうやらこの黒猫は相当なおしゃべり好きかつ、かなりのおせっかいやきのようだ。
――猫なのに。
『それに、見たところあの握り飯以外に荷物という荷物がなかったじゃないか。そりゃあ、不思議に思われても仕方がないと思うけどねぇ』
「……」
その通りである。そもそも『目的』が『目的』なだけに、そもそもそんなに荷物は必要がない。
『まぁ、巷じゃあ色々と噂になっているみたいだけど』
「……猫でも分かるんだな」
『そりゃあねぇ。今までだーれも来ないところに人が増えれば、何でだろうって、思うさね』
「そこら辺は人間と一緒か」
『まぁ? 私たちはどうでもいいと思うけどねぇ。人間の事情はまーったく知らないけど、私たちの生活環境が変わりそうなくらい人が来るし、来る人来る人の顔が沈んでいれば、気にはなるさ』
「…………」
多分、その人たちの事情も俺と同じだろう……という事は容易に想像出来た。
『それで、君はなんでこんなところに来たのだろうと思ってねぇ』
「……その人たちと変わらないと思う」
俺はポツリと呟いた。
『……そうかい。あんたも苦労したんだねぇ』
「苦労……か」
そう言われると、正直「本当にそうなのだろうか?」と、ふと考えてしまった。
『おや、違うのかい?』
「…………」
『ふむ。じゃあ君はなぜ、こんなところに死にに来たんだい?』
「……」
『答えられない……という事は、君。本当に死にたいのかい?』
「…………」
ひょっとしたら、俺はただ「誰かに話を……悩みを聞いて欲しかっただけなのかも……」知れない。
いや、もしかしたら――止めて欲しいだけなのかも。
それくらい、俺は『誰か』というのを自分でも無意識の内に欲していたのかも知れない。
「……どうだろうな」
なんて口では言いつつも、頭では色々な事を考えながら足あとをたどっていると……俺は『ある場所』にたどり着いた。
『まぁ、私は君の事をよく知らない。だから、君が自分で決めればいいと思う。死にたいなら、死ねばいいさ』
「……そうだな。お前は猫だからな。俺の事情なんて、知るはずもないか」
俺がそう言うと、黒猫は「その通り!」と言わんばかりのドヤ顔をしている様に……見えた。
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