竜夢
プロローグ 竜騎士と飛竜
飛竜は自由と言う無限の思想であり、
竜騎士は飛竜と共に大空を神速で
真の自由と救いを得ることができる。
そんな
雲一つ見えない澄み切った空の濃い青みが視界全体に焼き付く。
それは美しいと思ったのは一瞬のことで、すぐに俺の意識は呼び戻される。
「フレッチ!フレーーーッチ――――――」
愛竜のいつものあだ名を喉が千切れるくらいに叫ぶ。
スピードを出し過ぎたツケだろうか、俺は運よく渓谷から突き出た老木に引っかかった。
先ほどの空のように青い飛竜が渓谷の最奥の中へと墜落してゆく。
愛竜は、遂に谷の間へと消えていった。
フレッチャー。
俺はいつもフレッチの名でその名を呼んでいる。
空色の勇壮な
その名を再び呼ぼうとして、俺の意識は途絶えた。
その時をもって、永久に俺は空から追放されたのだ。
「俺は、随分長く気を失っていた。あいつは、俺を
「話の流れは分かりました」
ルロイの眼前の男が、悔し気に机をたたく。
男の名はマティス・ランベールと名乗った。
屈強な体つきに短く切りそろえた黒髪に無精髭、意志の強そうな鷲鼻と青い瞳。男らしい
事の始まりは数時間前、ルロイは驚きと喜びで短い間であったが童心に帰っていた。
まさか竜騎士が自分の事務所に来るとはレッジョ、いやこの世に生まれた男児であれば、一度は冒険者かあるいは竜騎士に憧れるものである。
竜騎士。
竜の鱗で作った鎧を身にまとい、相棒たる飛竜に
冒険者になること自体の敷居は低いので誰でもなれるが、成功するのは非常に狭き門である。が、竜騎士は、まず飛竜を見つけ相棒としなくてはならないので、なること自体が冒険者として成功すること以上に難しいとされる。そんな英雄と言ってよい人物が自分の下に来ようとは。
「つまり、自身の愛竜をどうにか取り戻せないかと」
「もちろんだ」
マティスが語気を強めて頷く。
マティスは事故ではぐれてしまった愛竜をどうにか見つけ出したはいいが、見つかった場所がまた厄介にも『
「それにしても、『
ルロイも何度か耳にしたことがある。
レッジョの中でも最も高い巨大な塔のダンジョンであり、その威容はレッジョの並み居るダンジョンでも最も存在感がある。出没するモンスターも
色んな意味で通常のダンジョンと一線を画す規格外のダンジョンである。そして、その名が示す通り、天へ向かって伸びる巨大な
一説には塔の頂上は異次元とも死後の世界に繋がっているとされ、基本そこは冒険者であっても不可侵領域であり、僅かに市の許可を得た商人と幻獣との間でレアアイテムの取引が行われる程度である。
「竜の名前は?」
「フレッチャーってんだが、俺はフレッチの名でいつも呼んでいる。」
「さぞかし、頼れる相棒だったでしょうね」
ルロイの言葉に最愛の相棒を思い出してか、マティスの硬い表情が少しだけ緩んだ。
「ああ……明るい青色の飛竜で、大型のワイバーン種だ。人懐っこい黒い目で、蛇腹のほうは白、頭部には灰色の角が二本弧を描くように下向きに伸びている」
「それは、まぁ可愛いですね」
飛竜と言えば、鋭角的な固い鱗と角に覆われた荒々しい空の幻獣と言う印象を、ルロイも持ってはいたが、思いのほか親しみやすい個体も存在するらしい。
「『
それを聞いてルロイが頭を抱える。
もっともそれこそが、マティスがルロイの事務所を訪ねた理由になるのだが。
『
知能の高い幻獣によって、集落が作られているという意味合いでは、ダンジョンの中に街がありその中にレッジョとは違うある種独特の秩序が形成されている。ということでもあった。もっとも、ダンジョンがレッジョの領域内にある以上、ウェルスの法を始めとしたレッジョの法律もここでは有用ということになるのだが。
なにせ、モンスターも段違いに強い上、
「もし、フレッチが生きていたとして、取り戻せるか?」
マティスの問いかけに、法典を
「無きにしも
ルロイは本棚にある分厚い本を取り出しページをめくって、そこを指さした。
「取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する」
マティスは苛立ちまぎれに顎の無精ひげを指の腹で撫でつけ、いよいよ目がきつくなってゆく。いくらルロイが鈍かろうが、もう少し分かりやすく説明しろという雰囲気がピリピリと伝わってくる。
「要は、フレッチャーの現在の飼い主らしきその幻獣が正式な取引でフレッチャーがあなたの竜であることを知らず買い取り、かつ、そのことにつき過失がない場合は取り戻せないことになります」
「うむ……」
「しかし、その場合でもですね、一月前の事ですから、元の所有者であるマティスさんには買い取り請求権が認められますよ。もっとも相手方が商人に払った代価を弁償、つまりフレッチャーの買い取り金額をあなたが払わなければなりませんが……」
「ああ、そうかい……」
マティスは力強く、だがどこか声色が上の空であった。
まさかその場合、マティスは幻獣相手に力づくでフレッチャーを取り戻すつもりかもしれない。同時に、ルロイはマティスの様子から何か不自然なものを感じ取っていた。ルロイは苦々しく愛想笑いを浮かべ言葉を続けた。
「あー失礼ですが、マティスさん。今更根本的な疑念と言うか最悪の場合があるんですが」
「なんだ?」
「あなたの愛竜が既に亡きものである可能性があります。『
マティスは
「あるいは、天魔の
「だから……?」
ルロイが、くどくど後ろ向きの推測をするものだがら、マティスは
「……まぁ、真実は時として残酷なものですよ」
ルロイは、歯に言葉を詰まらせながらも言い切った。
「覚悟はもうできている。取り戻せないならなら、せめてあいつの
ルロイは内心でそれならと、意を決し机から立ち上がった。
「分かりました。では共に向かいましょうか『
ルロイもまた、覚悟を決めるしかないようだった。
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