第12話:過去の栄光にすがる『もの』


 四月六日、ヒーローブレイカーのアップデート直前を狙ったハッキング騒動は大きく炎上すると誰もが思っていた。


【何だこれ?】


 ダークフォースのコミュニティに投稿された、この短いつぶやきが全てを証明している。何故に炎上しないのか? ダークフォースが手を出すまでもなく炎上も時間の問題な案件なのは間違いない。それ程にサーバーのハッキングは重大なヒューマンエラーとも言えるだろう。それ以外の対策は万全だったのに、肝心な個所でニアミスをした格好である。


【ARゲームのサーバーがハッキングされたのは間違いない】


【初動の対応で神対応と一部で言及しているSNSもあるが、それだけが炎上しない理由ではないだろう】


【まさか? こちらの作戦が――】


 ある人物のつぶやきが原因で、ダークフォースのメンバーと言うか構成員が起こしたハッキングだと発覚した。このコミュニティ掲示板を見たアルビオン、センチュリオンも言葉を失ったのは間違いないだろう。しかし、それ以上に心中が穏やかでないのは――。


『あれほど釘を刺したのに。何故、勝手に行動を起こした? 所詮、悪目立ちをしようとするフラッシュモブやパリピを使う作戦は失敗と言う事か』


 別の要件で西新井駅に姿を見せたのは、黒のコートにARメットを被った一人の男性だった。なお、このエリアはARゲームエリアと言う事もあるのでメットを被ったままでも警察に職務質問をされる事はない。職務質問されたとしても、コートの裏ポケットにはスタッフ専用のIDカードを入れているので、それを見せる気だったのだが。


(しかし、これほどにダークフォースが過去の栄光を悪い意味で利用しているとは予想外だった)


 彼としても想定外の状況なのは間違いないだろう。ダークフォースが過去の栄光を後ろ盾にしているのは、一定の部分で予想できた。しかし、SNS炎上手段が超有名アイドル商法を巡る事件やたびたび問題になる解釈違いや二次創作の夢小説絡みで炎上させるパリピや超有名アイドルファンと同じ。


 あの勢力は自分の言葉に責任を持たず、悪い意味でも丸投げをするような集団だ。そうした勢力は禁止法案を作って締め出すのが一番手っ取り早い。彼が、そうした手段を用いないのには別の理由もある。それが、これから会う人物に関係していた。



「あなたが噂の――」


 数分後、丁度午前十一時になった辺りで駅近くのパチンコ店の前に、一人の男性が姿を見せた。


『ええ。そちらから迎えに来てもらわなくてもよかったというのに』


「さすがにあなたの様な有名な方に来ていただけただけでも、我々には大きな意味を持っています」


『大きな意味ですか。我々もあなたの様な人物と接触できるのは歓迎すべき事――』


「お互いに良い交渉になる事を祈りますよ……」


『この姿の時は、その名前は使わないでいただきたいのですが』


 ある名前を聞き、スーツの男性の方はその名前は使わないようにと念を押す。


「交渉事である以上、メーカーの社長だけでは話が進めづらい可能性もありますが――」


 その名前を出さないでほしいと言いたそうだが、メットのバイザーは透明な部分がないので素顔は全く見えない。これでは偽者と疑われる可能性も否定は出来ないだろう――と男性は思う。


『どうしてもというのであれば、ヒュベリオンとでも名乗りましょうか』


「その名前は!? ま、まさか――あのヒュベリオンですか?」


 ヒュベリオンの名前を聞いた男性は、その名前が意味する物を知っている為か異常なレベルで動揺をしていた。ネットの掲示板やSNSでもヒュベリオンの名前は、かなり広まっていると言ってもいい。しかし、謎の多い人物とも言われていた。


『まぁ、そう言う事にしておいていただけると助かります』


 ヒュベリオンは、これから始まる交渉がヒーローブレイカーにとっても重要な物である事を知っている。ARゲーム版は草加市を含めて一部エリアでしかプレイできない関係もあり、草加市を訪れるプレイヤーが多い。


 しかし、他のエリアでもロケテストとして設置してもらう事でPRを考えていた。草加市の観光PRとしてもあるだろうが、ヒュベリオンにはもう一つの目的がある。


(特定の国内消費オンリーのコンテンツよりも、イースポーツのように海外でも注目されている分野に進出させる事が――ヒーローブレイカーにとっても、新たなステージの始まりになるだろう)


 ヒュベリオンが接触した人物、それは西新井でARゲームを展開しているメーカーで、そこにヒーローブレイカーを売り込もうとしていたのである。この交渉が成功するかどうかはダークフォースが妨害をするかに左右されるのだが。


(緊急メール? どういう事だ?)


 これから場所を移動し、メーカーのテナントが入ったビルへと向かおうとした矢先、緊急のショートメールがヒュベリオンのARバイザーに表示された。


【アルストロメリアが快進撃! ダークフォースプレイヤーを次々と撃破している模様】


 その内容はアルストロメリアの活躍に関するまとめサイトの更新を知らせる物で、その中にはダークフォースの構成員がSNS炎上等を企んでいた所を阻止されたと記事に書かれている。これを見たヒュベリオンは、さすがに物の限度を超えていると判断し、活動規模を縮小するようにコミュニティ内でメッセージを配信した。


(これ以上事態が悪化すれば、向こうがボロを出しかねない。それだけは、今のタイミングであってはいけないのだ)


 本性を抑えつつ、冷静な感情で警告のメッセージをARガジェットを展開して打ち込み、それをコミュニティへ送信する。メーカーの男性は別の人物と電話連絡をしていたので、エアタイピングをしているシーンを目撃していない。メーカー側に正体が分かってしまうのは、今のタイミングではマイナスイメージしか生み出さないのを彼は知っていた、


 

 その一方で何時ものゲーセンでバイトをしていたビスマルクは、ヒーローブレイカーの周辺で何か騒がしい様子であると感じた。どうやら、ハッキング関係ではなくアップデート関係で何かもめている様な状況らしい。


「ストーリーモードも更新されるみたいだな」


「それよりもラグの解消は大きい」


「チートツール関係の規制もポイントだろう」


「しかし、ストーリーモードの更新は――」


「あの内容は、まるでWEB小説でありそうなデスゲーム物を連想させる」


 その話を聞いていたビスマルクは、まさか――と考えた。WEB小説にありがちなシナリオに路線変更をしたとしたら、唐突感があるだろう。しかし、そのストーリー追加は唐突な物ではなかったのである。むしろ、一連のハッキング事件さえもシナリオに追加されるレベルだった。


(まさか、今まで起きた事件が全てシナリオ通りとでも――?)


 ビスマルクは、自分の考えで以前にも思った様な事を再び考えていた。一種のデジャブである。

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