第33話 やってやらぁ
AM00:58 ファルム北街道
ファルムへ続く街道を走る僕の目からも、町がどのような有様になっているのかは容易に想像できた。
遠目に見える外壁の上には煙が立ち、燃え盛る炎が空を赤く照らしている。
その空には翼をはためかせる複数の影。
既に状況は最悪に向かっているのだと、一目見て分かってしまう。
「レイルさん……ネリス……」
「今何か言ったか!」
「……なんでもないです」
僕は、二人をこの事態に巻き込んだ責任を取らなくてはならない。
でもどうしたら責任を取ったことになるのか、まだ僕にはわからない。
「スフィ……怒ってるでしょうね……」
神獣は神の使い。その加護がある限り、たとえ町が滅びたとしてもスフィだけは生き残るだろう。
その時僕を見て、スフィはどんな顔をするだろうか。
幻滅して、見捨てられて、イアナさんのところに帰ってしまうかもしれないな。帰れるものならだけど。
本来の役目も投げ捨てて、その場から逃げ出したんだ。
もしかしたらもう、神の座に帰ることすらもかなわないかもしれない。
そうなったら僕は……僕は、この先どうしたらいいのだろうか。
この落とし前を、どうつけたらいいのだろうか。
「……アレクさん、僕はやっぱり」
「あ!? まだそんなこと言いやがるのかよ! 責任取れっつったろ!」
「でも、どうしたらいいのか」
「んなこと知るかってんだ!! 俺に聞くな! 第一、俺が言いたいことはもう全部言った。前を見て戦え! じゃなきゃあとは地獄に落ちるだけだ!!」
「戦う……」
「でけえ失敗しても、諦めなきゃ……前を見てれば大概なんとかなるもんだ。人のことは言えねえけどな、後ろは振り向いちゃいけねえ。そこから先は沼だ。生きてくのも苦しくなって、人を貶めなきゃ何も出来ねえ屑に成り下がる。そうなりたいなら止めはしねえがよ」
「…………」
戦えと、それが責任を取ることになると、アレクはそう言いたいのだろうか。
目の前の災厄に立ち向かって、なんとかして見せろと。
一度逃げだせば後に続く。だからひたすら前を見続けろと。
……でも、そうじゃない。
僕が真に嫌なのは、僕の存在そのものが災厄を引き付けること。僕がいるだけで、周りの人が不幸になっていくことだ。
そこに立ち向かっていくのはただの自己満足でしかない。
人を巻き込んで、守った気になるだけの最悪な偽善だ。
そんなことをするくらいなら、最初から……
「……一つ、聞いていいですか」
「なんだ」
「どうして、僕にそこまでしてくれるんですか……アレクさんだって、危険な目に会うのに」
「チッ……何度も言わせるな」
「え……?」
「お前は俺を裁いたんだ。そのお前がくよくよした顔してんじゃねえ、こっちが気分悪くなるだろうが!!」
「っ!?」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
完全に利己的としか言いようがない言葉に頭が困惑して、目が点になってしまう。
「いいか!? これは俺なりのケジメだ! 何も言わずに受け入れろ、受け入れた後で考えやがれ!! お前にそんな顔されてたら、うかうか逃げてもいられねえだろうが! こっちはまた牢屋にブッ込まれる危険犯してんだ!! 屁理屈ばっかりこいてねえで、ちったぁ期待に応えやがれこのバカ女!!!」
「なっ!? バカ女!?」
アレクの口から最後の一言が放たれた時、既に僕の頭からは理性という言葉が消えかけていた。
僕の中で積もりに積もっていた何かが、バカ女という一言で爆発する。
僕の悩みなんてこれっぽっちの理解できていないくせに、どうしてここまで強気な発言ができるのか!
勝手にケジメだとか言われ、しかもそれを無条件に受け入れろ?
脱獄失敗のリスクを負ってるからって、勝手にされてる期待に応えろ?
笑い話にもほどがある!
何一つとして僕の事を考えていない。全部独りよがりだ!
身勝手な理屈を吐くだけ吐いて、挙句にバカ呼ばわりされるとは!!
屁理屈はどっちだよ!!
普段温厚な僕だが、今の発言にはカチンときた!
これでも僕は幸運と幸福の神。
前世では大賢者なんて呼ばれてた人間だぞ。
それを一階の脱獄囚がバカ呼ばわり!
こんなの黙って受け入れられるか!!
「……やってやろうじゃないですか」
ああいいさ。やってやる。
アレクの話に乗せられるのは癪だが、もう考えるのは後だ。
今はこの怒りをバネに、ただ突っ走るだけだ。
「アレクさん。手を放してください」
「は!? 無理やり連れてくっつてんだ――」
「千切れてもいいならそのままでいいです」
「へ?」
目を丸くして、戸惑いと恐怖の混じった顔を見せるアレク。
そこで腕を掴んでいる力が緩まったので、無理やり手をほどいて杖を作りだした。
町まではおよそ500メートル。
崩壊している北門へめがけて意識を集中させる。
「――――〈
「ぶぉっ!?」
時間がない。
北門の前まで魔術を使って移動した僕は、散乱する瓦礫とバリケードを飛び越え、次の魔術の準備をする。
何やらドラゴンのような物がわんさか町の中にいるが、まずは周辺の火消しを優先だ。
「〈
森の時と同じように、人を凍らせないように気を付け、辺り一帯を氷漬けにする。
生体反応を見分けて凍らせるか否かを判断しているのだが、好都合なことにドラゴンたちも一緒になって凍ってくれた。
となれば、解けないうちに追撃を放つ。
「〈
前方に水の刃をいくつも作り出し、氷漬けになっているドラゴンたちに向けて一斉斉射した。
まっすぐ、目の前に群がっていたドラゴン氷たちに命中していく水の刃は、次々と氷を砕き斬り、粉々に粉砕していく。
するとボロボロと崩れ行く氷の中心に、見覚えのある人影があった。
「っ……あれは」
「ルティア……なのか!」
「え、ルティアちゃん?」
レイルさんとネリスが、血だらけになりながらも背中合わせで立っている。
その間には、小さくて見つけにくかったがスフィもいた。
いきなりの再会に足がすくむ。
なりふり構わず来てしまったが故に、一気に現実に引き戻されたような感覚に見舞われた。
二人とも必死に戦っていたのに、無傷な自分に嫌気がさす。
だが、それでも今はまだ耐えろ。考えるのは後からだ。
そう言い聞かせて歯を食いしばり、脚を動かそうとした……その瞬間の事。
凄まじい速さを持った何かが、僕の鳩尾に突っ込んできた。
たまらずお腹を手で押さえ、膝をついてしまう。
だがそれだけでは収まらない。
膝をつき、前傾姿勢になった僕の頭を、身に覚えのある衝撃が襲う。
「バカ!!! こんな時に何やってんのよ腑抜け!! あんたそれでも神様なわけ!?」
「……スフィ」
先の攻撃は、全部スフィが僕にむけてやったことだったらしい。
顔をあげると、今度はいつものタックルをお見舞いされた。
普通に痛い。
「……今はこれで許してあげる。先にやるべきことをしなさい」
くるりと、僕に背を向け、ネリスたちの方へ足を進めるスフィ。
僕も一拍置いてから立ち上がると、目をそらしながらも二人のもとへと近づいていく。
「ルティア! 来てくれたんだな!?」
「心配したよも~! ルティアちゃんがいれば百人力さ!」
「僕はっ……その……」
「わかってる」
「え……?」
レイルさんが僕の肩をたたき、何も言うなと首を横に振った。
同じくしてスフィが乱暴に頭の上に乗って来て、てしてしと執拗に叩いてくる。
「やることやりなさいって言ってるでしょ! ほら前!! まさ町は燃えてるんだから!!」
「……すみません」
「謝るのも後にしなさい。今はあんたの不始末を片付けるのが先でしょ!! バカ!」
「……あまりバカバカ言わないでください。気にしてるんですから」
「知らないわよバカ」
アレクに言われたことを思い出し、また少し怒りゲージが再燃する。
でもスフィの言う通り、まずは僕の不始末……この炎と残りのドラゴンを片付けなければ。
僕が凍らせたのは本当に北門の周辺だけ。
全体にしてみれば十分の一に届くかどうかといったところだ。
流石に都市全体を一気に凍り付かせるとなると、僕の力だけではどうにもならない。
全魔力を振り絞っても、精々半分ちょっとが限界だろう。
「スフィ、すみませんが力を借ります」
「わかってるわよ、バカ」
「……もうツッコミませんよ。ネリス、レイルさん。この期に及んで本当に申し訳ないですが……お願いします」
「当り前だよ! 魔力だよね」
「オレはほとんどからっきしだが……ああ。もってけ」
「すみません。ありがとうございます」
二人の前に杖を差し出し、先端の宝石部分に手を触れてもらう。
するとその宝石部に向かって、二人の手から青白い光が吸い込まれていった。
レイルさんの魔力は本当に雀の涙ほどだったが、ネリスはまだ温存していたのか、そこそこの量が宝石の中に納まった。
だがそれでも、町全体を凍らせるのには足りるかどうか。
「……やるしかない。二人とも、本当にありがとうございます。あとは休んでいてください」
「おう……任せた」
「また後でね」
「…………はい」
「ほら、急ぎなさい!!」
杖を二人の前から離した僕は、まとめて町一つを凍らせるため、その中心部――市庁がある方向へとむけて走り出した。
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