第25話 白の衝撃

 レイルさんが提示してきた、彼と僕が戦い、その結果次第では僕の監視役を受けてもいいという条件。

 レイルさんは圧勝して終わらせるつもりなのかもしれないが、ネリスは僕を勝たせる気満々といった様子で、二人の間に火花が散っている。

 ネリスが僕のことを買ってくれているのは嬉しいが……そういう問題じゃないだろう。これ。

 というかあれだ、仮にも監視役になる人に監視対象が戦って勝っちゃいかんだろう。いざとなった時の抑止力でもあるんだから。

 絶対その辺の事頭から抜けてるぞ。この二人。


 まあ、実際レイルさんに勝とうと思ったら一筋縄じゃ行かない。

 僕が知る限り、彼は接近戦を得意とするタイプだったはずだ。魔術士である僕とはまずその時点で相性が悪い。

 プラス、僕には数百年分のブランクがある。

 対してレイルさんは、隠居していたにしても体つきがかなり逞しかった。どちらかと言えばほっそりとしたシルエットにもかかわらず、遠目で見てもしっかり鍛えぬいているのが分かるほどだ。

 一瞬で迫られてK.O.なんてことも十分に考えられる。

 どのみち断れない状況になってしまったからには、精一杯やってみるのみだが……。


 僕はレイルさんの提案に渋々合意すると、場所を変えるということで一旦町の外まで出ていくこととなった。

 レイルさんのあとを追い、おおよそ三百メートルほど町から離れたところで立ち止まる。

 帯刀していた片手剣を抜き、レイルさんが僕に振り向いた。


「この辺りなら派手に暴れても大丈夫だろう。どれ、お前は魔術士だったな。杖は持ってないようだがいいのか」

「お構いなく……〈魔杖まじょう〉」

「!!」


 僕が杖を作り出した様子を見て、レイルさんがその目を丸くする。


「おいお前、その魔法は……その杖は!」

「お? なんだなんだ~怖気づいたか老いぼれ~!」

「ア!?」


 既に怒りよりノリの方が強い口調のネリスと、その言葉に過敏な反応を見せるレイルさん。

 正直今のは無いほうがよかった。

 せっかく杖に食いついてくれたというのに……。

 〈魔杖〉をはじめとする魔法という異能は、魔術に取って代わられたことで現代ではほとんど見ることがない代物だ。

 そしてこの魔法で精製した僕の杖は、昔と全く同じ形状をしている。

 僕とそれなりの接点を持っているレイルさんなら、これを見れば僕の正体にたどり着くんじゃないかと期待したのだ。


「ったく、とんだ口悪に育ちやがって……悪い。待たせたな」

「……いえ」


 レイルさんが剣の柄を両手でもち、正面で構える。

 瞬間、彼の顔つきがキリリとしたものに変貌した。

 研ぎ澄まされた剣気に圧され、鳥肌が立ちそうになった。同時にスフィが僕の頭から飛び降り、心配そうにこちらを見る。


「大丈夫なの? あなた、あの男と知り合いみたいだけど……何者なの、あいつ」

「なんてことはないですよ。昔、少し一緒に住んでいたことがあるくらいのものです」

「あんた、それって――」

「来ます! 下がっててください!」


 レイルさんが地を蹴り、凄まじく圧の乗った上段斬りを仕掛けてきた。

 素早く、そして重い一撃はとても少女の体では耐えられない。そう判断して横跳びに初撃をかわした僕は、即座に杖を構えて反撃を開始する。


「〈炎雷ファイアボルト〉!」


 挨拶代わりの一発。

 これくらいは簡単に防がれるだろう。

 僕はまた一歩後ろに引き、次の攻撃に移る。


「〈爆炎弾ファイアブラスト〉!!」


 これは景気づけの一発。

 炎雷の上位にあたる魔術。

 炎雷は武器で受けることも可能であるが、こちらは着弾と同時に爆発するため避けるのがセオリーだ。

 レイルさんは炎雷を剣を盾にして防いだ後、爆炎弾を避けるために軸足で地面を蹴った。

 こうすることで再度僕との間合いを詰め、攻撃に移行することができる。

 おまけに、背後で着弾した爆炎弾の爆風によってスピードアップだ。

 やっぱりなんというか、戦い慣れている。


「セェイヤア!!」


 雄たけびとともに繰り出される斬り上げを、僕は体を大きく逸らして避けようと考える。

 だがしかし、思っていた以上に速かった一撃を避けきることはできそうもなかった。杖で受けようとすれば、まず間違いなく衝撃で吹っ飛ばされてしまうだろう。

 となれば、攻撃は最大の防御だ。


 ついでに戦いを終わらせてやる。

 神になる前――大賢者なんて呼ばれていた頃の僕が一番得意とした攻撃魔術で、僕の正体にたどり着いてもらうとしよう。

 正々堂々とやり合ったら勝つのは難しいが、今のレイルさんは僕をただの小娘としか見ていない。その油断につけこんでやる。


 レイルさんの剣筋と、僕が振りかざした杖が交差する。

 僕は杖にはめ込まれた地水火風すべての水晶に魔力を送り込み、ほぼ一瞬でその魔術を発動させる。


「白の衝撃――〈ホワイト・ノヴァ・ウィークエンド〉!!」


 全ての属性が混ざり合ったその一撃は、全てを無に帰す白の扇状砲撃。

 地水火風の属性を持ち合わせ、且つ無属性でもあるこの攻撃は、めちゃくちゃ便利な一撃必殺技となる。

 ただまあ、全力でやると地形が変わってしまうほどの威力になるので、これはその弱体版ウィークエンドだ。

 それでもって弱体版でも魔力消費がバカにならないので、ぶっちゃけとどめの一撃用である。


 僕の魔術が発動し、視界が真っ白に染め上げられた。

 かなり殺傷力の高い魔術であるため、本来なら人に向けるなど御法度もいいところだが、レイルさんなら大丈夫と信じて。


 かなり不安定な姿勢からの発動だったからか、僕は発動の衝撃で少し後ろに飛ばされ、しりもちをついてしまった。

 が、これだけ大きな隙を見せてもレイルさんの剣が襲ってくることはない。

 前を見てみると、上半身の服が吹っ飛び、傷だらけになって立つレイルさんの姿がった。

 普通なら立っていることなどできない威力だが、信頼にこたえてくれたようで助かる。


「――――っ」


 レイルさんはただただ一点……僕が右手に握る杖に目を向け、ふらつく体で歩み寄ってきた。


「その杖……そうだ……その、杖と……この魔術……」

「レイルさん……」


 そうやら気が付いたらしい。

 気が付いてなくても、思い出しつつあるといったところか。

 しりもちをつく僕の前で膝をつき、レイルさんは僕にそっと問いかけてきた。


「君は、あれと……フォルトと、何か関係があるのか……?」

「あ……あー、っと……」


 ちょっと思っていた斜め上の言葉が返ってきて反応に困る。

 まあ、無理もないか。

 流石に、こんな少女が同じ杖と魔術を使ったからと言って、真っ先に本人だとは思うまい。

 せいぜい関係者か子孫といったところだろう。

 ここは自分から名乗り出ないとダメッぽいが……そういえば、明かして大丈夫なのだろうか?

 知人だからとその辺をあまり考えていなかったが、原則として神が下界の人間に正体を明かすことは禁じられている。

 これからまた神に戻ろうとしている僕が、それをしてしまって大丈……大丈夫か!

 今はただの人間だし。

 何より知人に隠してると疲れるし、面倒くさいし。

 この辺りは目を瞑ってくれるだろう。たぶん。


 とはいえ、とりあえずネリスには聞こえないよう、声量は抑え気味に。


「その……本人って言ったら、信じてもらえますか。訳あって生まれ変わったんです、僕」

「っ……!!」

「ちょっと! あんた何口走ってるの!?」

「げっ」


 僕が正体を明かしたことに反応してか、スフィがこちらに走ってくる。

 くそう、面倒くさい。耳がいい愛玩動物め。


「バカじゃないの!? 下界のヤツに正体明かすとか、あんた正気!?」

「正気です。こっちの方が後々面倒がなくていい。隠すという行為はそれだけでストレスになります。万全の体制で仕事をこなすのであれば、これは必要なことです」

「なっ……また都合のいいことを……はぁ」


 何となくそれっぽいことを言って、スフィを丸め込む。

 正確には丸め込めてない気がするが、この場をやり過ごせれば今はいい。

 それよりもレイルさんの方が問題だ。

 僕がフォルトであると明かしてから、何やらずっと手に顎を乗せて考えこんでいる様子。

 僕の言葉に疑いを持っているのだろうか。

 当然の反応だ。それならそれで、答えが出てくるまで待って……あれ?


「レイルさん?」


 顔をうつ向かせていたので表情までは読み取れなかったが、少しのぞき込んでみたら……やだこの人、白目向いてる。

 え!?

 白目向いてる!!


「ススススフィ!! 急いでちちち治療をおおお!!」

「何よ今度はもう! あんな魔術使うから……!」

「しょうがなかったんですってばあ! ネリス!! レイルさん抱えるの手伝ってください!」


「……え!?」


 こうして僕たちは、急いでレイルさんの体を彼の家まで運んで行った。

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