続・7年目の本気~岐路
川上 風花
第1話 プロローグ
遠くにピアノの音が聞こえる。
あれは、あのメロディーはなんだろう。
あれは……そう、ビリー・ジョエルだ。
ビリー・ジョエルのオネスティ。
彼が大好きだった曲、そして私も……
不思議だ、と和巴は思う。
あれからもう、2年も経つのに
何故かこの曲だけは頭の中から消えてくれない。
透明感のある歌声と、
夢見るような甘いピアノの調べ。
彼と最後に会った時は、それまで抑えていた感情と
あの場の雰囲気に流され。
『私は絶対匡煌の傍を離れない。それが出来ない
くらいなら死んだ方がマシよ。匡煌のいない生活
なんて、も、考えられないんだから』
なんて、今思い出しても顔から火を噴いちゃう位、
恥ずかしい事を言ったって……
まがりなりにも婚約者がいる男性へかけるべき言葉
じゃなかったと、
今になって凄く反省し後悔もしてる。
あれから、彼がかけてくる電話にも ――
(何回番号を変えても、契約会社を変えても、
どうゆうワケか番号がバレてしまう)
番号がバレる度、端末を替えるほどおこづかいに
余裕もないので最近はそのまま放置し。
非通知は通話・メール共に全てブロック。
忘れた頃に転送されてくる手紙も全て開封せず
捨てている。
季節は足早にめぐり ――
私が上京して早や、2年の歳月が流れた。
予定通り”嵯峨野書房”へ入社したが、
都会での生活と想像以上のハードワークに身体が
悲鳴をあげ。
3ヶ月ほど前から寝たり起きたりの生活だ。
会社の命令で精神科にも幾つか通ったけど、
どの医者もおざなりの診察をして袋一杯の
処方せん薬をくれただけだった。
けど、今かかっている先生は少しまともで
『―― 病は気から、まずは自分で良くなろう
って気持ちがなきゃ、良くなるものも快方は
遅くなる。いいかい? 和ちゃん。明日からは
週に3日でいいから出勤してみよう』
って、生活指導をしてくれた。
……って、言っても、週三なんて、
とてもじゃないが無理だ。
仕事、今日は行かなきゃ。
毎朝そう思う。
だけど身体が言う事をきかない。
ここ数日、絶えず身体がだるいし、寝つきも悪い。
やっと眠れたと思ったら息苦しさでまた目が覚める。
そろそろ限界なのかな。
ベッドに背中を預け、
埃っぽい床にだらしなく座ったまま
窓の外のくすんだ空を見上げると、
空虚な心の中に自然と絶望的な言葉が浮かんでくる。
このまま死んじゃうのかな。
そしたらもう、寂しくもないし、
苦しくもないから
それはそれでいいのかもしれない。
自分が今ここで死んだって何日も
ううん、きっと何週間も
誰も気づいてなんかくれない。
もちろん悲しむ人なんていない。
もうどうだっていいや。
目を瞑り、大きくため息をついた時、
玄関のチャイムが鳴った。
こんな朝早く誰だろう。
悪戯かもしれないし、
放っておこうと思ったけれど
ドアの向こうの訪問者は思ったよりしつこくて
なかなか去ってはくれないようで、
何度も何度もチャイムを鳴らしそして、
私が出てこないのに業を煮やしたよう、
自ら玄関ドアの施錠を開けたようだ。
カギ、あるなら最初から自分で開けてよねぇ……と、
心の中で愚痴っている所へ、
早朝のはた迷惑なルームメイト・
入って来た。
あ、ルームメイトって言っても変な勘ぐりは
しないで欲しい。
彼と私の間にあるのは小学校の時から続く
親友同士という関係だ。
それにココだけの話……幸作はゲイなので、
そもそも女の私と男女の恋愛関係は成立しっこ
ないのだ。
「―― 毎度 毎度勘弁してくれよぉ~。
これじゃおちおちダーリンの所でゆっくりして
いられない。
俺はお前のかーちゃんでも恋人でもないんだぞ」
そう言って、ベッドサイドの窓ガラスを全開した。
「寒いやん。窓しめてぇ」
「煩い。寒いのが嫌なら、さっさとシャワーして、
その寝ぼけた面(ツラ)なんとかしろ。
それと、今日はちゃんと仕事へも出るんだぞ」
「はぁーい。じゃあ、朝ごはん幸作が作ってねー」
この、幸作はギャップイヤーを取って、
1年東南アジアを中心にバックパックの倹約旅行を
してきたので、私より1年遅れで嵯峨野書房へ入社
した。
(因みにさっき幸作が”ダーリン”と言っていたのは
この倹約旅行で訪れたインドで知り合ったデリーに
在留する日本人男性だ)
元々幸作の実家は墨田区なので東京支社に配属され。
総務・第一営業・第二営業~と回って、
今は編集部に所属している。
そして今私がかかってる精神科のお医者さんが
幸作のお兄さんだ。
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