うろうろの虚

のん/禾森 硝子

性格の悪い悩みがある。

 ぼくはいわゆる思い上がった生意気なガキだ。わかってるんだ。でもぼくの意識は、ぼくのこの悩みを何度だって持ち上げてくる。だからぼくはそのたびに自分を恥じて、死にそうなくらいの自己嫌悪に襲われている。

 だけれども、書かずにはいられない。


 ぼくは、沢山のひとにぼくの文章を届けたい。もっと言うなら、天下にあまねくぼくの書いたものを知らしめたい。世界を、変えたい。

 まるで幼児のときの全能感を今この年になるまで持ち越してしまったみたいな願いだけれど、ぼくはいたって真剣だ。そのために取るべき手段は、まあ当然ながらいいものを書くこと、たくさん書くこと、上手に宣伝をすることなどなのだろうけど、ぼくには違う選択がある。一番簡単に人口に膾炙かいしゃ出来るだろう方法。


 それは、この声と顔を売るということ。


 運がいいことに、もしくは不幸にも、ぼくは一般にそれなりに可愛らしいと言われる顔の作りをしている。声は何もせずとも小学生みたいに高い。わかりやすく言えば、アニメ声。だからつまり、わかるでしょう? お手軽にツイッターに自撮りでも載せればいい。なんだったら最近流行りのユーチューバーでもやればいい。それだけで、今よりは多く、人の目がぼくの方に向くようになるだろう。そしてそれはきっと、いいものを書こうと努力するよりすぐに終わってしまうだろう。悲劇だね。大トラだ。

 これがぼくの悩みの一部。だけど勘違いしないで欲しい。ぼくは何も文章以外のことで読者を獲得するのが正しいのか否かみたいなちっちゃなことで悩んじゃいない。悩むまでもない、もちろんそれは正しくないけれど、正しいことだけが正義ではないんだ。わかりやすいね?


 それでは何について悩んでいるかというと、それはまずぼくのコンプレックスのうち一つについて話さなくちゃいけなくなる。

 ぼくは、女の子らしいからしくないかで言ったら多分らしくはないのだと思う。ちょっと前までおしゃれというものには恐怖感を抱いていたし、今でも正直まだちょっと怖い。詳しくこの話をすると話がずれるからあれだけれど。あとは、クラス内の派閥もよく分からないし、化粧だってやりたくないし、あと……なんだろう、少女マンガとかいわゆる恋バナとかも分からない。今思ったんだけど恋バナって遠目から見たらバナナっぽくない? どうでもいいな。で、だから、そういうの振る舞いが出来ないとあんまりクラスメイトとかとは話が合わないわけだ。それってなんか、申し訳ない。あと、やっぱり鬱陶しい。浮いちゃってて悪いね、どうか気を使わないで、憐れまないで、ぼくはこれが楽しいんだよって。

 でも悩みの根本はそこじゃなくて、むしろこんなの梱包で。


 ぼくは基本的に、第一印象があまりよろしくないみたいなのだ。


 絶対すっごいバカだと思ってた。ぶりっ子じゃんと思った。性格悪そう。


 これ、全部言われたこと。第一印象だよ? 理由を聞いたら、みんな見た目と声。なんというか、いやはや。あと別に悪口ではないんだけれど、字きれいだと思ったのに、とか、ピアノ弾けないの?! とかも意外とこたえた。偏見がすぎる……。

 ぼくのおつむは確かにてんで駄目だけれど、そんな風に見下される覚えはないし、何かに媚びているわけでもないのにそう見られるのってやっぱり不愉快だ。それに、そんな風に思われて接されれば、言動だってしばしば曲解された。イメージの外の私とは会話してくれない。まあつまり、非常に迷惑だったし、率直に言うなら悲しかった。だって誰ともまともに話せた気がしなかったから。

 それが解決されたのは一部の理解ある人との関係、そして―ネットの中でだけだった。ネットでは顔を見せないで、年齢や性別も言わない限りすべてが不確定だ。相手が何者かは相手の言ったことからしか分からない。言語以外の予備情報がほとんどない会話はものすごく楽だった。誰も私に女の子を求めない。一介の知的生命体というそれだけで進むコミュニケーションが、嬉しくない訳がなかった。


 それで、先程の悩みだ。

 ぼくは要するに、この環境を手放したくないのだ―顔のない思考として存在できる環境を。今のところその想いの方がよっぽど大きいし幸いにもぼくにはある程度の危機管理能力は備わっているので顔を載せる気はないが、それでも頭をよぎるのだ。

『他のことで有名になったら、もっとたくさんの人に読んでもらえるだろうか』

 性格も悪いしあまりにも馬鹿馬鹿しい悩みだけれど、ぼくにとっては深刻なのだ。


 あーあ、どうしよう?

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