3月11日 十年

震災10年。震災による直接的惨禍だけでなく、その後の復興事業の評価がなされることも多くなりました。

夢を見すぎた嵩上げ、復興事業の長期化、住民の戻らない被災地。

嵩上げと新市街造成も終わったのに人口だけが戻らず、今朝の読売新聞に記してあった説話――、整然とした区画に、疎らな光のほかは広大な暗い闇が続くのみの被災地の夜景を評して『黒い死屍が横たわっている』と比喩したそれに、深い納得を覚えました。


蘇生はスピード勝負であったのに、復興国費を万能薬と信じ、完全かつ完璧な治癒を追い求めた結果、時間を徒に使いすぎた。

その間、瀕死の巨体からは人口という血液がとめどなく溢れ続けて――10年経った今、もはやその体力は尽きてしまったのだと。蘇生は叶わなかったのだと。


「後から叩くのは誰でも出来る」「マスゴミはいつも後出しジャンケンだ」「自分が実際当地に立っていたらもっと上手くやれたとでも?」

そうおっしゃる方も多いですし、わからなくもないんですが、過去は評価しなければ経験にはなり得ません。

「失敗」は洗いざらい吐き出さないと「成功」への糧にはならないんです。

そういう面で、我々は失敗を繰り返しているように思うのです。


阪神淡路大震災では、神戸港は「復旧」こそし終えたが、取引量世界第4位の港湾という震災前の地位へ返り咲くことは叶いませんでした。

後藤田ドクトリンとかいろいろ要因はあると思いますが、今やアジア最強のハブ港湾というの名は釜山港に取って代わられ、活気は減退し、震災前は全国5位を誇った人口は福岡に、そして東京衛星都市である川崎市にすら抜かれ、各主要都市に先駆けて神戸の人口は減り続けています。―――「復興」に、失敗したんです。

取引量現在世界46位。


そして至る東日本大震災。

三陸鉄道や常磐線など、名だたる交通インフラは10年が経ってほぼ「復旧」を成し遂げ、嵩上げされた新市街地の造成も終わりましたが、そこまでに時間を長く掛けすぎたゆえに住民が戻らない。『おこすこと』には繋がっていない。


復旧が出来ても、復興にならなければ意味がない。

その教訓を次の震災――それが首都直下であろうと、南海であろうと――こそは受け継がなくちゃなりません。

失敗は、絶対に成功への糧にしなければならない。

新聞に載った「黒き瀕死の巨体」を眺めつつ、そんな風に思わずにはいられません。

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