欠けた世界のその先に
安久呂 流可
好きの無い世界への旅立ち
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見えるはずのない、夕焼けに染まる海を描く。
「何で海なの?」
「全ての生物の母だからっていうのもあるけど、海が好きだから、っていうのが一番の理由なのかな。正直、僕にもわからない」
「ふーん」
斜め右前、僕の視界に入る席に座る美波は、興味の無さそうな相槌を打つ。
自分から質問しておいて適当に流すというのが、彼女の悪い癖だ。
もう慣れたけど。
「ねー、慎二。さっきの二者面談、何て言われた?」
思い出したくもなかった。普段はそんなに気持ちが昂るタイプではないのだが、先程の二者面談では、担当の生物教師の言葉に怒りを通り越して呆れた。
ため息を吐く。
もやもやとした気持ちとは不釣り合いなくらい爽やかな風が、窓から流れ込んできた。
「画家にはなるな、って言われた」
「へ?」
「だから「画家にはなるな」「絵で食べていけるわけがない」「君は内科医にならないといけないんだぞ、分かっているのか」って言われた」
先生の真似をして、ちょっと小馬鹿にしたような言い方をする。
ふんっと鼻を鳴らし、持っている筆を美波に向けて上下に動かす。
笑いを堪えきれずに美波は吹きだした。
自分でも馬鹿みたいだなって思う。
よくわからないけれど、笑いが込み上げてきた。
面白い。
「馬鹿だね。石田先生だっけ?画家にはなるなとか、本気で言ってるんだ?」
「ああ。あの人は部外者だから『理想都市-Ideal(アイディール)-』のことをあまり理解していないんだなって思ったよ。面倒だから「大丈夫ですよ。あれは趣味です」って言っておいた」
「島に入る前に説明聞いてなかったのかな?」
「知識としては知っているのかもしれないけど、理解は出来ていなかったんじゃないか?」
「なるほどね」
視線をキャンバスへと戻す。
殆んど波が立っていない穏やかな海。
その中心に、夕日の優しい光が一筋通っている。
自分の中では七割ほど完成していた。
あとは、グラデーションに深みを出せれば、なかなか良い作品が出来ると思う。
海はどっしりと重く、光は優しく軽やかに仕上げたい。
筆に油を染み込ませる。独特の香りが鼻の奥にまで届いた。
初めは不快だったこの匂いも、今では少し気に入っている。
癖になる匂いだ。
「くさい」
「だったら先に帰りなよ。制服に臭い移るよ」
「一緒に帰りたいのぉ」
「我が儘だな。いつも一緒に帰っているわけじゃないのに、何で今日は帰りたいの?」
僕に用事があるなら、さっさと済ませて帰ってもらおう。
そう思って聞いた当たり障りのない質問に、美波は黙り込んでしまった。
「美波?」
キャンバスから目を離し、美波の顔を見つめる。
「えっと、その、さ。創立パーティのダンスの相手、もう決まった?」
急に黙り込むから何かと思えば、そんなことか。
「ダンスって、一緒に踊ると結ばれるとかいうジンクスのやつ?」
「そう」
創立パーティは、理想都市が出来たことを記念するものだ。
島全体がお祭りムード一色で、理想都市の住人が毎年心待ちにしている行事の一つでもある。
その中で行われるダンスが、若者の間では一大イベントとなっていた。
町の中心にある広場のステージで演奏する音楽団に合わせて、男女がペアで踊る。
特別華やかな衣装を着るわけでも、決められた踊りをするわけでもない。
ただ、大切だと思う人と一緒に踊る。
その「大切な人」が、いつからか「好きな人」に変わってしまい、若者の間では告白イベントのようになってしまっていた。
ダンスに誘うということは、あなたが好きだと言っているようなものなのだ。
「別にダンスには興味ないかな」
「興味ないって……誘われたりしなかったの?」
「誰から?」
「三上沙也加」
ここで彼女の名前が出るとは思わなかった。
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