第15話 月之丞の最期


「やめて!」


叫ぶけれど、誰ひとり、私の声には気づかない。……酷い。思わず両手で顔を覆う。部屋の中には色濃く、あの甘い香りがした。


「やっと本性を現したか」


男の声に顔を上げると、月之丞の姿がない。

忌まわしそうに床を見下ろす男達の視線の先には、真っ赤な血だまり。そしてその中に……。


「嫌っ!」


 目をつぶると、大きな手がふわりと私の両手を包み込んだ。おそるおそる目を開く。目の前で、月之丞が眼を細めて微笑んだまま、涙を流していた。


「見てしまったんだな」


 私は黙ってうなずき、息を一生懸命吸った。


「あんな……ひどすぎるよ。どうして?」

「俺は雪を好きになってはならぬ者だったからさ」


ズキンと、胸の奥が痛む。雪さんの痛みなのか、自分の痛みなのか、わからなかった。


「こんな風に最期を迎えて。二百年も一人で待ち続けて、それで真実がわかったら終わりなんて、悲し過ぎるよ。ね、約束したじゃない、今度は東京に遊びに行こうって。行こうよ。それからでも……遅くはないでしょ?」


月之丞は首を傾け、少し考えた後、優しく微笑んだ。


「そうだな。もう少し、この未来の世界を楽しむのも悪くない。だがな、雪。蔵を出て魂の力でこの姿を保つのは容易ではない。遠くへ行くとなればなおさらだ。そこでお前に頼みがある……」


 夕方、母屋へ戻って、叔父にお願いすると、端から押し入れをひっくり返した後、綺麗な箱に入ったそれを出してくれた。


「白檀のお香が欲しいなんて、雪ちゃんも渋いねぇ」

「ええ、家でよく焚くんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る