第12話 真相
その夜、またあの夢を見た。
……甘い香りだ。目を開けると、狭い、箱のような物の中にいた。香りは着物からも、辺りの空気からも強く漂ってきた。私は目の前にあった扉のような物を開けようとしたが、開かない。
「江戸へ行くのが一番なのだ。観念せい」
外から男のダミ声がする。大勢の人の気配もする。狭い箱の中に細い光が幾本も差し込んでいた。
簾の隙間に目をこらすと、香の白い煙に包まれた蔵が見える。胸が苦しくなり、涙が勝手に溢れ、絞るような声が出た。
「月之丞…! 嫌! 江戸なんて、お嫁になんて行きたくない! 月之丞! 月之丞ー!」
「諦めろ。この香の中じゃ、奴はお前を見ることもできんだろう」
先ほどのダミ声が言うと、箱が動いた。ああそうだ、これは江戸時代の駕篭、という乗り物なのだろう。隙間から見える蔵がだんだんと小さくなる。涙が溢れ、私は拳でぐしゃぐしゃと拭った。
涙を拭い顔を上げると、駕籠に揺られていたはずの私は、土の上に立っていた。
……ん? なんで?
気のせいか、普段よりも地面が近い。ダミ声の男に捕まってしまうと思ったけども、人の姿はない。
右手には蔵がある。元の家の庭に戻っているのだ。
そして蔵の陰には、幼い少年が立っていた。切れ長の眼に、すっと通った鼻筋。どこかで見覚えがあるな、と思っていたら、口から勝手に言葉が出た。
「ねえあんた、どこの子?」
子供のように高い声だ。すると少年の眼が三日月のように笑い、
「一緒に、遊ぼう?」
と言って、私に向かって手を差し出した。気のせいか、綺麗な黒髪の中に金色の毛の束が混じっている。そこだけが、明るく光り輝いて見えた。
……夢だけど、今度は、子供の頃の雪さんの夢を見ているんだ。
朝、目覚めると、頬が濡れていた。やっとわかった。いつも見ていた夢の、蔵の光景。甘い香りの中で感じていたあの胸の痛みは、雪さんの痛みだったのだ。無理やり月之丞の元を去らなければならなかった、雪さんの。
このことを月之丞に伝えないと。でも、何と言って伝えよう?
こんな夢を見ました、じゃ、さすがに信じてもらえないよね。
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