390:ド変態

「いったい……、何がどうなっているのでござるか?」


俺と同じように、カーテンの隙間から向こう側を覗くカサチョが、不思議そうな顔でそう言った。

あまりショックを受けて無さそうに見える辺り、あぁいう破廉恥なものに対して、カサチョは多少なりとも免疫を持っているらしい。

……残念ながら、俺にはその免疫がありません。


「わ、分からないでござる……。吐きそうでござるよ……、うっぷ!?」


思わずカサチョの口調がうつってしまった俺は、同時に吐き気をもよおして……


「おぇええぇぇ~!!!」


ゲロゲロゲロ~!!!


かなりの大音量で、豪快に、胃の内容物を全て吐き戻してしまった。

ツーンと、辺りに酸っぱい臭いが広がった。


うぅ……、吐いちゃった……

口の中が胃液臭いよぅ~!


「誰かそこにいるのっ!?」


すぐさまこちらに気付いたグレコが、キッ! とその目を光らせる。

手にはムチを持ったままで。


「ぼ、僕だよグレコぉ~」


弱々しく声を出しながら、俺はカーテンをそっと開いて、姿を現した。


「モッモ!? 良かった、無事だったのねっ!!?」


ムチを放り投げて、笑顔で俺に駆け寄るグレコ。

カナリーも優しく微笑んで、その手に握っていたムチを床へと下ろした。


「大丈夫? 怪我してない??」


膝を折り、俺の身体のあちこちをジロジロと観察するグレコ。


「ぐ……、な……、う……」


何をどこから聞けばいいのか、言葉に詰まる俺。


「いやぁ~! 無事で何よりでござる~!!」


ヘラヘラとした様子で、カーテンの向こう側からカサチョが姿を現した。


「あっ!? カサチョ!!?」


「おぉ、カナリー殿! よくぞここまで来てくだすった!!」


「やはり、あなたはここに囚われていたのですね!? ならば杖は!?? 杖はどうされたのです!?!?」


カサチョに対し、慌てた様子で矢継ぎ早に質問するカナリー。


「杖は見知らぬ敵に奪われ申した。なに、国に戻れば新たに買い直す故、心配は要らぬでござるよ」


「そうではないのっ! マシコット……、マシコットはどこにっ!?」


「ぬ? マシコットならば外にて待機してござるが……。それはそうと、他の皆は?? 何処ぞに隠れておるのでござるか???」


カナリーは、カサチョでは話にならないと感じたのだろう、俺たちが通って来たカーテンをくぐり、裏口へと一目散に走っていってしまった。


そして、この場に残ったのは四人。

俺と、グレコと、カサチョと……


「ねぇグレコ。いったい、何を……、していたの?」


俺は、四人目の彼を指差しながら、グレコに尋ねた。

 そう、体を鎖で繋がれたまま身動きが取れず、恥ずかしさの余り顔を上げることすら出来ずに、その巨体を小さく小さく縮めて、気配を押し殺している彼を。

ケンタウロスの蹄族、その族長であるはずの、タインヘンを。


「えっとね……。簡単に言うと、彼、変態なのよ」


ポクポクポクポク……、チーン!


すっごく分かりやすい説明をありがとうございます、グレコ様。


グレコの言葉を耳にしたタインヘンは、深く深く俯いたまま、その巨体を更に縮こめるのだった。






「おぉっ! 無事であったかグレコ!! 良かったっ!!!」


裏口から中に入ってきたのはギンロだ。

大きな口でニカッと笑って……、笑ってるんだけど、なんだろう、牙がいつもよりも沢山見えてしまっていて怖い。


「なははっ! カナリーにチョロっと聞いたが、族長タインヘンさん、とんでもねぇ性癖の持ち主だったんだなっ!? イテテ……」


まだお尻が痛むらしいカービィも、ギンロの後ろからやってきた。

そして、未だ恥ずかしくて顔を上げられず、縮こまったままのタインヘンに対し、容赦なく嘲笑を浮かべた。


グレコは、タインヘンの鎖を解いて、ふ~ん! と大きく息を吐いた。


「さぁっ! タインヘンさんっ!? あなたのご希望通りに鞭打ちして差し上げたのだから、ヒッポル湖及びその湖畔にあるニベルーの小屋を探索する許可を頂けるわねっ!??」


腰に手を当てて、大層偉そうな様子でグレコは言った。


事の経緯を簡単に説明すると、どうやらこのタインヘンが、自らの体に鞭を打ってもらう代わりに、俺たちが縄張りで自由に出来る許可を与えようと、グレコとカナリーに提案したらしい。

つまりまぁ、グレコの言う通り、タインヘンはドMのド変態な馬野郎だったってわけ。


「う……、うむ、許可しよう。だが……、一つ約束して欲しい事が、ある。その……、こ、ここでの出来事は……、その……」


かなりバツが悪そうな表情で、足を折って姿勢を低くし、人で言う正座のような格好でモジモジしながらそう言うタインヘンには、ケンタウロスの威厳もクソもない。


こんなド変態が一族の族長だなんて……

まぁ、個人の性癖を否定するつもりはないが、まさか初対面の、捕虜にも等しい女性二人に対し、交換条件とはいえ、鞭打ちを頼むなんて……

うん、かなりヤヴァ~イね。


「安心してちょうだい。流石の私も、男性のお尻を鞭で叩いた事なんて誰にも話したくないわ。生涯の汚点になり兼ねないもの」


相変わらずのキツイお言葉。

案外性に合ってるかもよ、グレコ。


「いいなぁ~、おいらもグレコさんに鞭打ちされたいなぁ~」


やめろカービィ!

羨望の眼差しを鞭に向けるなっ!!


「ぬぬ? カビやんはそっちの趣味でござったか!? 国に戻ったならば、良い女子を紹介するでござるよ!!」


「おぉっ!? そりゃ楽しみだっ!!」


おいっ!? 話を広げるなカサチョめっ!!

お前もカービィと同類かこの野郎っ!!!

そして、晴れやかな笑顔で笑うなカービィこの野郎っ!!!!


「さすれば、我らはこの後、自由に行動して良いと?」


ギンロが再度、タインヘンに尋ねる。


「勿論だ、許可しよう。皆々には私から話をする故」


タインヘンは再度深く頷き、そう言った。


そして、表にいる二頭のケンタウロスを呼びつけて、蹄族の縄張り内での俺たちの自由を保障する為に、その二頭に俺たちの護衛に付くようにと命じた。

二頭のケンタウロスは、かなり驚きながらも了解した。


こんな、ド変態な性癖の持ち主でも、族長である事には変わりないのだ。

族長の命令は絶対なのである。

……肩書きって、怖いなぁ~。


「さっ! これでようやく探索の続きが出来るわねっ!! ……ところで、カナリーとマシコットは何処に??」


グレコが尋ねる。


「あ~……、それなんだがな、グレコさん。ちょっとトラブルがあったみたいなんだ」


「トラブル???」


カービィの言葉に、俺とグレコ、更にはカサチョまでもが首を傾げた。

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