355:好色

「生物分類学上、エルフは妖精科に分類されるんだ。これは、もうずっとずぅ~っと大昔に決められた事なんだよ。その所以ゆえんは逸話としてしか残っていないんだが……。昔々、どこぞの王だと言うエルフの男が、エルフ族は高貴なる一族であるが為に、人と同類にするなど許せない! とかなんとか言って、エルフを人科に分類する事を拒んだらしい。そこで、妖精科に分類する事となった、てわけだ☆」


ふむ、なるほどなるほど。


「ちなみに、ドワーフも妖精科だぞ。あいつらも、大昔に人と同類になる事を拒んだ種族だからな」


ふむふむ、なるほどなるほどなるほど。

では、グレコとテッチャは、この俺の手の中にあるウンコまがいのゴラと同類なのですね、生物分類学的には。


チリアンの話で気持ちを落ち着けた俺は、グレコとカービィと一緒に自分の部屋へ戻った。

チリアン曰く、種子化してしまったゴラは、しばらくはこのままの状態らしい。

種子化は、いわば昆虫でいう蛹の状態なのだ。

孵化するまでには、種類によって日数はバラバラだが、大体が数日から数週間かかるという。


とりあえず、生きているなら良かった。

こんな姿になっちゃって、何事かと思ったけれど……

人化して、マンドリアンとかいう奴になったら、言葉も喋れるのだろうか?

そういや、オーベリー村の近くにある牧場の、シシお婆さんがそんな話をしていたっけな。

よく覚えてないけどっ!


俺は、種子化してしまったゴラを見つめ、今後ゴラがどのような姿になるのかを想像しながら、そっと優しく、ズボンのポケットに戻すのであった。


「まさか、エルフ族が妖精に分類されるとはね……。まぁ確かに、人間と同類にされるのはちょっと、何と無く嫌な気もするけれど」


グレコが口を尖らせる。

その大昔のエルフとやらも、グレコと同じように、何と無く嫌な気がする~って思ったんだよきっと。


「エルフやドワーフは、歴史が長い種族だからな。後からやって来た人間達に、大きな顔されるのが嫌だったんだろうよ」


ほう? この世界では、人間が誕生するより先に、エルフやドワーフが存在していたのかぁ。


「ま、何でもいいけどね! それより、今後の話をしましょう。モッモ、世界地図を出してちょうだい」


この会話に飽きたらしいグレコが、話をぶった切って俺にそう言った。

俺は神様鞄から世界地図を引っ張り出して、ベッドの上に広げた。

グレコも、何やら自分の荷物の中から一冊の本を取り出して、ベッドに腰掛ける。


「次の島、ニベルー島には、神の光がある。ネフェから聞いた話じゃ、帰らずの森という場所が怪しいって事だったけど……、その森、かなり広いらしいのよ。昨晩サンが言っていたんだけど、騎士団の目的地であるニベルーの湖畔の隠れ家は、その森の中央にあるらしいの。だけど、移動だけで丸二日かかると言っていたわ。というのもね、今回の島での探索にはミュエル鳥が使えないから、自分達の足で歩くしかないらしいのよ。ニベルー島の現地調査員から、ケンタウロスを変に刺激しない為にも、森の上空を飛ぶのはやめようって通達が来たらしいわ」


ふ~ん、そうなんだ……

てかさ、サン、そんなにペラペラ話していい情報なのかねそれ?

一応俺たちは、プロジェクトから外された身なのだ。

それを、そんな簡単にペラペラと……、ま、いっか!


「でね、その帰らずの森の広さなんだけど……。横向けに細長いニベルー島の半分、いえ、三分の二ほどが、その帰らずの森なのよ。島の南東にある港町ニヴァと、北東にあるフラスコという名前の国以外は、ほとんど森だと思った方がいいってサンは言っていたわ」


ふむ、そうなのか。

確かに、地図で見る限り、ニベルー島は横向けの楕円に近い形をしている。

俺にはそれが、長めのエクレアのように見えた。


「それで……、この本はマシコットが貸してくれたんだけど、見て。ケンタウロスの事が詳しく書かれているの」


そう言ってグレコは、手に持っていた本をパラパラとめくった。

その本の背表紙には、《非文明種族の生態》と書かれている。

非文明て……、もうちょいなんか無かったのかね?


「えっとぉ~、あ~……、あった、ここね。読むわよ? ケンタウロスは半人半獣の生き物で、その上半身は人間の体をし、下半身は馬のものである。知能は非常に高く、縄張り意識が強い為に、しばしば他種族と争う事もある。そして非常に好色な性質を持つ為に、彼らに近付く際には、男女共々、種族問わず、露出の少ない服装でなければならない」


……ほう?

最後の一文の意味が、少々わからんな。

こうしょく? 好色ってなんだ??


「なははっ! 文献にそんな事が載ってるのか!? ケンタウロスって、相当エロいんだなっ!!!」


カービィのその一言で、俺の疑問は払拭された。

あ~なるほど、そういう意味か。

男女共々、種族問わずという事は……、チョメチョメする相手は何でも良いと……?

ひょえ~、恐ろしいぃ~!


「けどね、それ以外は特に問題無さそうだと思わない? 縄張りがあるなら避けて通ればいいわけだし、もし出くわしたとしても、知能が高いのなら話せば通じると思うの。仮にあっちが交戦状態だったとしても、こっちが低姿勢でいれば大丈夫そうじゃない??」


「ん~、まぁ考えようによっちゃあ……、そうなのかなぁ~?」


「案外おいらは気が合う気がする~♪」


馬鹿かカービィこの野郎っ!

好色なお馬さんだぞっ!?

気が合う前に、オモチャにされて終わるぞっ!!?


「ネフェの話だと、北東にある古くからの住人達が暮らす国に行って、情報を集めた方がいいって事だったけど……。森の情報はもう大体分かっているし、モッモの導きの羅針盤があるから、道には迷わないでしょ?」


うむ……、まぁそうだね。


「じゃあ、そのフラスコの国とやらには行かずに、おいら達も真っ直ぐ森に向かえばいいんだな?」


「そうした方がいいと思うの。ミュエル鳥が使えないってくらいだから、私達も自分の足で歩かなきゃならないだろうし、ギンロはしばらく獣化出来ないでしょう?」


「えっ!? そうなのっ!??」


「んだ。怪我が完治するまではもうしばらくかかるからな。獣化や人化はオススメしねぇ、傷口が開いちまう」


おぉうっ!? 傷口がっ!??

それはやめておいた方がいいなっ!!!


「じゃあ……、ニベルー島の港町ニヴァから、僕の羅針盤に従って、真っ直ぐに帰らずの森へ入る……、でいいんだね?」


「そうしましょ! その森にいる神様も、どんな状態か分からないからね。慎重に進みましょう」


「え? ……それは、どういう??」


「ほら、ネフェが言っていたでしょ? 神様はどんな神様であっても、邪神になり得るって」


「えぇっ!? ま、まさか……??」


「いや、無きにしも非ずだぞ。ただでさえも、このピタラス諸島には、他にも悪魔が潜んでいるかも知れねぇんだ。悪魔の仕業で邪神に堕ちる神も、いないとは言い切れねぇしな」


うへぇ……、マジかぁ……


「モッモ、私達がこれまでに出会って来た神様を思い出してみなさいよ。蟷螂とうろう神も、蜥蜴せきえき神も、どっちも邪神と化してたでしょ? もし、その帰らずの森にいる何らかの神様が邪神になっていたら……。その時はまた、私達でなんとかしなくちゃならないからね」


「うぇえっ!? 僕たちでっ!??」


「そうよ、当たり前じゃない。今までだって邪神を倒してきたんだから、これからもそうするつもりよ!」


うひゃあぁっ!? 何その妙な決意とヤル気っ!??

やめようよぅ、そんなのぉ……

神様は俺に、邪神を倒せなんて言ってないのっ!!!


「とりあえず、いろんな可能性があるわけだから、出来るだけ迅速に行動しましょう。この際、ノリリア達のプロジェクトは完全に無視して、悪魔の事も置いておいて……。私達は私達の目的の為に動きましょう!」


小さくガッツポーズをする、ヤル気満々グレコ様。


「よっし! そうと決まれば、ギンロにも話しておこうぜっ!! さっきは寝てたけど、さすがにもう起きているだろうしな!!!」


そう言って、グレコとカービィは連れ立って部屋を出て行く。


「まっ! 待ってようっ!!」


まだ俺はっ! いろいろとぉっ!!

納得してないんですけどぉおっ!!!


心の中で叫びつつ、急いでベッドを飛び降りて、後を追う俺。

しかし、隣の部屋の扉を開けたカービィとグレコは……


「お?」


「なっ!?」


揃って固まっている。


ん? なんだ?? どうした???


二人の間からそっと部屋の中を覗き見ると……


「……うっ、ひぃっ!? 好色ぅっ!??」


そこには、ベッドに横たわる上半身裸のギンロと、それを囲むニヤニヤ顔の、猛虎人のライラックと岩人間のブリックの姿があった。


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