350:私は一人で行く

夜が来た。

とても静かな夜だ。

灰の雨が止んだ後の空には、無数の星が煌めいている。


「……ネフェ、一緒に来てくれないかしら?」


グレコがポツリと零す。


夕食を済ませた俺たちは、ギンロの部屋に集まっていた。

袮笛から聞いた話を、カービィとギンロに伝える為だ。


「う~ん……。一度断られたのなら、無理じゃないかなグレコさん。あぁいうタイプの女は芯が強い。だから、自分の意志は曲げないと思うぞ?」


そうは言うがカービィよ、君は女の何たるかを知っているのかね?


「ネフェ殿は戦士であろ? ならば、己の決断に二言はないはずだ。諦めるのだな、グレコ」


なかなかに厳しい言葉ではあるが、ギンロの言っている事は正しいだろう。


袮笛はきっと、己の道を行く。

それは、俺たちが進むべき道とは別の方向だ。







「私とモッモは明日、仲間と一緒にここを発つわ。ネフェとサリは、これからどうするの? 村に戻って、ベンザさんやオマルさんの手伝いをするのかしら?? これから紫族は、古い掟を取り払って、新しい歴史を歩み始めるんですものね」


グレコの言葉に袮笛は、


「私は、旅に出ようと思う」


真っ直ぐな、決意のこもった瞳でそう言った。


「え……、旅って、どこに?」


「何処かは分からぬが……。探さねばならぬ者がいるのだ」


「探さねばならぬ者?」


首を傾げるグレコと俺の隣で、砂里は黙って、袮笛の言葉を待つ。


「思い出したんだ、最後の約束を……。お前を忘れはしない、必ず探しに行くからと、私はあいつに言った。だが……。これは、私の前世である始祖の記憶だ。どれくらい前の記憶なのかも、あいつがまだ生きているのかどうかも定かではない。けれど、この世界のどこかにいるのは確かなんだ。だから私は、あいつを探さねばならない……、見つけてやらなければならない。泉の周りに咲いているあの花を見ていると、その約束だけは果たさねばならぬと、心の奥にある何かが叫ぶんだ」


袮笛の言葉は、俺とグレコにはちんぷんかんぷんだった。

ただ砂里だけは、その全てを理解したかのように、少し悲しげな顔で袮笛を見つめていた。


「じゃあ、村を……、島を出るのね?」


グレコの問い掛けに、袮笛は力強く頷いた。


「そっか……。あ! じゃあ、一緒に来ない!? 私たちの仲間が一人負傷してしまって……。けどネフェが居てくれれば安心だわ!! それに、世界中を旅する予定だから、その途中で、ネフェの言う探さなきゃいけない相手にも出会えるかも!?」


楽しそうに提案したグレコだったが、袮笛は優しく微笑んで、首を横に振った。


「いや……。グレコ達が目指すのは南だろう? 私は……。白様の話では、あいつは北の地にいるという事だった。目的の場所が違うんだ、共には行けぬ」


袮笛の答えに、グレコはとても寂し気な顔をするも、すぐさまいつもの笑顔に戻る。


「そっか! なら仕方ないわね!! でも……。またきっと、二人に会える気がする。きっと、世界のどこかで、会えるわよね!!!」


努めて明るく振る舞うグレコだったが、その言葉に砂里は俯き、袮笛はまた首を横に振った。


「いや……。私は一人で行く。砂里は村に残るんだ」


「えっ!? 一人で行くのっ!??」


「どうして……? たった二人の姉妹なんでしょう??」


驚く俺とグレコだったが、砂里は、袮笛がそう言う事が分かっていたかのように、何も言葉を口にしない。


「砂里は、類稀なる呪術の使い手だ。その身に秘めた呪力も計り知れない。確かに、私と共に旅に出てくれれば、私は助かる。だが……。砂里はそれを、望んではいないだろう?」


袮笛の問い掛けに砂里は、体を小刻みに震わせながら、大粒の涙をポロポロと零した。


「お前は昔から優しい子だった……。みんなの気持ちを大切にする子だった。今、紫族の村は混乱の中にある。それを捨て置いて旅に出るなど、お前には無理だ、砂里。お前はここに残って、勉坐や雄丸と共に、新しい紫族の歴史を紡いでおくれ」


「……っ!? でもっ!?? 姉様……、そう言うのなら、姉様も一緒に……」


「私には出来ない。同じ父と母に育てられたとて、所詮私は親無しの拾い子。残念だが、皆の中からその偏見が無くなる事は今日までなかった。お前は他人の心が分かるから……、聞きたくもない辛い言葉を、これまで沢山聞いてきただろう? そのような思いを、これからはしなくてもいい。お前は生まれたこの村で、皆と共に生きろ。そして、私が帰ってくるまで、しっかりと村を守っておくれ」


「あ……、姉様ぁ……。 ふっ、く……、うぅ、うわぁあ~!!!」


袮笛の優しい言葉に、砂里は大声で泣いた。

堪えることなく、涙を流しながら。







「あの、キユウとかいう奴を手当てするときによぉ、ちょっくら記憶を覗いたんだ。何か、ハンニに繋がる記憶が残ってねぇかと思ってな。だけど、見えてきたのは全く別の記憶だった。あいつ……、あんな死にそうな目に遭ってながらも、一番心に残っているのはベンザさんの記憶だったんだ。それも、子供時代の、めちゃくちゃ古い記憶だった」


 カービィが突然話し始める。


「……それ、今の袮笛の話とどう関係あるのさ?」


「いや、まぁ~聞け聞け! ゴッホン!! ……紫族は数年に一度、種族全体で武闘大会を開く風習があるらしくてな。大人の部と子供の部、更には男女に分かれて、トーナメント形式で戦っていくんだ。そして、その年の女の子供の部の決勝戦が、ベンザさんとネフェさんだった。ネフェさんは当時から相当腕が立ったんだろうな。ベンザさんはボロ負けして、更にはネフェさんに屈辱的な言葉を掛けられたんだ」


「……ネフェは、何を言ったの?」


「お前は本を読んでいた方がいい……、ネフェさんはベンザさんにそう言った」


あちゃ~、それはキツイなぁ~。

武闘大会にわざわざ参加して、決勝戦まで残っているんだから、勉坐もそれなりに自信があったのだろう。

それを、決勝戦でボロ負けにされた挙句、そんな事言われちゃあ……

そりゃもう、あの勉坐の事だ、長年根に持つだろうねぇ。


確かに、今現在の袮笛と勉坐を比べて見てみても、明らかに袮笛の方が戦えそうな体つき、顔つきをしている。

勉坐は怒ると怖いけど……、それは武術が得意なのとイコールじゃないだろう。


「だけど、その時見ていた周りの大人たちが、口を揃えてこう言ったんだ。親無しのネフェさんが、何か卑怯な事をしたんだろう、拾い子だから信用できない、反則をしたんだろうって……。正々堂々戦って負けた挙句、相手には小馬鹿にされて、周りの者たちに歪んだ言葉で慰められちゃあ、ベンザさんの面目は丸潰れだったろうな~。それにネフェさんも……、辛かったと思うぞ」


なるほど……、そんな昔話があったのね。

それで最初、勉坐は袮笛の事を、あんな風にして威嚇したわけか。


「しかし……。それらの記憶が、何故キユウ殿の中に残っていたのだ? 死にかけてなお、何故それが一番強く、心に残っていたのだ??」


ギンロの質問に、カービィはにやりと笑う。


「そりゃ勿論……、愛だぁ~」


「はへ?」


「愛??」


「……なるほど、そうであったか」


疑問を呈する俺とグレコに対し、何故だかギンロは全てを悟ったような顔をする。


「へへへ。ベンザさんも隅に置けねぇよなぁ~?」


「うむ。ベンザ殿は身も心も美しい。しかし……、そうか、キユウ殿とベンザ殿は想い合っておられるのだな。ならば、残念だが……。我は潔く身を引こう」


「そうしとけ~! おまい、これ以上浮気したら、人魚ちゃんに海に引きずり込まれるぞぉ?」


「ぬ? そうか?? フェイア殿がそのような事をするとは到底思えぬが……。うむ、ベンザ殿の事は諦めよう」


「んだんだ」


……何が何だか分からんが、カービィとギンロは納得し合っているようだ。

お互いに、胸の前で腕組みをして、深く頷き合っている。


俺は、なんだかボヤ~ンとしか話の流れが分かっておらず……

グレコは理解したのかな? と思ってチラリと見てみるも、グレコは二人の会話には耳も貸さずに、窓の外に浮かぶ、まぁ~るい月を眺めているだけだった。

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