320:そなたに託そう
「なるほどのぉ……。わしが眠っている間に、そのような事が起きていようとは……」
湯呑みに入った温かい緑茶をズズッとすすりながら、志垣はほぅと息を吐いた。
「いや~、もういろいろと本当に、大変でしたよ~。大変過ぎて、朝ご飯を食べるのも忘れてましたからね~」
「それはそれは、お小さいのに可哀想なことを……。どれ、この菓子も食べるかのぉ?」
ピンク色の、柔らかそうな和菓子を差し出す志垣。
「おぉ! これまた美味しそうなっ!! 頂きま~す♪」
パクッ……、モグモグモグ
「おいひぃ~い~♪」
「お口に召したのなら何よりじゃ」
モグモグモグモグ……、ゴックン
……はっ!? 俺はここでいったい何をっ!??
志垣の部屋だという、大層居心地の良いジャパニーズ和室に上げてもらった俺は、出された温かい緑茶と甘いお菓子で、束の間の幸せを噛み締めて……、いる場合じゃないだろっ!? この野郎っ!??
「しっ! ししっ!? べっ!?? 早く玄関扉を開けに行かないとぉっ!!!!」
勉坐に怒られちゃうっ!?
慌てて立ち上がる俺。
だがしかし! お上品に正座していたためか、足が痺れてしまって、前のめりに倒れてしまった!!
くぅう~……、動けないぃっ!!!
「ほっほっ、そう慌てるでない。そなたの求める物はここにあるのじゃからな」
のんびりと話す志垣に対し、俺は足の裏のビリビリと戦いながら、這う様にしてゆっくりと、廊下へと繋がっているであろう扉に向かって……
「えっ!? 破邪の刀剣が、ここにあるんですかぁっ!??」
志垣の言葉に、勢いよくそちらを振り返った。
「ここにあるとも。あれは代々、妖の族の長が手元に置くと決まっておるからの。その昔、あの惨劇より生き残りし穂酉様が、大往生の末に息を引き取られる間際、わしに託されたのだ。いつの日か、始祖の魂を引き継ぐ者が現れる。その者の力となるは、この刀剣じゃとな」
そう言うと志垣は、おもむろに立ち上がって、足元にある床板を一枚剥がし、下から小さな小箱をとりだした。
それはそれは小さな小箱で……
「これが、邪悪なる呪いを断ち切る、我ら紫族の始祖が残しし刀剣じゃ」
志垣がそっと小箱の蓋を取ると、そこに現れたのは、俺の腕ほどの大きさしかない、短剣だった。
「……いや、短剣てっ!?」
心の声が思わず出てしまう俺。
こんな小さな短剣で、悪魔ハンニをやっつけると?
いやいや、無理無理無理!
しかもよく見ると、刃の部分が少し錆びているではないか……、絶対使えねぇえっ!!
「物を見た目で判断してはいかん。この破邪の刀剣は、その昔、我ら紫族がこの世界に降り立ちし時、かの大陸に君臨していた邪悪なる大地の化身を一太刀で斬り裂いたと言われておる、誠に偉大なる刀剣なのじゃ。そなたも見たであろ? 西の村の長、雄丸の住む家と、ここ東の村の長、勉坐が住む家。あれは双方ともに、その大地の化身の亡骸と言われておる。幾年月が過ぎようとも、大陸が分かたれようとも、島が火の海に飲み込まれようとも、決して失われる事のないあの亡骸……、それがどれだけ強靭なものか、わしが言わずとも目にしたそなたなら分かるじゃろう。そのような怪物を滅しし者こそは、我らが始祖と、この破邪の刀剣なのじゃよ」
うわ~ぉ……、あのどデカイ頭蓋骨と肋骨の持ち主を、紫族の始祖がそのチンケな短剣で仕留めたと?
……なんか、嘘臭いな。
まぁ、仮にそれが本当だとしても、それはその短剣が凄いのではなくて、紫族の始祖って奴が凄かったのでは??
「まさかこれを、あの子に委ねる日が来るとはな……。そなたは知っておるのか? あの子の出生の秘密を……」
あの子って言うのは……、言い回し的に、袮笛の事かしらね?
「えと……、袮笛の事ですよね? だったら……、はい、なんとなくは……」
砂里の話によれば、突然父親の義太が袮笛を連れてきたって事だったから……
義太と何処ぞの誰かの間に生まれた……、婚外子ってやつなんでしょ?
「もう、四十年は昔の事になるかの……。巫女守りの一族の出である葉津と、村の若者であった義太の間に子が出来、葉津はこの屋敷を出て行った。その時に生まれたのが砂里じゃ。砂里は類稀なる呪力の使い手で、双魂子であり、さらには正しく澄んだ心を持っていた。ようやく跡目が出来たと安堵しておった矢先に、もう一人の双魂子である男児が、その親に連れられてここを出て行った……。それから間も無くして、義太が袮笛をここへ連れてきた。なんでも、始祖の眠る聖なる泉の近くで見つけたとかなんとか……。当時はその話を信じる事が出来ず、かといって親無しのあの子をどうする事も出来ず、葉津には酷だったやも知れぬが、育てる様にとわしが命令したんじゃよ」
えっ!? 袮笛は捨て子だったって事!??
なんだ、てっきり義太が不倫して~とか、どろどろの昼ドラみたいな事を想像してましたよ。
「あの時、わしは村の掟に従って、何処の子かもわからぬ袮笛を、海に流してしまおうと皆に提案した。しかし、それを姫巫女様が止めたのじゃ。姫巫女様は言うとった。今はまだわからぬが、時が来れば、あの子に助けられるやも知れぬと……。姫巫女様は、袮笛の内側にある何かを見抜いていたのやも知れぬな」
……いや~、桃子にはそんな予知的な力はないと思うけど?
ただの気紛れだったんじゃなくて??
「時の神の使い、モッモよ。わしは妖の族の長として、これをそなたに託そう。目覚めたあの子の元へと届けておくれ」
そう言って志垣は、箱から短剣を取り出して、俺に手渡した。
足の痺れが治まっていた俺は、それをそっと受け取る。
マジマジと観察するも、それは特に何の変哲もない短剣だ。
強いて言うならば、柄の部分に見たことの無い紋章が小さく彫られている……、だけだな。
重量と長さは、やはり短剣程度しかない。
こんなので本当に、悪魔ハンニを倒せるのだろうか?
だけどなんだか、見つめているうちに不思議と、とってもとっても大きなものに背中を守られている様な……、そんな気持ちになるのだった。
「わかりました。……志垣さんは、どうされるんですか? ずっとここに??」
「わしはもう……、姫巫女様のお側におったとて役には立てぬじゃろう。そなたも知っての通り、わしはコトコに命を分けてもらい、これまでを生きてきた。しかし、肉体はとおに限界を超えていたんじゃよ。紫族の寿命はおよそ三百年。中には四百年近く生きる者もいるにはいるが、わしのように、五百年以上の歳月を生きるようには、この体は作られていないのじゃ。哀れな毒郎を助ける為にと、少々無茶をし過ぎたかの……」
少しばかり、寂しそうな顔をする志垣。
そっか……、もう、生きているのも不思議なくらいの歳だったんだね。
これ以上、老体に鞭を打たせるわけにはいかないな。
「わかりました! 後のことは僕たちに任せてください!! 悪魔ハンニを必ずやっつけて、桃子を守りますっ!!!」
ドーンと胸を張って、俺はそう言った。
俺に出来ることは少ないけれど、やれるだけやるって決めたんだ!
たぶん、ハンニをやっつけるのは別の誰かだけど!!
でも、俺だって頑張るぞぉっ!!!
「ほぉ……、桃子、とな?」
俺の言葉に志垣は、目を細くして小首を傾げた。
あっ!? しまった!!?
勢い余って、桃子の事を桃子って言っちゃったぁっ!!??
見た目は子供でも中身はババアで、随分と年上の桃子さん。
更には雨の姫巫女というとっても身分の高い桃子さんを、どこぞから流れてきた野ネズミな俺に呼び捨てにされるなんて……
志垣が怒るぅうっ!?!??
だがしかし、ビクつく俺とは裏腹に、志垣はニッコリと笑った。
「頼んだぞ、モッモ。桃子を、守っておくれ」
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