294:試練の洞窟
「私はこの扉の前で待つ事にしよう。他の者が誤って大騒ぎせぬようにな。砂里、モッモ、そなたらが今から行う事は通例ならば許されぬ……。くれぐれも、姫巫女様と志垣様に失礼のないように」
野草にそう言われて、俺と砂里は同時に大きく頷いた。
そして、目の前に広がる試練の洞窟へと、足を踏み入れた。
洞窟内は暗くはあるのだが、空中に漂う無数の、不思議な青い光の粒が辺りをやんわりと照らしているので、完全なる真っ暗闇ではない。
その為に、足元や壁の位置、天井までの高さなどは、なんとなく見て取れた。
俺と砂里は、真っ直ぐに歩いていく。
どこまでもどこまでも続いているような、そんな気になる静かな洞窟を、ひたすら真っ直ぐに……
洞窟を進むにつれて、俺は異変に気付く。
おかしい……、どうして……?
徐々に不安になり始めた俺は、更に神経を周囲に向けるものの……
やっぱりおかしいぞ、ここ。
どうしてこんなに、何にも感じられないんだ?
気付かなきゃ良かったと思うほどに、この状況は異常である。
何故なら、普段なら聞こえてくるはずの音、嗅ぎ取れる臭い、細かな空気の揺れなど、ピグモルの俺なら感じ取れるはずのもの全てが、ここでは感知できないのだ。
隣を歩く砂里の足音も、自分の足音も聞こえない。
砂里の臭いも、俺の臭いも、完全に消されている。
歩いているはずなのに、体の周りの空気の流れが感じられない。
全てが、この試練の洞窟に飲み込まれている。
うぅ……、やっぱり怖い……
なんだってこんな事にぃ……
そもそも俺は、本当にここに入って大丈夫だったのか?
確かに俺は、時の神の使者ではあるけれども……
だからって別に、俺自身に特別な力があるわけではないのだ。
神様から貰った便利アイテムと、何故だか呼べちゃう精霊たちと、グレコにギンロにカービィに、いろんな心強い仲間がいてくれたから、ここまで来られたのである。
即ち、俺自身は至って普通の……、いや、どっちかっていうとヘタレな部類に入る、世界最弱のピグモルなのだ。
なのになんだってまた……、こんな訳の分からん試練の洞窟なんぞに入ってしまったんだ……??
頭の中で自問自答を繰り返し、次第にナーバスになっていく俺の心。
それと同時に、なんだか胃の辺りが気持ち悪くなってきた。
あぁ……、やっぱり俺は、ここに来てはいけなかったんだ。
試練の洞窟が、俺なんかを認めてくれるはずがない。
ほら、お腹の中がグルグル回っている。
じきに頭も痛くなってくるぞ?
体の感覚もフワフワしてきた。
このままだと、手足が麻痺して動けなくなる。
もう諦めて、引き返した方がいいんじゃ……
キュルルルル~
「……ん?」
妙な音が耳に届き、俺は首をかしげる。
今のは……?
「ふふっ。モッモさん、お腹が空いているの?」
隣を歩く砂里が、俺の顔を覗き込むようにして笑った。
なるほど、今のは俺の腹の虫の音らしい。
そういえば、勉坐の家の炊事場で適当に選んだ遅めの昼食と言う名の軽食を食べて以降、何も口にしていないのだ。
その後は地下にこもって、勉坐と一緒に石碑の碑文と格闘していたから……
うん、お腹が減って当然だね、あれだけ頭使ったんだもの。
俺は一人、妙に納得した。
「ねぇ砂里」
「何? モッモさん」
「ここって……、飲食禁止かなぁ?」
「いん……、しょく? それは何??」
「あぁ、えと……。食べ物食べたり、水を飲んだりしちゃ駄目かな? って」
俺の言葉に、砂里はポカンと口を開けた後、ブッと吹き出して笑い始めた。
「あははははっ! そんな、試練の洞窟で何かを食べようなんて……、そんなこと考えたのはきっと、モッモさんが初めてよ!? あははははははっ!!!」
……そんなに面白い事言ったかしら?
砂里の笑いのツボがわからん。
「あはははっ! はぁはぁ……、ふふ。食べても大丈夫なんじゃないかしら? 誰もやった事はないと思うけど、食べちゃいけないなんて聞いた事ないから。ふふ、ふふふふ」
……ふむ、ならば何か食べようかね。
歩きながら鞄をゴソゴソと探り、あと少しだけ残っていたイゲンザ島のイシュの村で買った干物を見つける俺。
良かった、ちょっとだけ残ってた!
連日の野ネズミさんパレードのせいで、お肉は口にしておらず、本日の昼間はベジタリアン勉坐のせいで野菜や果物しか口に出来ず……
ここ数日、若干タンパク質が足りてなかったのだ。
干物をガジガジと齧りながら、その旨味を噛み締める俺。
同族を食べるわけにはいかないものの、生きていくためにはタンパク質はかかせない栄養素である。
またどこかで、干物なり干し肉なりを調達せねばなっ!
更に鞄を漁る俺。
干物だけでは、この腹の減りは収まらない。
そして、もはやお馴染みの、テトーンの樹の村原産のムギュのパンと、ルブーベリーとバラ科の植物を調合したジャムを取り出す。
ちなみにこのジャムは、幼馴染のソアラとロアラの試作品である。
歩きながら、器用にジャムをパンに塗り、一旦干物を口から避難させて、ジャムパンを一口パクリと頬張った。
「ん~、美味い♪」
思わずそう声に出してしまうほどに、お上品な甘酸っぱさが口いっぱいに広がって、俺は満足気に微笑んだ。
「ふふふ。モッモさんたら、全然平気なのね。さすが時の神の使者様だわ」
砂里にそう言われて、俺ははたと気付く。
そういえば……、何故だろうか、感覚が先ほどまでとはまるで違うな……
音も匂いも、普段通りに感知できている。
砂里と俺の足音、匂い、周りの空気の流れまでもが、いつも通りに感じ取れている。
……なんだなんだ? 腹が減っておかしくなっていただけかぁ??
「ははは! ま、これでも一応、時の神の使者だからね!! こんなのへっちゃらさっ!!! はっはっはっはっ!!!!」
調子に乗った俺は、さっきまでの不安なんて吹き飛ばして、高らかに笑った。
「ふふ。なんだかこうしていると、昔に戻ったみたい……」
真っ直ぐに前を見つめる砂里がポツリと零した。
「昔って……。以前もここを歩いた事があるって言ってたね。誰と来たの?」
パンにジャムを追加しながら、俺は何の気なしに問うた。
「……私ね、本当なら今頃、姫巫女様になっているはずだったの」
……ふぁっ!?
「え!? 何それ、どういう事っ!??」
「モッモさんも気付いてるでしょ? 私に変な力がある事」
それは……、はい、気付いています。
他者の意識の中から自分の存在を消せたり、他者の意識を読み取ったり……
普通じゃ出来ないような事を、多々されておりますものね、あなた……
気付かない方がおかしいですよ?
「それが……、姫巫女様になる為の、資格……、みたいなものなの?」
「うん……、けど……。姫巫女様になるにはいくつか条件があってね。一つがその、私が持っている不思議な力、
じゅ、じゅりょく?
ふた……、ふたたまたま??
「呪力は多かれ少なかれ、私たち紫族の者であれば、みんながその体のうちに秘めている力。けれど、それが使いこなせる者は一握りもいない。先ほど野草様が、この試練の洞窟の入り口にかけられた封術を解かれたのも、呪力によるものよ。呪力は、己が心の内で思い描いた事を現実化する力、だと教わったわ。だけど、その力の種類は多方面に渡る為に、これだと決められた形はないの。私の場合は、他者の意識をコントロール出来る、というものだった」
ほ……、ほう?
つまりあれか……、魔力と似て非なるもの、て感じかしらね??
それにしてもまぁ……、他者の意識をコントロール出来るとは……、なんちゅう恐ろしい力かね。
例えば、俺がグレコに怒られそうになった時に、お願い怒らないでっ! て思えば、グレコは怒らずに笑顔になる、なんて事も出来るわけでしょ?
便利じゃ~ん、その力欲しいわ~。
「だけど、姫巫女様になるには、双魂子である必要がある。双魂子とは、同じ日に生まれた、共に呪力を有する二人の子供の事を指すの。私には、同じ日の朝に生まれた、双魂子の相手がいた。名前は
ほ……、ほほう?
つまりあれか……、いや、どれだ??
「灯火と私は、物心つく前から双魂子として一緒に育てられたの。私の母様と父様と、灯火の母様と父様と、六人一緒に暮らしていた。そして、幾度となく母様とここを訪れては、私は灯火と共に、この試練の洞窟に挑んだ。私と灯火は、何度も試練をやり遂げた。神癒の間まで二人で行き、そこにある物を取ってくる、ただそれだけの……。二人なら寂しくなかったし、怖くもなかった。だから、試練なんてへっちゃらだったし、灯火となら、私も姫巫女様になれるって……。でも……」
言葉に詰まった砂里の顔が、悲しみの色に染まる。
その目には、涙の雫が溜まっていた。
「灯火は、十二歳になる年の春に、突然亡くなってしまったの……」
えっ……!?
えぇ~……、マジか……
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