290:落ち着け俺

「喜勇!? 喜勇は居らぬかっ!?? くそっ、まだ戻ってないのだな……。韋立いだち三珠さんじゅ!! 羽楚わそ!!! 居らぬのかっ!??? あやつら、何処へ行きおったぁっ!!!!?」


勉坐のガチギレ声を聞きながら、俺は今、必死に階段を上っています、はい……

なんせ、体の大きな鬼仕様の階段なもんで、降りる分にはさほど不便しなかったものの、上るのはかな~り厳しいのだ。


もぉ~、勉坐~……

俺を抱えて連れてってくれよぅっ!


短い手足を目一杯伸ばして上段を掴み、全く筋肉のない腕をプルプル震わせながら体を持ち上げて、なんとか片足を上げて引っ掛ける。

後ろに転げ落ちないようにとバランスを取りながら、ゆっくりと前方に転がって……

こうする事で、ようやく一段登れるのである。


なんだってもう、こんな事にぃ~!?


上階に響き渡る、怒号に近い勉坐の声を耳にしつつ、俺はヒーヒー言いながら階段を上っていき、後一段で一階に辿り着く……、まさにその時だった。

何か、物が壊れるような、バーンッ! という音がしたかと思うと……


「なっ!? 貴様ら何の真似だぁっ!?? くっ! 離せっ!! 離せぇえぇっ!!!」


え? 勉坐……??


勉坐の叫ぶ声と、ドタバタという複数の足音が聞こえたかと思うと、辺りは急に静かになった。


なんだ? 何がどうなってるんだ??


俺は耳を澄ませる。

ピグモルの耳はとてつもなく性能が良い。

意識を聴覚に集中させれば、聞こえる音は倍増するのだ。


毒郎どくろう!? 貴様の仕業かぁっ!??」


勉坐の声が聞こえる。

かなり遠いな、家の外か?


「口を慎むんじゃな勉坐。わしはこの東の村の老齢会の長じゃぞ? 首長とて、掟を破りし者は許すまじ。外者をこれ程までに野放しにするとは……。紫族始まって以来の失態じゃ!」


何やら、聞き覚えのないしわがれた声も聞こえるな。

声の高さから考えて、男性のようだけど……

毒郎て……、またこれ、すげぇ名前だなおい。


「黙れ老いぼれめっ! ろくに史実も知らぬ貴様が、歴史を語るなど言語道断っ!! 皆を放せっ!!!」


勉坐はかなり怒ってらっしゃる。

皆を放せって……、誰か捕まってるの!?


「黙れ小童めっ! 志垣様の曾孫だというだけで図に乗りおって!! そこの外者エルフと共に、貴様も火炙りにしてやろうかっ!??」


ひっ!? 火炙りぃいっ!??


ただならぬ事態に俺は、早く一階まで上らねばと、必死で腕を伸ばす。

しかし、焦っているのとビビっているのとで、普段は全然かかないはずの手汗がビチャビチャ!

ヌルヌル滑って、上段が掴めないぃっ!!


そうこうしている間にも、聞こえてくる罵声や奇声は数を増やしていき……


「外者は皆殺しにしろぉっ!」


「紫族の掟を守るのじゃっ!!」


「逆らう奴は同罪だぞぉっ!!!」


ひょえぇえぇ~!?

一体全体、何がどうなってるのぉ~!??


すると、あと一段が登れずにジタバタする俺の手を、誰かが掴んだ。

そしてそのまま、俺の体はヒョイっと宙に浮き、誰かの腕に抱えられて……

驚きのあまり声も出せずにいると、俺を抱えた誰かは、炊事場の勝手口から外へと出た。


何だっ!? 何なんだぁっ!??


「モッモさん、大丈夫?」


焦る俺の耳に届いたのは、聞き覚えのある優しい声。

恐る恐る顔を上げると……


「あ、砂里!?」


俺を抱えていたのは、なんと砂里だった。

額には大粒の汗をかき、体は小刻みに震えている。


「どうっ!? 何があったの!?? 袮笛はっ!??? 勉坐はっ!????」


混乱する俺を、砂里はそっと地面に降ろした。


「みんな捕まってしまったの。老齢会が反乱を起こして、それで……。勉坐様も、村やその周辺を見て回っていたモッモさんの仲間も、みんな捕まってしまった。私は、姉様とグレコさんと、あと小さな桃色毛玉と大きな青い毛玉と一緒に居たんだけど……。私以外は……」


小さな桃色毛玉と大きな青い毛玉て……、カービィとギンロかっ!?


「えっ!? みんな捕まったの!?? 袮笛までっ!??? 反乱って……、どうしてっ!????」


「古の獣が泉に現れた事が老齢会に知れて、それで……。東の老齢会の長である毒郎様が、外者が来たせいだと言い始めたらしいわ。村の戦闘団の者たちはみんな、勉坐様より毒郎様側についたみたい。戦闘団が相手だと、さすがに姉様も勉坐様も多勢に無勢よ……。このままじゃみんな……」


砂里は肩を震わせながら、涙をポロポロと零し、その場に座り込んでしまった。


な、なんてこった……

のんびり暗号なんて解いてる場合じゃなかった……

みんな捕まったって……、マジでっ?

グレコも、カービィも、ギンロも??

騎士団のみんなもっ!?

そんな馬鹿な……、みんなすっごく強いはずなのにぃっ!??

こんなのもう、絶対絶命だぁあぁぁっ!!!!!


……いやいや、落ち着け俺。

とりあえず落ち着こう、うん。

大丈夫、何とかなる、うん。

……いや、何とかしないとっ!


「何とかして、みんなを助けないと……」


心の声がポツリと、俺の口から出た。

すると、砂里はギュッと唇を噛み締めて、両手でグイッと涙を拭いた。


「そうよね。姉様を……、みんなをお助けしなきゃ!」


だけど、何をどうやって助ければ……?

相手は……、見てないけど、きっと屈強で馬鹿でかい鬼達の群れ。

それをどうやって、世界最弱種族のピグモルである俺が、太刀打ち出来ると……??

ん? いや待てよ。

別に、俺が立ち向かわなくてもいいんじゃないか???


「ね、ねぇ砂里。さっきその、チラッと聞こえたんだけど……。勉坐さんって、姫巫女様のとこの志垣さんの、お孫さんなの?」


確かにそう聞こえた。

毒郎とかいう反乱ジジィが、曾孫だなんだと言っていたような……


「あ、うん。元々、勉坐様の一族は巫女守りの一族と同じ血筋で……。確か、勉坐様のお婆様が、志垣様の娘……、だったはず。ごめんなさい、定かじゃないわ」


うん、……でも、多分そうだろう。

あの志垣の目付き、勉坐にソックリだったもん。


「よし……。砂里、よく聞いて。僕はこれから、姫巫女様のお住まいに行ってくる。志垣さんにみんなを助けてもらおう」


「えっ!? でも……。外には戦闘団の者たちが沢山集まっているし……」


「大丈夫。僕、実は姿を消せるんだ」


「えぇっ!? 本当っ!?? で、でも……。姫巫女様や巫女守りの一族の方々は、あまり村の事には干渉なさらないはずよ。そんな、村でのいざこざなんて……。いくら親戚だっていっても、志垣様と勉坐様の間に親交があるなんて聞いた事がないし……」


「それでも……。この状況を一変させるには、姫巫女様や、巫女守りの人達の協力が必要だよ。いくら親交が無いとはいえ、曾孫が火炙りにされるなんて聞いたら、さすがに助けてくれるでしょう?」


「そ……、そうよね……。うん、そうよね!」


「よし! じゃあ行ってくるよっ!!」


「あ、待って! 私はどうすればっ!?」


あ~……、そこ考えてなかったな……

二人で行こうにも、俺は姿を消せるからいいけど、砂里は無理だろうし……

てか、砂里はどうして無事だったの?


「……ねぇ。砂里はどうして捕まらなかったの?」


俺の言葉に、砂里は明らかにドキッ! とした表情になる。


「そ、それは……。えと……、その……」


んん~? なんか、怪しいなぁ~??


俺の訝しげな視線に気付いた砂里は、更にドギマギしてしまう。

そして、意を決したようにこう言った。


「わ、私、は……。す、姿を、消せる、んです……」


「えっ!? そうなのっ!??」


ま、マジかっ!?

素でそんな事が出来る者がいるのかっ!??


「あ、でも……。お願い、誰にも……、言わないで、ください……」


「あ、うん、言わないよ。そっかぁ……、凄いな……」


でも……、じゃあ……


「姿を消せるのなら、一緒に来る?」


俺は、かなり軽い口調でそう尋ねた。

お茶でもしない? てな感じの、相当お気楽な言い方をしてしまった。

だけど砂里は……


「あ……。い、行くっ! 私も行きますっ!!」


砂里はギュッと拳を握り締め、力強くそう答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る