288:地下室

「下の、二文字目を、五文字目に……、と……。で、次がぁ~?」


キュイキュイキューン


「第五章二十三項十七節の七文字目……。《星食らう者は神のみぞ操る島の……》。これの七の文字は、《神》だ」


キュイン、キュイーン


「神ね……。これを、八文字目か……。よしよし……」


キュンキュン、キュキュン


「次は……、ここだな。《狂言者の思惑は……》の五文字目……。《思》だな」


キュイキュイ、キュイキュイキュイキュイ


「思う……、オッケー。ん? でもこれだと文章がおかしくならない??」


キューン、キューン


「なに? 間違えたか??」


キュキュキュキュン!


「ん~……、あ、ページが違うよほら。もう1ページ前だ」


キュインキュイン!!


「おぉ、すまぬ」


キュイキュイ、キュンキュンキューン!!!


「いいよ、大丈夫。それよりさ……、やっぱり別の部屋でしない?」


「ぬ? 集中出来ぬか??」


「いや、まぁ……。出来なくもないけど、めちゃくちゃ出来るわけでもない」


「ふむ……。私はここが一番落ち着くのだが……」


「……うん、じゃあ続きをしようか。次の文字は?」


俺は諦めて、手元に開げられている書物に視線を戻した。


今俺がいる場所は、紫族の東の村を治める賢くて美しい首長勉坐の、村で一際存在感のある巨大頭蓋骨の家、その地下室である。

数カ所に設置された乏しい松明の灯りを頼りに、丸太の椅子に腰掛けて、机に雑多に広げられた様々な書物を前に、絶賛悪戦苦闘中です。

無論、隣に座っているのは、家主である勉坐だ。


地下室といっても、自然と出来たらしい地下空洞を使っているので、部屋という感じでは全くない。

天井はかなり高いし、無駄にだだっ広い。

壁際には無数の本棚が並べられ、古びた書物がギッシリと詰め込まれている。

地下だから湿っぽいと思うだろうが、何処からか風が吹き抜けているらしく、周りの空気は軽い。

その為か、保管されている書物の状態も良く、今俺の手元にある物も、およそ七百年前の物だと言うから驚きだ。


そして……、驚くべき事実を、俺は知ってしまったのである……


「次の文字は……、《別れを告げる……》、《告》だ」


キューン、キュキュイーン


先程から聞こえる、「キュンキュン」というこの可愛らしい鳴き声の主は、なんとあの野ネズミさん達。

紫族の主食とも言えよう小型の獣、リーラットなのである。

語り部の一族が代々守りし地下の書庫には、沢山のリーラットが飼われていたのだ。

ザッと見ただけでも、百匹は超えているだろう。

これがいったい、何を意味するか……

皆さんはお分かりだろうか?


「告ね……。ん~……、ねぇ勉坐。みんな、お腹が空いているんじゃない? ずっと鳴いているしさ」


「んん? あっ! そういえば、まだ昼餉を与えてなかった!! モッモ、しばし待たれよ。私はリーちゃん達のご飯を用意してくる故」


そう言って勉坐は、そそくさと席を立ち、上階へと繋がる階段を登って行った。

……ちなみに勉坐は、リーラットの事をリーちゃんと呼ぶ。


「ふぅ……。良かったねみんな、ご飯の時間だってさ」


俺の言葉が通じたのか、切ない鳴き声を上げていたリーラット達は、途端に静かになった。








時を遡る事、およそ一時間前。


風の精霊シルフのリーシェの導きによって、カービィとギンロ、それからアイビー率いる白薔薇の騎士団の団員たちが、鬼族である紫族の東の村へとやってきた。

リーシェは、ピンポイントで勉坐の家の前にみんなを運んでくれたけど、まだ村の鬼達に話が十分に伝わっていなかったのか、辺りは騒然となった。


急に現れた他種族の外者に対し、血気盛んな紫族の鬼達は、武器を手に飛び掛かった。

だけど、そうなる事を予測していたらしいアイビーが、守護魔法を即座に行使し、巨大な魔法の盾をいくつも生成してみんなを守った。

さすがはプロジェクトのサブリーダーだ、頭がキレるねぇっ!


騒ぎに気付いた俺とグレコ、袮笛と砂里が、勉坐の家から飛び出して、紫族のみんなに必死に状況を伝えて……

勿論、紫族のみんなはそんなもんじゃ収まらない勢いだったが、そこにタイミング良く勉坐が帰ってきてくれたので、なんとか事なきを得たのだった。


「鬼族の皆さん! 初めましてっ!! おいらは虹の魔導師カービィ!!! おいらが来たからにはもう安心していっ!? もがっ!??」


勝手に自己紹介を始めたカービィの口を塞いで、その体をヒョイと抱えたのは他でもないグレコだ。

アイビー達に、一度勉坐の家の中へ入るよう指示したグレコは、何やら幸せそうな笑みを浮かべるカービィを小脇に抱えたまま、自分も家の中へと戻った。


「みんな、こちらがこの鬼族の村の首長、ベンザさんです。今日からお世話になるので、粗相の無いように気をつけてください。ベンザさん、こちらはアンローク大陸に現存する魔法王国フーガの王立ギルド、白薔薇の騎士団の皆さんです。みんな、魔法に長けた方々ばかりなので、きっとお役に立てると思います。よろしくお願いします」


勉坐に向かってぺこりと頭を下げるグレコ。


「よろしくお願いしますっ!」


白薔薇の騎士団、およびカービィとギンロは、グレコに習って頭を下げた。


「うむ。みな、よく来てくれた。村の者共には話を通した故、村の中とその周辺であれば、自由に出歩いてもらって構わない。もし、何か不便があれば、私の手下共に申し付けてくれ。万が一、手前勝手な村の者達のせいで、その身の危険が及ぶような事があれば、遠慮なく倒してくれて構わぬ」


勉坐はみんなにそう告げると、喜勇を始めとした手下の者達を家の中へ呼んで、順番に紹介していった。

白薔薇の騎士団のみんなは、アイビーが代表して、それぞれを紹介していった。


ちなみに、ここへ来た騎士団のメンバーは六名。

深緑色の髪を持つイケメンなムーンエルフのアイビー。

顔も体もローブですっぽり覆っていて全く見えない、炎の精霊と人とのパントゥーであるマシコット。

前衛班からは、チェリーエルフのメイクイと、猛虎人のライラック。

衛生班のアルパカ人間エクリュと、通信班で長い藍色の髪を持つ魔女であるインディゴ。

ノリリアとその他のメンバーは、コトコの洞窟が偽物では無い可能性もあるとして、まだ火山の麓に残っているらしい。


「私たちには目的があります。その過程ではありますが、怪物の討伐、全力で挑ませて頂きます!」


アイビーの力強い言葉と、その誠実な態度に、勉坐はどうやら、みんなを信頼してくれたようだった。


その後、グレコがこれまでの事を詳しくみんなに説明して、今分かっている範囲での異形な怪物の情報をみんなに伝えた。

その上で、姫巫女様のお住まいで、下部獣であるあの年老いた白いアンテロープが言っていた言葉が気になるという事も、みんなに話していた。


「では、我々は村周辺を調査させて頂きましょう。二十年前に、南の村よりその怪物が出現したというその獣の言葉を信じるのなら、今回もこの村、もしくはもう一つの西の村にその怪物が出現する可能性も有りますからね。よろしいでしょうか、ベンザ様?」


「あぁ構わぬ。私はこれから、モッモと共に、地下室にて石碑の解読に取り掛かる。用があれば、そこの扉を三度、叩いてくれ」


……こうして、グレコ達は外での調査に出掛けて行き、俺は勉坐と二人っきりで地下室に向かう事となったのだ。

そして……


「モッモ。これから目にするもの、耳にするものを、他の者には漏らさぬと誓ってくれるか?」


地下へと続いているという鍵のかかった扉の前で、鬼気迫る表情で勉坐は尋ねてきた。

かなり真剣……、かなり怖い……

俺は、千切れるんじゃないかと思うほどに、首を縦にブンブンと振った。

ここで、いいえなんて答えてみろ? それこそ本当に首が千切れちゃうよ……


ゆっくりと開かれる、鍵のかかった扉。

そこから漂う獣臭に、俺は覚悟を決めた。

きっとこの先には、食べられるのを待つだけの、可哀想なリーラット達が捕らえられている……、そう思ったからだ。


勉坐に続いて、扉の先にある長く暗い階段を降りて行くと、目の前に広がったのは薄暗い地下室。

そして、そこにいたのは……


「……へぁ? え?? ……どういう、こと???」


巨大な地下室内で、自由気ままに目一杯寛いでいる、沢山のリーラット達だった。

しかも、どうやら野生ではないらしい。

なんていうかこう、幸せそうにプクプクと肥えているのだ。


「モッモよ、驚かずに聞いてくれ。私は……。私は、小さくて柔らかい毛を持つ、このめんようなリーラットが大好きなのだ! 故に、一匹でも多くのリーラットの命を救う為に、ここでこうして育てているのだっ!!」


綺麗に整ったお顔の頬をピンク色に染め、少しばかり恥ずかしそうに、しかし鼻息荒くそう言った勉坐の様子を、俺は一生忘れないだろう。


勉坐は、いわばベジタリアンだった。

物心ついた頃から動物の肉を食べるのが苦手で、更には小さくて可愛らしい姿形をしたリーラットが大好きなのだとか。

だから、リーラットを食べ物としてしか見ない村の者達の事が理解出来ず、また許す事が出来なくて……

まさか、リーラットの生肉が好物だ~なんて言っていた理由が、生きたままリーラットを自分の所へと運ばせて、そのリーラットを守る為の嘘だったなんて……


秘密を打ち明けたものの、心の中では、これで良かったのか? と自問自答しているのであろう複雑な表情の勉坐を前にして、俺は笑いが込み上げてくるのを必死で我慢したのだった。


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