280:二十年と十ヶ月前の話

「この地に訪れし最悪で最大の災厄……。灰の魔物と呼ばれたその脅威から紫族を救ったのは、他でもない外者の琴子様であった。かつての大陸が分かたれて後数年、我らが祖先は琴子様の事を敵視していたようだが、灰の魔物より我々を守った事によって、その存在は救世主として讃えられた。そして、琴子様の生まれは遠い異国の地……、他者の血を好んで食す吸血エルフであったと、紫族の歴史書には記されている」


ベンザの言葉に、俺とグレコは目をパチクリさせる。

大魔導師アーレイク・ピタラスの弟子である、この島の名前にもなったコトコさんが、まさかグレコと同じブラッドエルフだったなんて……

そんな事、カービィもノリリアも言ってなかったぞ!?


「俺たち紫族には、外者と関わっちゃならねぇっていう古臭ぇ~掟があってな。まぁ、最近はそこまでピリピリしちゃいねぇが、極力、村の外部との交流は持たねぇ決まりなんだ。けど、相手が吸血エルフなら話は別だ。なんせ、俺たちの御先祖様を救ってくれた、救世主琴子様と同じ種族なんだからな」


ニカッと笑うオマル。


「……古臭いとは聞き捨てならぬな、雄丸。その掟があってこそ、我々紫族は今日この日まで、この島で平和に暮らせてきたのだ。ピリピリしておらぬというのも、貴様が呑気な故のとんだ勘違いだとそろそろ気付け。先日も、妙な輩が南の波止場にやって来たとの報告があったが故に、今朝私が自ら偵察に行ったのだ。これだから西の村は……」


オマルを睨みつけながら、ようやく落ち着いたらしいベンザは、丸太の椅子に座り直した。


「んん? 妙な輩とはなんだ?? 俺のところにはそんな情報は入ってきていないが???」


「報告する必要などないと、私が言ったのだ。どうせ大した輩ではないと踏んでいたのでな。案の定、揃いの白い衣服に身を包んだ、大層間抜けな奴らだった。我々紫族が住まう島であると知ってか知らぬか、森で平気で野宿するお気楽な連中だ。我らに仇為す様子はなかったが故、こちらから下手に仕掛けずに様子を見るよう見張りの者に伝えて、私は一足先に戻ったのだ」


白い衣服に身を包んだ?

森で平気で野宿する??

……あのぅ、それってもしかして~???


「……ノリリア達の事、かしら?」


グレコが小声で話しかけてきて、俺はこくんと小さく頷いた。


「ほぉ? お前が手を出さぬとは珍しいな。相手に強者でもいたか??」


「ぬかせ、その逆だ。見るからにひ弱そうな連中でな。種族部族関係なく、いろんな奴らがいたのだが……。まともに戦えそうな奴は三人しかおらんかった。その中で、一際目立つ奴がおってな。何やら終始ヘラヘラと笑っている、めんような姿形の桃色の狸だったが……。あまりに緊張感のない顔故、そのような奴がいる集団など、さほど危険ではないと判断したまでだ」


オマルの言葉に、ベンザは面倒臭そうにそう説明した。


一際目立つ、ヘラヘラと笑う、桃色の狸?

あまりに緊張感のない顔??

……あのぅ、それってもしかして~???


「……カービィの事よね? 桃色の狸って」


「……一応、ノリリアもピンク色してるよ?」


「あ……、そうだったわね。でも、ノリリアはヘラヘラなんてしないわよ?」


「あ……、じゃあやっぱり、カービィの方だね、うん」


コソコソと話す俺とグレコ。


「どうした二人共。何か言いたい事でもあるのか?」


ネフェが俺たちに尋ねる。


「あ……、ううん、大丈夫! 少し驚いただけよ。まさか……。ブラッドエ……、吸血エルフの中に、そんな凄い人がいたなんて知らなかったから」


グレコはそっと話を戻した。

ノリリア達の話は完全にスルーするのですね、さすがです。


「うん。で、そういうわけでだな……。勉坐、これも何かの縁だと思わねぇか?」


「……どういう意味だ?」


「二十年前と同じ事が今まさに起きているとしたら……。かつて救世主と呼ばれた琴子様と同じ、吸血エルフの一族であるグレコが今ここにいる事には、きっと何か意味があると俺は思うんだ」


「なるほど……。それで、ここへ連れて来たと?」


「そうだ」


オマルの言葉に、ベンザは難しい顔をして腕組みをし、何かをウーンと考えている。


……未だに話が全然見えないんだけど?


「その……。二十年前、何があったんですか?」


再度、質問するグレコ。


「正しくは、二十年と十ヶ月前の話になる……。そこにいる袮笛と砂里の父親である義太は、当時泉守りの任を与えられ、一人火の山の麓の泉の近くで暮らしていた。しかしある日、泉に古の獣が現れて娘が喰らわれたと、義太は半狂乱となって村へ帰って来たのだ。古の獣は、遥か昔から我ら紫族に伝わる伝説の獣。火の山の麓の泉に封印されているという事のみは分かっているが、その獣が何なのか、本当に存在するのか、何も定かではない。勿論、その姿形を知る者など一人もいない。しかし義太は、その古の獣を見たと言って戻ってきた。前代未聞の事態に、西の村も東の村も、当時は存在していた南の村も、それぞれがこぞって捜索隊を結成し、泉へと向かった。しかし、三日三晩探せど暮らせど、古の獣は見つからなかった。四日目にして、目撃されたという古の獣の正体は、泉守り義太の乱心、もしくは虚言と断定された」


ほう? 二十年前は南の村が存在したとな??

つまり……、火山の南側にあったのかしらね???


「だがその後、予期せぬ惨事に俺たち紫族は見舞われた。何処からともなく現れた、異形な怪物……。その怪物によって、一夜にして南の村が滅んだんだ」


えっ!? 何それっ!??


「何っ!? 怪物!?? そんな話は初耳だぞっ!??? 南の村は……、あの災害によって滅んだのではなかったのか!!???」


「皆にはそう伝えたんだ。当時の首長達の意向でな……。妙な動揺を村の者達に与えぬようにとの計らいだった」


驚くネフェとサリに、オマルはそう説明した。


「南の村の生き残り、つまり、その異形な怪物を目撃した者の話によると、そやつは真っ赤な炎に包まれた燃える体を持つ、四本足の生き物だったそうだ。大きさは並みのアンテロープよりもやや小さく、しかしながら口に生えた無数の牙や、両手両足に生えそろった爪は恐ろしいまでに鋭利で、見るからに獰猛そうな鳴き声をあげていたという。動きは俊敏で、尾に鎌のような刃型のヒレがあり、その尾を振り回しながら、南の村の住人を胴から真っ二つに斬り裂いて殺していったそうだ」


えぇえっ!? こえぇえっ!!!


「南の村は、怪物の襲撃によって跡形もなくなった。だが、そいつは更に恐ろしい事をしでかした。執拗に攻撃を繰り返し、逃げ惑う者を殺して回ったその後、その背にある翼で空へと登り、島中に炎の雨を降らせたんだ。ネフェとサリも覚えているだろう? あの炎の雨を……。森は焼け、火の手がどんどんと広がって、この東の村にも、俺が治める西の村にも、甚大な被害が出た。元々、俺たちの生活には水が足りねぇ。迫り来る炎の波を消す術などなく、絶望に暮れていた俺たちを救ったのが、当時の雨呼びの姫巫女様だった」


「その当時の姫巫女様は、島中に雨を降らせる為に、雨乞いの儀式を七日七晩続け、この島を異形な怪物の放った火より守ったのだ。だがしかし、直接奴に襲われた南の村は滅び、仲間が大勢死んだ。そして、力を使い果たされた姫巫女様もまた、その後間も無くお亡くなりになられたのだ。これが、我々紫族を襲いし二十年前の悲劇……。そして、その始まりがおそらく、泉守りであった義太の虚言……、いや、虚言と思われていた、あの古の獣の出現だったのやも知れないのだ」


なんっ!? ……じゃあ、……どう???


「つまり……。今回、ナホラさんが古の獣を見た、ということが、その異形な怪物が再び出現する前触れかも知れない、って事なのかしら?」


恐る恐る尋ねるグレコに対し、神妙な面持ちで、オマルとベンザは同時に頷いた。


俺は、どう考えても関わっちゃいけない事に首を突っ込んでいるのではっ!? と、かなり動揺し、目を左右にキョロキョロとしながら、グレコの次の言葉を待つしかなかった。


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