265:敵襲!!!

「水の精霊、ウンディーネ!」


荒れる海のど真ん中で、グレコとの短い協議の末、俺たちはあいつを呼ぶ事にした。

この状況で、あのムカつく顔を見るのは、正直嫌なんだけど……


以前ザサークがグレコに持たせた遭難用の信号弾は、海水で湿ってしまって全く使い物にならなかった。

……遭難用なのに水に弱いって、どんだけ役立たずなんだよおい。

助けを呼べないのなら、自分達でなんとかするしかない。


ぷわ~ん、ぷわ~んと、何処からともなく、光を放つ丸い物体が俺たちの前に現れて、海面に付着すると共に、そこには水の精霊ウンディーネ……、とは思えないほど不細工な顔の、ゼコゼコが姿を現した。

いつ見ても、本当に、まんま魚だね君は……


『ぬぬ!? またしても海っ!??』


オコゼのような顔をしたゼコゼコは、その大きな口をパカパカさせて、眉間に皺を寄せた。


「やぁ、久しぶり~」


軽く挨拶をする俺。


『ぬっ!? 頭を垂れよっ!! 無礼者っ!!! ちんをなんと心得るっ!?? ウンディーネ国の皇子ぞっ!!??』


出たよ……、この偉そうな態度……

けど、あれれ? こいつ、この前、父親に怒られたとか言って、大人しくなってなかったっけか??


「……お父さんは元気?」


ボソッと尋ねる俺。


『ぬっ!? がっ!?? くぅ……。何用でしょうか、ご主人様? ぐぐぐ……』


ゼコゼコは、悔しそうに顔を歪めながら、態度を改めた。


ふぅ……、やれやれ……


「グレコ、まだ船は見える?」


先ほどから、双眼鏡を使って、船の行方を追っているグレコに尋ねる俺。


「うん、見えるけど……。随分離れてしまったわね。早く追いかけないと」


「そうだね。そういう事だから、ゼコゼコ、船を追いかけて!」


『ぐぅ……、畏まりましたです……』


俺に命令されたゼコゼコは、スーッと海の中へ潜っていく。

すると、それまで波に揺られているだけだったガーガーちゃんが、ゆっくりと前進し始めた。


「さて……、なんとかこれで、遭難は免れたわね。一時はどうなる事かと思ったけど」


 大きく息を吐きながら、腰を下ろすグレコ。


「あんなに危険な漁だったなんて……、想像もしてなかったよ~」


 俺の言葉に、グレコがギロリと睨みを効かせる。


「モッモ……。あなた、今度私の言う事を聞かずにこんな目に遭う事になったら……。その時は、命はないと思いなさいね?」


 ひぃっ!?!??


「ごっ! ごめんにゃさいぃっ!!」


 グレコの言葉に寒気を感じた俺は、ペコペコと頭を下げて必死に謝った。

 一瞬、エルフの村の海岸で、グレコの母ちゃんである巫女様のサネコに、思わず血を吸われてしまったあの時の感覚を思い出したのである。

 なぜそのような事を思い出したのか、というと……

 

「グ、グレコ……、その……、清血ポーション、飲む?」


「え、どうして? 今は欲しくないけど」


「あ、そう……、はい……」


 そうは言うけどさ、そろそろ君、本当に、清血ポーション飲んだ方がいいと思うよ?


 グレコの髪の毛は、栗色を通り越して、俺の毛並みと同じくらいの黄土色まで色が抜けてしまっているのである。

 それはそれで、美しいのだが……

 見た目だけの問題ではなくて、これ以上渇いてしまうと、俺の身が危険なのではと、内心ヒヤヒヤものなのである。

 ただでさえも、この危機的な状況で、尚且つグレコが我を失おうものなら……

 そうなれば俺は、生きていられる自信がありません、はい。


「ねぇ、ゼコゼコさん? もう少し早く進めないのかしら??」


『ぬぬ……、小娘め……』


「あら? 何か言ったぁ??」


『ぐぐ……、精一杯泳ぎまするっ!』


「は~い、頑張ってねぇ~。はぁ……、せめて、雨が止めばいいのにねぇ……」


「そうだね……」


 とりあえず、これ以上グレコの機嫌が悪くならないように、俺は細心の注意を払わなければならない。

 くっそぉ……、せめて傘があれば……

まさか、カービィのあのふざけたパラソルが恋しくなる日が来るとは、1ミリたりとも思わなかったぜ。


 ゼコゼコが動かすガーガーちゃんの背に乗って、荒波にもまれ雨に降られながら、俺とグレコはゆっくりと大海原を進むのであった。







『ギョギョ!? 敵襲!! 敵襲!!!』


 海を行く事しばらく、大時化を抜けて雨が止み、太陽の光が差してきた頃、ゼコゼコが何やらけたたましい声を上げた。


「敵!? 何っ!?? どこっ!???」


 慌てて立ち上がる俺とグレコ。


『南東の方角にっ! ギョギョギョッ!? 用事を思い出した故、朕はこれにて帰らせて頂く!! さらばっ!!!』


「はぁっ!?」


「ちょっ!? ゼコゼコ!?? おいっ、ゼコゼコ!???」


 俺が引き止める間もなく、ゼコゼコの声は聞こえなくなって……


「あいつ、本当に帰ったのっ!? 信じられないっ!??」


 ガチ切れグレコ様、ご降臨っ!


「ひっ!? ま、ちょ、と、落ち着いてグレコ!! それより敵はっ!??」


 俺の言葉に、すぐさま双眼鏡で南東の方角を見やるグレコ。


「……んん~? 何あれ??」


「何っ!? 何が見えたのっ!??」


「……馬、のようね」


「はっ!? 馬っ!?? 馬って……、ここ、海の上だよ??」


「うん、でも……。あ、背中に誰か乗っているわ。あれは……誰かしら?」


「いや、こんな場所で馬に乗っている知り合いなんて僕たちにはいないでしょ……?」


「どんどんこっちに近付いて来るわ」


「……ど、どうする? 何か……、誰か呼ぶ??」


「……女性のようね。一人は子どもだわ」


「え、二人いるの? てか、人なの??」


「いいえ、あれはきっと……」


 黙るグレコ。


「……きっと何さ?」


オーガ族、じゃないかしら?」


「え……、えぇっ!??」


 驚き慌てる俺と、双眼鏡で前方を見つめ続けるグレコ。

 

 どうしよう、どうしよう!?

 遭難した上に、獰猛で危険な鬼族と、こんな逃げ場のない場所で遭遇っ!??

 まったく……、なんて日だっ!!??


 俺が、あわあわ、あせあせとしているうちに、どんどんと敵は近付いてきて、肉眼でもはっきりと確認できるまでに、その距離は縮まってしまった。


「どっ!? どうしようグレコっ!??」


「どうしようも何も……、助けてもらいましょうよ」


「へぁっ!??」


 慌てふためく俺を他所に、グレコは何やらとても冷静な眼差しでそう言った。


「たすっ!? 助けてもらうって!?? 相手は鬼族なんでしょっ!??? そんなの……、無理に決まってるじゃないかぁっ!!!!!」


「……どうしてよ?」


「どうしてって!? ノリリアに前に教えてもらったでしょ!?? 鬼族は、とっても危険な種族だって!!! 敵だと見なしたものの体を真っ二つにしちゃうんだよっ!???」


「確かにそう聞いたけど……。彼女はそんな風には見えないわ」


「なっ!?」


 何を悠長な事をぉっ!?

 渇き過ぎて、とうとう頭がおかしくなったのかぁっ!??


「それに、ほら、もうそこまで来てるし」


 なにぃいぃっ!???


「あぁっ!? もうあんなところ、に……、お? おぉう……」


 グレコが指さす先にいる者のその姿を目にした俺は、思わず言葉を失った。


 海面から、長い首と顔だけを出した、青い毛並みの馬のような生き物の背に乗って、こちらに真っ直ぐとやってくる、二人の鬼族。

 一人は若い女で、もう一人は幼い少女なのだが……

 なんていうかこう、俺が想像していた鬼族の姿とは全く違っている。


 小麦色の肌をした体は、程よい筋肉がついた引き締まった細身。

太陽の光に照らされた髪は、眩しいほどの金色だ。

 額に有した二本の角は短く、鮮やかな紫色をしている。

 そして、角と同じ色の瞳を持つそのお顔は、どちらもかなり整っていて、凛としていて利発そうで……

 それよりなにより、とても、とぉ~っても美しいのである。


「なんちゅう……、どうしよう?」


 予想外のその美しさに、俺はグレコを見る。


「ね? だから、助けてもらいましょうよ。あの外見で人を襲うとは思えないわ。まぁ……、万が一襲われてしまったら、運がなかったのだと諦めましょう」


 諦めるって……、何を? どう??


 答えが出ぬまま、逃げ出す事もできないままに、鬼族の女たちはこちらに向かってきて……


「んん? 何かと思えば……、エルフの女子おなごか?? どうした、このような海のど真ん中で……、妙な乗り物に乗って……」


 若い女の鬼がそう言った。


 おぉっ! 見た目に違わず声もお美しいっ!!


 凛々しい印象を受けるその話し方は、アニメや漫画によく出てくる女戦士のようだ。


「良かった、言葉が通じるのね。船から落ちてしまって、困っていたの」


「なるほど……、助けはいるか?」


「お願いしてもいいかしら? 陸まで行きたいの」


「承知した。砂里さり、手を貸すぞっ!」


「はい姉様!」


 砂里と呼ばれた幼い少女の鬼は、可愛らしい声でそう返事をした。

 

 二人は揃って、馬のような生き物の手綱を引いて、ガーガーちゃんの後ろへと回った。

 そして、一本の綱をガーガーちゃんの首にぐるりと巻いて、二頭の間にガーガーちゃんを挟むような形で、ゆっくりと進み始めた。

 

「私の名は祢笛ねふぇ。コトコ島に住まう、紫族しぞくの女だ。こちらは砂里、私の妹だ」


「私はグレコ、ブラッドエルフという種族よ。こっちはモッモ。ありがとう、本当に助かったわ」


 持ち前のコミュ力で、親しげに会話するグレコ。

 鬼族の女たちは、若い女の方がネフェと名乗り、妹だという少女の方はサリという名前らしい。


 それにしても、二人とも、本当に美しい……

 鬼族って、みんなこんなに美人ばかりなのだろうか?

 もしそうなら、カービィやギンロなんていちころだろうな、ふふふ。


 なんて、含み笑いをしながら思っていたら……


「モッモ……? なるほど、非常食ではなかったのだな。グレコのペットか??」


 俺を見ながらそう言ったネフェの言葉に、グレコは苦笑いし、俺はピシッと固まった。

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