210:出航だぁあぁ〜!!

「あ、カービィちゃん達~。ようやく来たポね~」


甲板へ上がると、これまた酷い顔のノリリアが俺たちを出迎えてくれた。

衣服はキチッと整っているものの、目がこう、死んでいる。


「ひっでぇ~顔だなおまい……。顔洗ったか?」


……洗ってどうにかなるもんじゃないと思うよカービィ君。


「ポポ、失礼な……。顔は洗ったポよ」


ね、失礼な奴だよね、レディーに向かってそんな事言うなんてね!

ごめんねノリリア、カービィがデリカシーなさすぎバカ野郎で。


「遅れてごめんなさい。そっちはもうみんな揃っているのよね?」


「ポ、大丈夫ポよ、グレコちゃん。あたち達も来たばかりポし、積荷を運び込む作業もさっき終わったばかりポね。謝る必要はないポ~」


ノリリアの言葉に、改めて周りを見渡す俺。


白薔薇の騎士団の皆さんは、ほとんどが既に船内に入っているようだ、甲板には数名しか残ってない。

乗組員であるダイル族達は、揃いも揃って死にそうな顔をしながら、必死に出航準備をしている。

甲板の両サイドには、緊急時用だろうか、小さなボートが六つ設置され、巨大な三本マストには、大きな大きな白い帆が張られていた。


「カービィさん達~。おはよ~」


声を掛けて来たのは、漏れなく顔色の悪いライラだ。

もともと黄緑色の肌をしているけれど、今日は更に青みが増しているように見える。


「これ、渡しておくな~。船内下層二階の客室の鍵だ。一番風呂場に近い、船尾側の二部屋がカービィさん達の部屋だから。部屋番号は鍵に書いてあるからね。もういつでも使っていいよ~」


お、二部屋も使っていいのか! それは有難い!!


「ありがとうライラ。じゃあえっと……、部屋割りは……」


鍵を受け取ったグレコは、俺たち男三人を順番に眺める。

俺はキョトンとした顔で、ギンロはいつもの無表情で、カービィは何故か期待に満ち溢れたキラキラ顔でグレコを見つめる。


「うん、私とモッモ、カービィとギンロのペアで分かれましょうか」


えっ!? 男女で別れるんじゃないのっ!??


「ガーン!!! ずるいぞモッモ!!!!!」


待て待てカービィ! 俺の気持ちも考えてくれ!!


「グレコ、男女で別れた方が良くない? 僕とカービィとギンロの三人で一部屋でいいからさ。グレコは一人で一部屋使わせて貰いなよ??」


別に、グレコと同室が嫌なわけではない。

これまでだってずっと同室だったわけだし。

でも! それは四人だったから平気だったわけで、二人っきりとなると話が違う!!

俺はカービィみたいに妙な事はあまり考えない主義だけど、一応年頃の男の子なんだぞっ!!!


「お……、おいらもその方がいいと思うぞ!!!」


……カービィ、鼻息がうるさいよ。

今度は何を考えて興奮してるんだよ。


「嫌よ、一人は寂しいじゃない。だけど、せっかく二部屋貸して貰えるなら、別れて広々と使った方がいいしね」


「じゃあ! おいらと相部屋でもいいじゃないかぁっ!?」


「……嫌よ絶対」


「なんでだよぉ~!!???」


「嫌に決まってるじゃない、自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ」


グレコに言われるままに、胸に手を当てて考えるカービィ。


「むむ……、おいらの胸は……、グレコさんと同じ部屋がいいって叫んでるぅっ!!!」


「はいはい、じゃあそっちの部屋の鍵はギンロに渡しておくからね~」


「だぁあぁぁ~!!???」


……いったい何のコントをしてるんだね君達は。


この世の終わりかのように、床に突っ伏して落胆するカービィを横目に、俺は小さく溜息をついた。


あぁ、これから先、約一ヶ月半ほどの間、夜はグレコと二人きりかぁ~。

嬉しいような、悲しいような。

……うん、かな~り複雑な気持ちだわこれ。


「カービィちゃん、寂しかったらあたちの部屋に来てもいいポよ~?」


うえっ!? 何を言い出すんだノリリア!??


「げっ!? おまいの部屋はいいよっ!! もう懲り懲りだぁっ!!!」


「ポポポ? そんな遠慮せずに~♪」


「頼むっ! やめてくれぇっ!!」


……こっちはこっちで訳ありらしいな、うん。


そうこうしているうちに、出航準備が整ったらしい。

三本マストの上部にある見張り台には、三つ子のダイル族がそれぞれ立っている。

船尾楼の中、船長室の手前にある操縦室に、あの灰色の鱗を持つでっぷり体型のダイル族(名前、忘れちゃった……)が入っていって、船の操縦桿である舵輪に手をかけた。

それを確認したビッチェが、船尾楼の上に立つライラに合図を送ると、ライラは両手を大きく広げて何か呪文を唱え始めた。

すると、見る見るうちに、黄緑色の光を帯びた巨大な魔法陣が、三本マストの帆の裏側に現れた。

どうやら、その魔法陣から風を発生させて、船を前進させるらしい。


「船長、準備が整いやした」


ビッチェがそう言うと、船長室の扉が静かに開いて、中からザサークが現れた。

その頭には、海賊の船長が被っているようなキャプテン帽子を被り、上半身にはお高そうな、黒を基調とした金の刺繍入りのマントを羽織っている。


「おぉ~、カッコいい~」


思わず口から出た心の声に、ザサークが気付き、俺に向かってニヤリと笑った。


うわぁ~、カッコいいけど、すっごく悪そうな笑顔だ~。

まさに海賊……


甲板の中央まで歩き、バッ! と両手を上に広げて、ザサークは叫んだ。


「野郎共っ! 出航だぁあぁ~!!」


「おぉ~!!!」


乗組員達の雄叫びと共に、ライラは呪文を発動させた。

ブワワッ! と生暖かい風が魔法陣から発せられ、ゆっくりと船が動き始めた。


「おぉ! 動いたぁっ!!」


「凄いっ! 凄い凄いっ!!」


「ふむ……、このような大きな船を一人で動かすとは……。ライラ殿は素晴らしき魔導師であるな」


「さぁ~始まったぞ……。小さなカービィの大冒険だぁっ!!!」


ちょっ!? 違うしっ!!

小さなモッモの大冒険だしぃっ!!!


こうして、乗員乗客合わせて三十四名を乗せ、ザサーク船長率いる商船タイニック号は、この日、出航予定時刻である正午ぴったりに、モントリア公国唯一の港町ジャネスコを旅立った。


……まだ見ぬ大陸を目指し、モッモの旅は、今まさに、始まったのであった!


……完。


「あぁっ!? おいら、鞄忘れたぁっ!??」


気付くの今更かよカービィこの野郎!

せっかく俺が、良い感じに〆ようと思ったのにっ!!


「バーカ。僕の鞄に入っているよ」


「おぉ、いつの間に……。ありがとうっ!」


「さ、無事に出航出来た事だし、部屋へ行きましょうか?」


「……我はしばし、この海を見ていたい」


「あ、僕も僕も~♪」


「……じゃあ私も♪」


「ったく、これだから田舎者は~。おぉ、もう港があんなに遠くに!?」


進み行く船の上から、大海原を見つめる四人。

果たして、この海の先に待つのは、希望か、それとも絶望か……

小さなモッモを待ち受けるものや如何にっ!?


……完。


「なぁ、腹すかねぇか?」


おいぃっ!? 今良い感じで締めくくったところなのにぃっ!??


「そういえばそうね……。早速ダーラに何か作って貰おうかしら?」


お、いいね♪

俺もなかなかにお腹減ってたんだ~。


「賛成! ついでに部屋の場所も教えて貰おう♪」


「ぬ? 抜け駆けは許さんぞカービィ??」


カービィもギンロも、いったい何の話をしているんだよぉっ!?

こんっな爽やかな青空の下で、そんな不埒な話して、恥ずかしくないのっ!??


そんな俺の心の声など届くわけもなく、ニヤニヤと笑う二人は、船内に続く階段がある船首楼へと歩いて行く。

俺も後に続こうとしたのだが……


「ねぇ、モッモ。ちょっと、世界地図、見せてくれない?」


グレコに呼び止められた。


「え、今?」


「うん、今」


……後でじゃ駄目なのかしら?


渋々と、鞄をゴソゴソ。

神様に貰った世界地図を取り出して、グレコに手渡す俺。

おもむろに地図を開いて、何かを探すグレコ。

そして……


「あ、やっぱりそうだ」


「何が?」


「ほらここ、見て?」


グレコが指差す先にあるのは、地図上のピタラス諸島……、その上にある、複数の黄色い光。


「え、これって……。え?」


「前に地図を見せて貰った時に発見してたんだけど……、やっぱりあるわね」


「つまり……。じゃあ、ピタラス諸島にも、何かの神様がいるって事?」


「おそらくね」


うわ~お、マジかぁ~。

全然気付いてなかったぁ~。


世界地図の上、神様が存在する事を示す黄色の光を確認して、俺はゴクリと生唾を飲んだ。


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