109:エントの樹液

「ごめんなさいっ! みんなに迷惑をかけてっ!!」


目を覚ましたグレコは、開口一番に謝った。

記憶は途中から途切れているらしいが……

グレコは頭がいいから、俺の手の中のゴラを見て、全てを悟ったようだ。


「いや、無事で何より。しかし、まさか血を求める習性があったとは……。今後は我慢するでないぞ」


ギンロはいつでも優しいなぁ~。


「さすがに駄目かと思ったけど……。いやぁ~、おいらの魔法薬学が大活躍だったな! はっはっはっ!!」


うん、カービィらしい言葉だ。


「モッモ……、その、マンドラゴラが……」


申し訳なさそうに、ゴラへと視線を移すグレコ。

俺の手の中にいるゴラは、顔から下をちょん切られて、頭の花は萎れてしまっていて……


「仕方ないよ、グレコの命には代えられないもんっ!」


ニコッと笑ってみせた俺だったが、目からはポロポロと涙が零れ落ちてしまう。


あれ? なんで泣いてるんだ俺??

たかだか数日前に、たまたま拾った魔物が、思ったより役に立つ魔物で、仲間の命を救うのに一役買ってくれただけじゃないか……

それだけだ、それだけなのに、どうして涙が出るんだろう……


「モッモ……。マンドラゴラの事、可愛がっていたのね」


……可愛がっていた?

いや、そんなことはない。

確かに、話の流れとはいえ昨日は名前をつけたし、ここ数日はズボンのポケットでもぞもぞ動くゴラを感じて、なんだか落ち着かないなと思ったり、でもちょっぴり嬉しかったりしてたけど。

別にそれは、可愛がっていたわけじゃないだろう?


「大丈夫、大丈夫だよ! ゴラは、グレコを救ってくれた。とっても良い最期だったよ!!」


「……ごめんなさい。名前までつけていたのね。本当にごめんなさい」


うぅ……、グレコ、謝らないで……

グレコが謝ると、俺、余計に泣いちゃう……


ペットは、飼ったことがない。

前世の記憶の中にもないし、モッモとして産まれてからはもちろんない。

ピグモル自体がペットみたいな外見だし、ピグモルより小さくてペットになりそうな動物なんて近くにはいなかったから。

本来なら何者かに懐くことなどない植物魔物が、何を血迷ったか、たまたま俺に懐いただけ、それだけだ……

それだけ、なはず、なんだけど……


「ゴラぁ~。ごめんね、ゴラぁ~、ううぅっ……」


とうとう堪え切れなくなって、嗚咽を漏らす俺。

そんな俺を見て、みんなは黙ってしまう。


『心が痛いか?』


何処からともなく、聞き覚えのない低い声が聞こえてきた。

みんなでハッとして、声の主を探す。


「何者だっ!? どこにおるっ!??」


すかさずギンロが剣の柄に手をかけて、臨戦態勢に入る。


『その子はまだ、助けられる。お前が望むのならば、わしが力を貸そうぞ?』


なんだ? 誰だ?? どこから聞こえてくる???


「あ……、みんな見て! あそこっ!!」


グレコが指差す先にあるのは……、木だ。

生い茂る木のうちの一本。


「……えと、あれは木なんじゃ?」


「馬鹿! あそこ見てみろよモッモ!! 顔があるだろっ!??」


カービィに馬鹿と言われて、俺は目を凝らす。

そしてようやく見えてきた。

目の前の木の幹肌に、顔らしきものが浮かび上がっているのだ。

ジッと見ないとわからないそれは、老父のような顔つきで、こちらを見下ろしている。


「なっ!? なんだぁっ!?? 人面樹……?」


「モッモ、あんたっ!? なんて失礼な事言うの!?? あれは、木の精霊エントよっ!!!」


……木の精霊エント。

……ん? 何それ??


『お前の心の叫び、しかと聞いたぞモッモよ。その子の命を吹き返してやろう。これを……』


木の幹肌の顔がそう言うと、近くの太い枝がグワッ! とこちらに降りてきた。


うおぉおぉぉっ!? なんだぁっ!??


すると、その枝の一部からは、何やら樹液のような物が滴っている。

事態を把握しているらしいカービィが、急いでフラスコのような形をした瓶を取り出して、その樹液を中へと導いた。

フラスコ型の瓶にたっぷりと樹液が溜まると、枝は元の位置へと戻っていく。


『それは、【エントの樹液】。傷付いた植物を癒す力を持つ。それをその子に与えるのだ』


言われるままにカービィは、俺の手の中で横たわる半分のゴラに、その樹液を三滴ほど、静かに垂らした。

すると……、なんということでしょう!?


「……嘘、凄い」


「なんと……、まるで奇跡だ」


「これが噂に聞く、エントの樹液の力。おいらも初めて目にしたぞ」


「えっ? えっ!? ゴラ!!?」


半分しか残っていなかったゴラの体に、どこからともなく淡い光が集まってきて、徐々にその橙色の体が下へと伸びていき、いつものゴラへと元どおり!

そして、萎れてしまっていた紫色の花も、再度パーっと美しく咲いたのだ!!


驚くみんなの声、俺の呼び掛けに反応したかのように、ゴラは薄っすらと目を開けて……


「ジェ……? ジェジェ~♪」


可愛らしい顔で、いつものようにニパッと笑った。


「ゴラ! あ、あぁ……、良かった。良かったね、ゴラ!!」


ゴラが生き返ってくれて嬉しいのと、何やら心底ホッとしたのとで、俺の目にはまたもや涙が溜まる。


『良い子だ。まだ逝くには早い、マンドレイクの子よ。その者と共に生き、わしの代わりに世界を見て来い』


「あ、あの! ありがとうございます!!」


俺がお礼の言葉を告げると同時に、木の幹肌にあったはずの顔がスッと消えて……

そこにいたはずの木の精霊エントは、元のただの木に戻ってしまっていた。

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