92:どうしてそうなるのっ!??
「はぁ……、自業自得とは、まさにこの事なり……」
二日酔い真っ最中の俺は、水の入ったコップを片手に、ポツリと一人で呟いた。
明け方、まだ辺りが薄暗い中で、ぼんやりと高原ベリーの畑を眺めるピグモルが一匹……、そうです、俺です、モッモです。
東の空が薄っすらと白んでいて、そろそろ日の出の時間のようだ。
昨日エッホは、このオーベリー村がある場所を【トケット地方】と呼んでいたが……、どうやら標高の高い地域らしく、辺りには霧が立ち込めている。
「ジェ、ジェジェジェ?」
草むらに腰を下ろし、見るともなく景色を見ている俺に対し、隣に置かれた小さな器の中で水に浸かるマンドラゴラが、何やら話し掛けてくる。
しかし俺には、どうやらこいつの言葉は理解出来ないらしい。
グレコが言っていた事なのだが、この世界に生きる知性を持った生き物、ひいては文化を持ち文明を築いている大多数の種族は、世界共通語である【公用語】と呼ばれる言葉を使っているのだとか。
グレコ、ガディス、テッチャ、そしてここまで出会ってきたシシ婆さんやエッホさん、この村に暮らすマーゲイ族たちもみんな、公用語を話しているのだという。
(ちなみに、「その公用語は何て名前なの?」って聞くと、それは分からないと言われた。言語の名称を知らずに、それを使って話しているだなんて……、ある意味すごいなって思いました、はい。)
俺は、ピグモルの言葉と、グレコの言う公用語とやらは理解出来るはずなので、理解出来ないマンドラゴラの言葉は、そのどちらでも無いという事になる。
しかしまぁ、そもそもこいつは魔物だし、いくら話し掛けてくるとはいえ、それがイコール言語を使っているのかどうかは、かなり怪しいところではあるな。
これまでに俺が遭遇した魔物といえば、クロノス山の麓で侵入者を監視しているという巨鳥ムーグルのゲーラと、虫の森に生息していた虫型魔物たち、そして鎌手の魔物たちだ。
それらの魔物たちは皆、それぞれに鳴き声こそ上げてはいたが、その意味を俺は理解出来なかった。
例外として、
つまり、まとめると……、普通の、野生の魔物の言葉は、神様の力をもってしても自動翻訳されない! という事だ。
……うん、まぁ、いいんだけどね、別に。
だけども、俺に一所懸命に話し掛けるマンドラゴラの可愛らしい様子を見ていると、その意味を知りたい気持ちにもなるのだ。
「お前も、公用語が使えたらいいのにね」
「ジェジェ~」
どうやらこちらの言葉は理解出来ているらしいマンドラゴラは、ちょっぴり凹んだ顔をした。
そんな様子も可愛らしくて、俺はふっと笑みをこぼした。
さて、何故今俺は、こんな場所で、こんな時間に、一人でお水を飲んでいるのかと言いますと……
昨晩、見事に酒に溺れてしまった俺は、ギンロに担がれて宿屋へと戻った。
部屋に入るなり、グレコに小言を言われたような気がするが、あんまりよく覚えていない。
それ以降は、ずっと部屋のトイレにこもりっぱなしで……
ボットン便所の上でプルプルしながら、延々とゲロゲロしていた。
考えてみてほしい、肥溜めの匂いがするボットン便所の便器に向かって、何度も何度もゲロゲロする不快感を……
もはや、酒に酔って吐いているのか、肥溜めの酷い匂いのせいで吐いてるのか、よく分からなかった。
「救急車を、呼んでぇ~。お願いぃいぃぃ~~~」
と、何度か訴えてみたものの、
「何それ? 誰のこと??」
もちろんグレコには通じなかったし、この世界には存在しないであろうものであった。
あまりに吐き続ける俺の様子を見兼ねて、吐き気を止めるポーションだと言って、グレコに無理矢理何かを飲まされた記憶があるが……
結局、胃の中のものを全て吐き出すまで、吐き気は収まらなかった。
そのままトイレで事切れてしまった俺は、ついさっき、ようやく意識を取り戻して……
ベッドで眠るギンロとグレコを横目に、そっと部屋を抜け出し、宿屋の裏に広がっていた高原ベリーの畑にやって来たのだった。
甘酸っぱくて、爽やかな香りが漂う高原ベリーの畑は、見渡す限りどこまでも続いている。
畑の敷地は半端なく広くて、ここからでは端なぞ見当たらない。
高原ベリーは間違いなく、この村の特産品なのだろう。
昨日食べた物がとても美味しかったから、村のみんなにお土産として買って帰りたいな~、……なんて、思ったりしてる。
それにしても……
「うぅ~……、頭痛が酷い……」
ズキズキと痛む前頭葉を押さえる俺。
こんなに酷い二日酔いは久しぶり……、いや、ピグモルとしてこの世に生まれてからは初めての事だ。
外の酒は強過ぎるから、気を付けないといけないな。
あと、初めて食べる物は食べ過ぎない事、シシ婆さんのシチューの二の舞になり兼ねない。
まぁ、多くを学べたと思って……、今回のことは水に流そう、うん。
一人、コクコクと頷く俺。
だけども、その少しの振動でさえ、今の俺の頭は耐えてくれないらしい。
先程よりも更に強く、ズキズキと痛む前頭葉。
うぁあぁぁ……、頭が割れそうだぁあぁぁ………
とりあえず、後で、グレコに、頭痛薬を貰おう……、うぁあぁぁぁっ!
そんな事を考えながら俺は、登り始めた眩しい朝日を眺めていた。
「だからっ!モッモは、そんな事していないわっ!! 昨夜は酒場で酔っ払っていたし、帰って来た時は泥酔していて、一晩中トイレにいたんだから、絶対に違うわよっ!!!」
グレコのガチギレ声が聞こえる。
「じゃあなんで、ここに今いねぇんだっ!? あの
聞いた事のない、乱暴そうな男の声も聞こえてきた。
……てか、トンズラこいたって、えらく古臭い言い回しだなおい。
宿屋へと戻って来た俺は、中から聞こえてきたそれらの声に若干ビビりつつも、裏口の扉を静かに開き、そうろっと中の様子を覗き見た。
目に飛び込んできたのは、奇妙な光景。
見知らぬ複数のマーゲイ族の男達が、宿屋のカウンター前に仁王立つグレコを、ぐるりと取り囲んでいるでは無いか。
見るからにガラの悪そうな、血の気の多そうな、若いそのマーゲイ族達は、今にも飛びかかって来そうな勢いでグレコを睨みつけている。
しかしながら、そんな彼らが躊躇して、その場に踏み留まっている理由が一つだけあって……
グレコのすぐ後ろに控えるデカい奴……、そう、ギンロです。
ギンロは、胸の前で腕組みをし、一人高い所からマーゲイ族たちを見下ろしている。
マーゲイ族たちは、皆グレコより低身長で、2メートル近くはあるであろうギンロと比べると、かなり小さい。
加えてマーゲイ族たちは、猫らしいスリムな体躯であるからして、マッチョなギンロの半分ほどしか横幅が無いのだ。
つまり、マーゲイ族たちは、完全に、ギンロにビビっていた。
なんかよく分かんないけど……
ギンロがいるから、入って行っても大丈夫かしら?
手に持っていた器から、そっとマンドラゴラをズボンのポケットに戻す俺。
そして、ちょっぴりドキドキしながらも、テクテクと中に入って行った。
「トンズラこいたって……、あのねぇ! 私たちはちゃんとお金を持っているし、物を盗む必要なんてないのよっ!! しかも何っ!? 槍を二十本ですって!!? あの子にそんな、大荷物が持てるわけないでしょうっ!???」
更に怒鳴るグレコ。
「なら、お前達もグルなんだろっ!? さっさと吐きやがれっ! あの物をどこへやったぁ!??」
そう叫んだのは、マーゲイ族たちの中心にいる、リーダー格みたいな奴だ。
目付きがかなり悪いのと、右目の上に三日月型の傷跡があるから、相当な悪に見える。
なんだろうな……、すこぶる穏やかでないな。
けど、お兄さん方や、その辺にしておいた方がいいぞ?
あんまりつっかかると、そのお姉さんにガブッといかれますよ??
実は、ここ数日で、グレコの髪の色はだいぶ薄まっており、ほぼほぼ金髪に近い色になっているのだ。
恐らく、血が足りて無いから渇いているのだと推測出来るのだが……
「先程から聞いておれば、根拠のない事をゴチャゴチャと……。貴様ら、そこまでモッモを疑うのならば、命を懸ける覚悟があるのだな?」
グレコより先に、ギンロがキレてしまったようだ。
その両手をスッと、両腰にある剣の柄へと移動させたではないか。
おおっ!? ちょっ、ちょっと!!?
「ちょっ!? ……ちょっと待ていっ!!!」
ギンロの行動に驚いた俺は、思わず大声を出してしまった。
カウンター前に集まっている全員の視線が、一斉に俺へと向けられる。
ゲッ!?
な、なんか……、ヤバいか!!?
「あっ! あいつだっ!!」
「違いねぇっ! 小さい奴だぞ!!」
「盗人めっ! 姿を現したなっ!!」
「さっさとあれを返しやがれぇえっ!!!」
俺を見るなり、大声を上げながら、いきり立つマーゲイ族たち。
なんだぁっ!?!?
なんなんだよぉおっ!?!??
訳が分からず、パニックになりそうな俺。
すると……
「モッモ!? どこ行ってたのよっ!??」
なんと、グレコが俺にキレたではないか。
あああんっ! 怒らないでよグレコぉ~!!
「モッモ、こやつらの管理する倉庫に、昨晩盗人が入ったらしく、目撃者によると犯人は体の小さな輩だったそうだ。しかし、お主は我と共にいた故、誤解だと先程から何度も申しておるのだが……。どうやらこやつらは、死にたいらしい」
おおおいっ!?
最後の一文がおかしいよギンロ君っ!??
「と、とりあえず……、争い事は宿の外でお願いしますっ! 他のお客様に迷惑ですっ!!」
いたのかっ!? 宿屋のお姉さんっ!??
マーゲイ族たちと、グレコの迫力に押されて小さくなっていた受付のお姉さんが、頑張って声を出した。
「……すまねぇな姉ちゃん。お前ら、俺たちは外で待ってるから、さっさと出てこいよ。カタをつけようぜ」
リーダー格の奴がそう言うと、マーゲイ族たちはゾロゾロと外へと出て行った。
グレコとギンロ、更には俺にまでガンを飛ばしながら……
こえぇ~……、何なんだいったい……?
こちとら絶賛二日酔い中だぞ??
盗みなんて働けるわけないじゃないか。
「ごめんなさいね、騒がしくして」
すかさずグレコは、受付のお姉さんに謝る。
「あ、大丈夫です。お客様以外に泊まられてる方はいないので」
おお、案外肝っ玉座ってるなお姉さん。
あんな怖そうな男達にカマかけるとは。
「けど、前で待っているって言っていたから……。あ、裏口から出ますか?」
おお、ナイスお姉さん!
裏口からこっそり逃げようぜ!!
「いいえ、前から出るわ。あんなに言われちゃ、こっちだって引き下がってられないわ!」
えええっ!? グレコさんっ!??
「うむ、ああも言われっぱなしでは、明日食う飯が不味くなる……。正々堂々、倒してやろうぞ」
あああっ!? ギンロまでっ!??
「モッモ! すぐに宿を出るわよ!! 支度してっ!!!」
「モッモよ、お主の無実は、我がこの手でしかと証明してやる故。あやつらめ……、産まれてきた事を後悔させてやるっ!」
殺気立つグレコとギンロを前に、俺には為す術が見当たらず……
のぉおぉっ!?
どうしてそうなるのっ!??
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