80:テッチャの小屋にて

「で……、そのギンロさんは、な~んでそんなに凹んどるんじゃ? なんちゅうかこう、負のオーラが漂っとるぞ??」


ヘラヘラと笑いながら、ギンロを見るテッチャ。


「いや~、その~……、よく分からないのだけど、わざわざガディスに会いにここまで旅してきたのに、さっきそのガディスに門前払いされちゃったのよね。貴様如きが我の前に現れる事自体が無礼千万! とか言われちゃって……。関係ない私でも、怖くてちょっぴり傷ついたから、本人は相当参ってると思うわ」


テッチャに、こそこそと耳打ちするグレコ。


「ほぉ? あの温厚なガディスがそんな事を?? 虫の居所が悪かったんじゃねぇんかの???」


温厚なガディスって……、よくそんな事が言えるねテッチャ。

一度埋められた事があるというのに……


「モッモ、すまぬが……、外の風に当たってくる」


「あ……、うん! 行ってらっしゃい!!」


トボトボと、ギンロは小屋を出て行った。


「ありゃ~相当凹んどるのぉ。可哀想に……」


テッチャは優しいね。

初対面だと言うのに、凹んでて挨拶もろくにしなかった相手の心情を察してあげるなんてさ。


 ギンロは……、しばらくそっとしておくしかないかな。

 さすがにこの状況じゃ、俺が何を言っても、励ましにすらならないだろうしね。


俺たちは今、テトーンの樹の村の近くを流れる小川、それを渡った先にあるテッチャの家にいる。

家と言っても、作業場の隅にベッドが置かれているだけの、狭くて粗末な掘立て小屋である。

 台所すら無いようなこの場所で、一人きりで暮らすなんて……、と俺は思ったのだが……

テッチャ曰く、食事は朝昼晩と、毎日村でご馳走になっているらしく、今のところ問題は無いそうだ。

 それに、小川の近くだから、毎朝水浴びが出来て良いとかなんとか……

 ま、テッチャが満足出来ているのなら、俺は何も言わないでおこう。


室内の大部分を占めている作業場は、何やら沢山の物で溢れ返っていて、その雰囲気がドワーフの洞窟の交易場を彷彿とさせた。

大小様々な木箱や籠が無造作に置かれており、中には宝石の原石らしきものがゴロゴロと入っている。

 壁に造り付けられている大きな棚には、これまでテッチャが採掘してきた宝石や原石が、コレクションのようにびっしりと並んでいる。

また別の壁に掛けられているのは、シャベルに熊手、トンカチや大型の包丁、彫刻刀みたいな刃物などなど、採掘に使うのであろう道具の数々。

更に部屋の中央には、原石を研磨する際に使うのだろう、足動式の見慣れない木製の機械が設置されていた。


よくもまぁこんなに……

これだけの荷物を持ち歩いていた事も凄いけれど、木製の機械や棚、椅子やテーブルは、全てここに来てから作ったものだろう。

にも関わらず、既に何年も使ったかのような年季が入った感じがするのだから、毎日相当使い込んでいるに違いない。


なんて働き者なんだ、テッチャよ。

……さすが守銭奴だな。


 小さなテーブルを挟んで、向かい合って椅子に座るグレコとテッチャ。

 椅子が二脚しか無いので、俺はテッチャのベッドに腰を下ろしています。

 ピグモル達がテッチャの為に作ったと言う枕と布団は、なんていうかこう、かなり男臭いというか……、男性特有の脂っぽい匂いが既に染み付いているらしく、かなり匂ってきます、ぐふっ……


「ガディスも、もうちょっと言い方があると思うんだけど……。せっかく同族の若者が、遠路遥々、大陸を越えてまで会いに来たって言うのにね」


グレコの言葉に、俺は窓の外を見る。

小川の近くに佇んで、水の流れを眺めるギンロ。

 可哀想に、あんなに尻尾が垂れ下がっちゃって……

その後ろ姿からは、そこはかとない哀愁が漂っている。

 

何やらガディスに話したい事があったらしいギンロだったが、ガディスのあまりの剣幕に心折れ、今のあんな状態になってしまった。

いつもはピンと立っている耳も垂れ下がっていて、見るからにシュンとしている。


「大陸を越えてっちゅ~と、ギンロさんはどこから来たんじゃ?」


「なんでも、アンローク大陸のビースト・バレイっていう場所から、ここまで旅して来たらしいんだけど……。テッチャ、どこか知ってる?」


「ビースト・バレイ!? そりゃもう知っとるぞ! いやいや、知っとるなんてもんじゃないでの、アンローク大陸で知らん者はおらんくらいに有名な地じゃて!! ガディスのようなフェンリルを始めとした、様々な種類の獰猛な魔獣族がウロウロしとる、それはそれは広大な山岳地帯じゃよ。魔獣間の縄張り争いが激しくての、万が一にも、足を踏み入れたら最後……、肉食魔獣が総出でおもてなしにかかるとか……。決して良いおもてなしではねぇぞ。もう、本当の意味で、身が引き裂かれる様な、それはそれは恐ろしい死へのおもてなしじゃろうて……」


ひぇ~……、そんな酷いおもてなしなんて、受けたくねぇ~っ!!!


「うわぁ……。絶対に行きたくないわ、そんな所……」


俺も同感ですグレコさん。

もし今後、旅の途中で、アンローク大陸に行く事があったとしても、ビースト・バレイだけは避けましょう!


「しかしまぁ、あそこまでシュンとしとると可哀想じゃのぉ……。よし、わしが後でガディスと話してみるか!」


 ドンッ! と胸を叩いて、男気を見せるテッチャ。

 が、しかし……


「えっ!? やめといた方がいいよ!?? ガディス、かなり機嫌悪かったし……」


「そうそう、絶対にやめておいた方がいいわ!!! 今度は埋められるだけじゃ済まないかも……」


 俺とグレコは、全力で引き止めた。

 触らぬガディスに祟り無し……、あのキレっぷりからして、今は絶対に近付いてはいけない気がする。


「そっ、それは困るのぉ……。せっかくこれだけ磨き上げたと言うのに、利益も得んまま死にたくはねぇしのぉ……」


そう言ってテッチャは、作業場に置かれている木箱を一つ持ち出して、机の上に置き、そっと蓋を開けた。

中にあるのは、沢山の、キラキラと輝く青い宝石。


「わぁ! 綺麗っ!!」


瞬時に飛びつくグレコ。

さすが女子、キラキラしたものには目がないな!


「ウルトラマリン・サファイアじゃよ! 記念にほれ、グレコに一つやろう!!」


「えー! いいのっ!? ありがとう!!」


結構、大きめの粒の宝石をグレコに渡すテッチャ。

 喜ぶグレコ、良かったね。


「気前いいね。テッチャなら、そんなに大きいのは売りに出しそうなのに……」


 テッチャの行動を意外に思った俺がそう言うと……


「なぁ~に! 宝石の価値は大きさだけじゃないんじゃよ!! それはほれ、ちぃ~と透明度が足りんじゃろ? 売りに出したとて、大した額にはならんでの~」


 手をパッパッと振って、ゴミでも払うかのような仕草をするテッチャ。

 すると……


「え……、何それっ!? 価値の無いものだから私にくれるってこと!??」


途端に怒り出すグレコ。

いいじゃないのさ、今喜んでたじゃないの君。


「いやいや、それなりの価値はあるもんじゃよ? ただわしは、わしが採掘して売り出す物としては相応しくないと思ったんじゃよ」


……なんか、その説明だと、あんまりフォローになってない気がする。


「ん~……、まぁいいわ! 私、宝石の価値なんて分からないし!! 綺麗だからいいわ!!! あ、ねぇ、これペンダントにしてよ♪」


「お……、おお、いいぞ。端っこに穴開けて、紐を通してやるでのぉ~」


コロっと上機嫌になったグレコに対し、ホッとした顔を見せるテッチャと、同じくホッとする俺。

 ガディスに続いてグレコまで不機嫌になられちゃ困るから、良かったよ、うん。

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