69:悲しい輩だねぇ〜

「長殿……。お主、何か知っておるな?」


ギンロの鋭い瞳がキラリと光った。

地面に手をつき、項垂れるダッチュ族の長。

周りのみんなが心配そうに長を見つめる。


「あれは、まだわしが長となる前……、我が父がダッチュ族を治めていた時代の事。我らが住まう土地に、他方より見知らぬ異種族が現れ、我らの故郷を襲撃してきた……」


小刻みに体を震わせながら、長は話し始めた。


「北から攻めて来たその者共は、我らの卵が目当てじゃった。それも、中身に興味があるわけではない。我らの卵の殻に価値があるのだと……。我が父は、子が生まれた後に残った殻を譲渡する事で和解しようとしたが、それを奴らは拒否した。今思い出しても吐き気がするわい、なんと強欲で無慈悲な種族であることか……。我らが差し出す殻だけでは奴らの欲を満たすに足りず、我らの女を捕らえ、家畜のように飼い、卵を産ませて殻を得るなどと言い出した。そこからはもう、毎日が地獄じゃった……。抵抗も虚しく、若い女は次々に連れ去られ、しまいには子供までもが……。あまりの出来事、あまりの仕打ちに、わしは神を呪った。その時じゃった、我が一族の元に、あの恐ろしい魔物が現れたのは……。いまや森の主などと呼ばれるようになった魔物、巨虫の根城に潜むカマーリスは、当時はまだ方々を彷徨う魔物じゃった。しかしながら、紛う事なきその強大なる力を使い、この森においては既に最強の魔物であったのじゃ。故にカマーリスはこう言った。年に一度、子どもを一人、生贄として差し出すと約束するのならば、自らが支配する森に住まわせてやる、とな……。今現在、我らが住まうこの森は、外界では【恐虫棲まう森】と呼ばれ、恐れられておる。その名の通り、恐ろしい肉食の虫型魔物が多数生息しておる故。カマーリスは、その頂点に君臨する魔物じゃった。故に奴の一存で、危険な森の中でも安全に暮らせるようにしてやろうと、カマーリスはわしらを唆したのじゃ。もはや選択肢はなかった。異種族によって女子供が攫われ続ければ、我らが滅ぶも時間の問題。藁にもすがる思いで、今は亡き遠い故郷を離れ、この森に移住した。そうして月日が経ち、わしは亡き父より長の役目を引き継いで、今日まで、なんとか平和に暮らしておったというのに……。ギンロ様、モッモ様や、そなたらの浅はかな行いにて、我ら一族は滅びの道へと逆戻り。生贄になるべきポポを救い、カマーリスの配下の者どもを亡き者にするとは……。加えて、再び生贄に出したはずのポポが、今ここにおる。里が襲われた理由は明らかじゃ……。カマーリスは、怒っておる。約束を破り、配下の者どもを手に掛けた我々に、怒っておるのじゃ。それでも、諦める事は出来ん。ダッチュ族の存亡を懸けて、わしが根城に赴き、なんとか新たな約束を結ぼうと考えておったのに……。配下の者どもを、このように根絶やしにするとは……。カマーリスはもう、我々を決して、許す事は無かろう。この先にあるのは、破滅のみじゃ……」


そう言って、長はポタポタと涙を零した。


え~っとぉ~……、んぁ???

 なんだかこう、長~く暗~い話を聞いたせいか、内容を理解するのにしばらくかかりそうだ。


要約すると、ダッチュ族は、異種族に滅ぼされる事を避ける為に、一年に一度、カマーリスに生贄を差し出す事を条件に、この森に移住してきた。

 だけどその約束を、俺とギンロがポポを助けた事で破ってしまい、更には再度生贄に出したはずのポポをポポの母ちゃんが助けて隠した事で、いつまでも生贄が届かないカマーリスが怒っている……、って事かな。

 で、俺たちが配下の虫型魔物を全部倒しちゃったから、もうどうしようもない、と……、そういう事だな、うん。


けど、それって、そもそもどうなんだ?

 滅びを避ける為に、年に一度とはいえ、子供を生贄に出すなんて……

本当に、それしか道はなかったのだろうか??


「長殿、皆々殿、我の浅はかな行い、許してほしい」


首を垂れて、謝罪するギンロ。


 いや~……、謝らなくてもよくない?

別に、ギンロは悪くないと思うけどな。


「しかし、過ぎてしまった時は戻せぬ。我はこれから、巨虫の根城に乗り込みて、そのカマーリスとやらを討ち滅ぼす」


おおお~! なんて頼もしいっ!!

 言葉遣いもさながら、カッコいいぞ、ギンロ!!!


「よっ!? よさんかっ!!? これ以上、我らに関わるで無いっ! カマーリスを討ち滅ぼすなど言語道断っ!! 奴の支配が終われば、我らダッチュ族はもはやこの森にはいられまい……。カマーリス亡き後、自由を得た他の虫型魔物らの餌となってしまうっ!!!」


狼狽する長。

ん~、言いたい事は分かるんだけどぉ~……

 どっちみちさ、カマーリスを倒さないと、あんたらみんな喰われるんじゃないの?


「ここから西へ、河を渡ったその先に、ドワーフ族の住処があるわ。そこから他の大陸へと向かう船が出ているから、ドワーフ族にお願いして、船に乗せてもらうの。あなた達みんな、ここから去りなさい」


なんっ!? 何を言い出すんだグレコ!??

 そんな勝手な事をっ!?!?


……けどまぁ、それもある意味得策かもな。

ドワーフたちが船に乗せてくれるかどうかは別として、ダッチュ族はもう、この森を出た方がいいよ。

 カマーリスを倒しても倒さなくても、ここに未来は無いと思う。


「なんとっ!? 我らに、産まれし大陸を捨てろとっ!??」


「そりゃあんまりだっ! 故郷を追われ、大陸までも失うとはっ!!」


「長様、他の方法を考えましょう! 外から来た者の言葉など当てにしてはなりませんっ!!」


これまで静かにしていたダッチュ族の大人たちが、一斉に反対の声を上げ始めた。

そして、ギンロを初め、俺たち三人を非難し始めたではないか。


「お前達がいけないんだっ! お前達が、我らの生活を脅かしたっ!!」


「そうだそうだっ! 年に一度の生贄で、我らは平和に暮らせるはずだったんだ!!」


「外からやって来る者は皆敵だ……。お前達も、やはり敵だった」


「今からでも遅くない。ポポを生贄に出せ!!!」


「他の虫型魔物が襲ってくるなら、また他の生贄を出して、許しを乞えばいいんだっ!!!」


うっわぁ~……、やべぇなこりゃ。

 なんていうか、悲しい輩だねぇ~、ダッチュ族よ。

よくもまぁ、自分のせいで里が襲われたんだと言って、震えて泣いていた健気で幼いポポを、再度生贄に出せなんて言えたもんだ。

ほら見てみろよ?

 ポポも、ポポの母ちゃんも、大粒の涙を流してるじゃないか。

それにほら、見てみろよ??

 グレコ様が大層お怒りのご様子ですよ……???


「なんて事言うのっ!? それでもあなた達、大人なのっ!?? ポポは同族の子どもでしょっ!?!? あなた達が守らないでどうするのっ!?!?? 未来を担う子供を、生贄になんて……、腐っているにもほどがあるわっ! みんなで生きる為の道を探しなさいよっ!! そんなに大陸の外に出るのが怖いなら、今すぐに、ここで私が全員殺してやるわよっ!!!」


ほらね、言ったでしょ。

グレコ様は、とぉ~っても、怖いんだよ。

髪の毛の色もだいぶ薄まってきているし……

ダッチュ族の皆さん、そろそろ口をつぐまないと、グレコ様があなた方をお吸いになられますよ???


「長殿、皆々殿、今後どうするかは、お主らで決めればよい。しかし我は、カマーリスを討ち滅ぼす。それが、我の成すべき事だ。ここに残るも、ドワーフ殿に頼んで大陸の外に出るも、お主らの好きにするがよい。しかし忘れるな。どの種族においても子は宝。みすみす生贄なぞに出しているようでは、ダッチュ族の滅亡は近いぞ」


そう言って、青い血がついた二本の剣を一振りし、鞘へと戻すギンロ。

そのままくるりと背を向けて、南東へと歩き出す。


「モッモ、行きましょ!」


ご立腹のグレコ様にそう言われ、俺はビクつきながらも頷く。


しかし……、なんとかポポだけでも助けられないだろうか?

 ここままだとまた、生贄にされそうだぞ??


心配になった俺は、グレコやダッチュ族の大人たちの目を盗み、こっそりと、ポポとポポのお母さんに話し掛けた。


「ポポ、もしも……、もしもみんながまた、君を生贄にしようとしたら、その時は迷わず逃げるんだ。あのテトーンの樹の根元に隠れて、じっとしておくんだよ、いいね? それからポポのお母さん。ポポを助けたいですよね?? だったらお願いです、この棒を、里の入り口近くの地面に刺しておいてください。必ず僕が……、必ず、ポポを迎えに行きます」


 そう言って俺は、ポポのお母さんに、黒い爪楊枝を一本手渡した。

地面に刺すと導きの石碑へと早変わりするあれだ。

俺の言葉に、ポポは不安気な顔をするだけだったが、隣のポポの母ちゃんは力強く頷いてくれた。


「モッモ! 早く来なさいよっ!!」


「はっ!? はいっ!!!」


スタスタと先に歩き出していたグレコに呼ばれて、俺は急いで駆けて行った。


背後ではまだ、ダッチュ族の大人たちが、今後をどうするかと相談し合う声が聞こえていたが……

俺はもう、彼らの会話に耳をそば立てる事はしなかった。


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