30:誤解、そして和解

「なるほど、そのような事になっておったのだな。そうとはつゆ知らず、すまない事をした……」


深々と、こうべを垂れる魔獣。


俺が神に選ばれし者であり、北の山々の聖地に行った事、村に帰ったら村が崩壊していて、みんなが困っていた事、ここへは妹達を助けに来た事などを、俺は魔獣に話して聞かせた。

魔獣は、初めこそ俺達に疑わしい目を向けていたものの、どうにか理解してくれたようだ。


「我が名はガディス。ここより遥か遠く、アンローク大陸にて生まれしフェンリルの一族だ」


フェンリル、という言葉は聞いた事があるぞ。

俺の前世の知識を信ずるならば、ヘルハウンドとそう違わない、獰猛な空想生物だったはずだ。

 つまり……、やっぱりこいつは魔獣なわけだな、うん。


「その昔、一族の王を決する闘いにて破れし折に、この命を高名な魔法使い殿に助けられた。魔法使い殿曰く、我の持つ力でもって、弱き者の守護者となって欲しいと……。しかしながら、我は敗北者故、その様な申し出は断った。だが何度断れど、魔法使い殿が折れる事はなく、またその真摯な言葉に、いつしか我が心にも変化が生まれた。敗北者の我にも、守れるものがあるのなら……、生き永らえたこの命、望む者の為に使おうと。そして誓ったのだ。弱き者の為、我が体躯を盾とし、牙を武器にせん、とな……。そうしてこの地に渡り、古くから森に住まうムーグル共の力を借りながら、今日に至るまで弱き者を見守ってきた。そう……、何を隠そう、我が守りし弱き者とは、お主らピグモルの事だ」


ガディスの言葉に、驚く俺とグレコ。

闇の魔獣と呼ばれたこいつが、俺達ピグモルを見守っていただとぉっ!?


「ピグモルは、およそ五十年の昔、魔法使い殿によって救われし種族。この森の奥でひっそりと、何者にも脅かされずに暮らしていたはず。北の山々の向こうには多種多様な異種族の国がある。その為、境目となる山々の麓にムーグルを置き、侵入者が紛れ込まぬよう監視させていたのだ。それをつい先日、奇妙な輩が山から降り、ムーグルの中でも手練れであるあのゲーラに呪いをかけた。ゲーラのあの様な姿は初めて見る故、只事ではないと、我は森を走った。ここより東に住まう、お主らピグモルの森へな。しかしながら、ここ十数年は侵入者もおらず、東の森を訪れていなかった故に、我はその変化を知りもしなかったのだ。我が知るところでは、ピグモルは地に土の住まいを造り、食物は採取のみで暮らしている……、そういう認識であった。しかしながら先日、我が目にしたのは見知らぬ畑のみで、ピグモルは何処にも見当たらず……。かつてのピグモルの暮らす地に、我が知らぬ間に余所者が住み着き、ピグモルを亡き者にしたのかと……。我は、我を忘れて嘆いてしもうたのだ。近くにあった樹木に体当たりをし、余所者が作り上げた畑を壊して……。まさかピグモルが、樹上に家を築き、畑を耕し作物を育てていたとは、夢にも思わなかったのだ。荒れ狂う心を鎮められたのは、そこに幼き童を見つけたからであった。我は、なんとかこの子等を救わねばと……、この子等をここまで連れ去ったのは、その命を守る為。その時も今も、食おうなどとは微塵も思っておらぬ故……。許せ、若きピグモルよ。我が誤解にて崩れしものは大きかろうが、どうか……、どうか許して欲しい……」


ふむ、なるほど……、そういう事だったのか。

つまりあれだな、そもそもが、北の山々から降りてきた俺と、そのゲーラって奴が鉢合わせしちゃったのが良くなかったんだな、うんうん。

……ん? でも待てよ??


「あの……、僕、呪いなんてかけた覚えがなくて……」


 そうなのである。

 今ガディスは、何故だが羽が全部無くなっているゲーラが、何者かに呪いをかけられたと言っていた。

 確かに、俺はあいつと対峙したけど、俺が呪いなんてかけられるはずが無いし、そもそも気付いた時にはもう、ゲーラは居なくなっていたし……

 もしかして、別の誰か、呪いをかけちゃう様な恐ろしい奴が、近くまで迫ってきてるんじゃっ!?


一人で勝手に良からぬ予想を立てて、小刻みに震え始める俺。

 そんな俺の事を、ガディスの後ろに控える禿げムーグルのゲーラは、恨めしそうな、じとっとした目で見ている。


「自覚が無いのか? 恐らくだが……、お主のその腰にあるものが原因であろう」


 腰? 俺の腰には、何があったかしら??


 ガディスの言葉に、クイッと腰に視線を落とす俺。

 そこには、皮のベルトに良い感じに引っ掛けられている、ただの木の棒が一本あるだけだ。


「それは恐らく、魔法使い殿よりピグモルが賜りし【万呪ばんじゅの枝】。敵に災厄をもたらす古代の秘宝だ。何故それがお主の手に渡ったかは分からぬが、それは呪われし遺物。使用には充分注意が必要なのだ」


まっ!? ……まじかぁ~、知らなかったぁ~。

てか長老、駄目じゃん、そんなもの俺に渡しちゃ~。

 ただの木の棒だと思っていた物が、まさか丸秘アイテムだったとはなぁ〜。


 ……いや、そんな事言われても、そうなんだ!って、すぐには信じられない。

 だって、本当に、ただの木の棒なんだもの。

 ガディスの思い違いじゃなくて?


「時に、そのブラッドエルフは何者だ? たいそう無礼な物言いの女子おなごだが……」


チラリと、グレコを横目で見るガディス。


「無礼で悪かったわね! 私はグレコ。御察しの通り、ブラッドエルフよ。神の力を宿しし者の力となる為……、つまり、モッモを助ける為に、私はここにいるの」


 ドーンと胸を張るグレコ。


「なるほど、そうだったか。ならば、お主にも謝らねばならぬな、すまなかった……」


素直に謝罪するガディスに対し、グレコはニッコリと微笑む。

さすがは根が優しいグレコだ、ガディスを許したようで、これ以上悪態をつく事はなさそうだ。


兎にも角にも、お互いに誤解が解けて、なんとか和解が成立した。

闇の魔獣と恐れられていたガディスが俺達の味方なら、ちゃんと説明すれば、村のみんなも分かってくれるだろう。


危機は去った!

 今後もあの村で平和に暮らせるんだ、これほど良い結果はない!!

妹達も無事に救い出せたし、ミッションコンプリートだっ!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る